【1話3場】

 ハヤトは、青筋を浮かべてつぶやいた。


「どうにもならねえじゃん」


 3人はカルトに囲まれている。


 この現状は、応接した侍祭が悪い。警備もふくめた全員に話をしたい、とオリガは伝えた。侍祭はひらめいたのだ。御神体を祀る祭壇の前に集まるべきと。


「御神体の前に集まれば警備に穴はない」とヘンリー。


 3人の後ろには、攻撃ヘリが祀られている。眼前には、信者が100人はいた。一様に白いフードを着ている。彼ら彼女らは、目を輝かせていた。


 衆目の前では、穏便に生体コードを盗みだせない。


 焚火の跡は、祈祷の積み重ねを表している。蝋燭だけが光源としてある。


 戦えるカルトをふくめた大勢が、ハヤト達をとり囲む。


 オリガは、ハヤトの持つテレビに映しだされている。ハヤトの電脳とテレビは、ケーブルで繋がれていた。映像に出力することで、オリガも受け答えができた。


 侍祭は、うやうやしく頭を垂れる。


「我々は、人としての生を、邪心との聖戦に費やしてきました」


「聖戦について詳しく教えて下さる?」


 オリガの判断は正しい。時間稼ぎは必要だ。


 侍祭は語る。我々は正しい。我々の敵は、正しくない。


 悦のふくむ声音だった。都合のよい正しさに身をやつした人間の笑みだ。


「我々の敵はアンチテクノロジーだ。対して我々はテクノロジーを信じている」


「アンチテクノロジーは、確かに世間から白い目で見られているわね」


「我々の敵は、公共の論理に反している。対して我々は公共の論理だ」


 ハヤトは推察した。カルトは、自分を崇めている。科学文明は、そのための鏡でしかない。だから結論は自分が正しいなのだ。自他に対して、聖戦と選民で正当化している。


「私が間違えても、論は正しいこともある。論が間違えても、私は正しいこともある」


「そんなバカな話ない。それはあまりにも選民の都合に悪い」


「苦しみに知恵をしぼるのが人間性よね」


「我々は選民だ。我々の生き方は文明に認められている」


「根拠がないわ」


「我々が根拠だ」


 カルトだ。ハヤトは理解した。彼ら彼女らは、カルトに堕落している。 


 ヘンリーは、十字を切っている。彼にも、思うところはあるのだ。彼はつぶやいた。


「デリダの脱構築とか知らんのかね」


「何それ?」とハヤトは聞いた。


「儂の理解に自信ない。自分で調べろ」


「無責任で酷くねえかい」


「儂は大人なのさ。内容は、勝手に理解しろ」


 侍祭は苛つきを見せていた。


 オリガは、感情を乱している。怒りというよりも哀しみだ。ハヤトはそう感じていた。


 恋人は、人間に哀しんでいる。


「なぜ貴方達は悪魔化を振り回している」


「これは悪魔化でない」


「悪魔化している。しかも根拠は自身の天使化だ」


「言葉にしなければ問題ない。誰も我々を叱らない」


「私にも信心がある。私は真善美を信じている」


「なぜ信心を? 貴方様は、人工物だ」


 ハヤトはオリガについて考えてゆく。オリガは悩んでいる。オリガも、不完全だ。


 オリガは、不足を解していた。つまりはオリガの意識にも不足がある。


 電脳憲章。第3の平等。意識に関する社会の平等は、尊厳に抵触しない。


「私の心にも、尊厳はあるからだ。私は違う点よりも、同じ面を見ていたい」


「それは苦しみに至る考えだ」


 ハヤトは、オリガと思いを共にしている。ハヤトは、カルトとは違うと自覚していた。違いとは知性が生みだしている。ハヤトは知性で、カルトに反骨心を抱いていた。


 ハヤトは、オリガへの愛に感謝した。それはあるがまま感じているだけではない。オリガとの違いもふくめて、ハヤトは喜びが湧いてきていた。オリガは、ハヤトよりもひいでている。オリガは尊敬に値していた。オリガは、愛情にふさわしい存在だ。


「使徒様はどうされました。さきほどから、嘘偽りばかりだ」


「どこが嘘偽りだ。何をもって真偽としている」


「正しい名前の側にいれば正しいのだ。皆は褒めてくれる」


「皆が間違い、私は正しいことも。私が間違い、皆は正しいこともある。それだけだ」


 オリガは、よい女だ。よい同胞だった。何よりも、よい恋人なのだ。


 ハヤトは、オリガを納得した。オリガは尊厳に値している。なぜならほんすこし善人ではないか。悪を駆逐するような考えはない女だ。むしろ悪を受け入れる器量もある。自分を天使や悪魔だと考えるつもりのない人工意識だった。だからこそオリガは第1尊厳に値している。この世を退廃させたクソみたいな電脳憲章に値していた。


 オリガは、愛するに足る恋人だ。


 カルトは、ざわつき始めている。ヘンリーは口を曲げていた。ハヤトは、オリガを止めない。ハヤトは共感しているからだ。残念ながら、カルトは共感していない。


 侍祭は、顔を青くしてつぶやいた。


「バカな。人工意識が、アンチテクノロジーなのか」


「事実として、私は尊厳に値しているだけの一個人に過ぎません」


「自由と平等を愛する我々の都合に反している。つまりはアンチテクノロジーだ!」


「貴方が私をアンチテクノロジーとそしって、どうなるというのだ」


「アンチテクノロジーは、自由と平等から除外されるのを、ご存知ない?!」


 カルトは、わめき慄いている。彼ら彼女らは、価値観を揺さぶられていた。


 戦えるカルトは、前にでてくる。もはやこれまでだ。


 しかし、戦うにはあまりにも、哀しみが心を満たしている。


 オリガは泣いた。


「私は、貴方達も同胞と感じている。私は、そう考えて止まない」


 オリガは、嗚咽をもらしていた。人間の涙だった。オリガは、哀しんでいる。ハヤトの恋人が、泣いていた。だからハヤトも哀しい。ハヤトも落涙してゆく。


 ハヤトの脳内に、ある考えが表出した。あまりにも壮大な考えだ。おそらくは可能だと感じている。今のハヤトとオリガなら可能だと腑に落ちていた。


 今現在、ハヤトとオリガは同調していた。


 偽造屋の店内で、ディープキスをしたときの感覚もある。


 今こうして、オリガを深く理解している知覚もあった。


 ハヤトは電脳を通じて、オリガに提案した。オリガは了承している。


 だからハヤトは、電脳内で2人を隔てるプログラムを、停止した。

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