第17話、draco

 何もない空間に、扉があった。透明で距離感のない、それでいて不快さをまったく感じさせない空間だった。しかし、快いとも感じることはなかった。


 木に青銅版を打ちつけた観音開きの扉は、決して開かぬよう幾重にも巻かれた鎖で閉じられていた。

 二人が近づくと、その扉は僅かに軋む音と隙間をつくった。闇を背負った向こう側から、黝簾石の眼がこちらを見据えていた。


 アクシオンはとっさにフォトンの手を掴んだ。フォトンが握り返してくる力を感じながら、アクシオンは震える声を抑え問いかけた。


「あなたは」

「わたしは閉ざされた扉を護る者。わたしは、わたしのように迷い囚われるものがでないよう、内から閂を外から鎖をかけ、二度と人が入らぬようにしているのです」


 眼が、その眼を持つ誰かが答える。静かで穏やかで、優しい声だった。母親のように優しく、歌うような声が、向こう側から流れてきた。

 その声と眼差しはフォトンの鼓動を静め、アクシオンが一瞬でも感じた怯えを刹那に拭い去った。


「この中には何があるの」

「俗に、真理と呼ばれるものです。しかし、世界は流転するもの、よって世界を決定する真理もまた流転するものです。わたしが見た真理とは、流れゆく大河の水を小さな銀杯で掬ったほどにすぎません」


 なんとその声は美しく、悲しげに響くのだろう。どこまでもせつない思いに堪えて。

 再度扉は閉められる。内から閂をかける冷めた音が響いた。そしてまた、しばらくの間開けられることはないのだろう。

 既に閉じられた扉を前に、フォトンは花輪を頭から外し、威儀を正すと彼女に贈った。

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