第16話、corona borealis
見知らぬ谷では河は凍りつき、透石膏の薄氷に虹の紋様が浮かび上がる。
気がついたのはフォトンだった。その谷底に古代のものとおぼしき都があった。
城壁から建物、尖塔、石畳までもが桜石でできていたが、巨木の根が侵食し、茂ったシダや苔、地衣類などに覆われ、延々と風化への時間を重ね続けていた。
疫病か戦か。今はもうこの地に生き、都市を築き、繁栄を謳歌した人の姿を思い起こすのは難しい。
けれどもアクシオンはそれを見つけた。神殿跡の片隅に、礎石の間半ば土に埋もれた鉄の冠だった。何の装飾もない、粗雑な作りの鉄の輪は、錆びることなく冠としての威厳を保っていた。
服の端で土が払われ数千年の汚れが落とされていくのを、フォトンが静かに見守っている。
「……この冠は待っていたの」
ぽつりと呟いたフォトンを見ると、まるで別人のように思われた。淡い灰簾石色の眼は目の前の冠ではなく、虚空に注がれていた。
「ここを去った人が、いつか帰ってくるように。残すべき思いを抱いて」
アクシオンはその冠を、頭上へと高く掲げた。心音までも凍りつく空気の中、黒く、濡れたような光を、華やかに放っている。
「この冠は、その使命を果たしただけ」
アクシオンは冠をそっと下ろし、黄金比のほぼ真ん中にそれを据えた。
古い遺跡は、その生命を後に来るであろう文明にゆずり渡し、自らは緩慢に自然に還ってゆくのだろう。けれど、まったくの無に帰すわけではない。この冠が、確かに僕たちに繋げたように。
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