第14話、sagittarius
象牙色の鍾乳洞の中に二人は足を下ろした。
「お兄ちゃん、私のこと怒らない?」
「なんで僕が怒るの?」
「うん……。でも、お父さんとお母さんは許してくれると思うんだ」
フォトンが睫毛を震わせたので、アクシオンはフォトンを泣かせてしまった朝のことを思い出し、世界の全てから責められているような気がした。色の無い声が白い息と共に空中を舞っていく。
「父さんと母さんが許してくれるなら、僕だって怒らないよ」
アクシオンは出来るだけ優しい口調で言った。フォトンは嬉しそうに笑って、また兄の腕を引っ張って飛び回る夜光虫の微かな光の中を歩きだした。
鍾乳洞の天井には、暗色のフィラメント状の極光が揺らいでいた。ゆうき石色をしたそれは一瞬ごとに形を変えながら空中を泳いでいる。
夜光虫はひらりひらりと雪のように落ちる。途中で鍾乳石に触れると、吸い込まれるように氷解した。
アクシオンがその様子を目で追っていると、奥の方からかつんかっかっと音が聞こえてくる。フォトンが走っていくときらきらした埃が舞い上がった。
その場所には鍾乳石を尖晶石の鑿で削っている男がいた。金糸銀糸で刺繍された外套を羽織る男が鍾乳石を叩くたび、夢の中で聞いた音のような、にわかに現実とは判断しがたい音が響くのだった。
「これは古生代シルル紀初期の硬骨魚だよ」
男はアクシオンに気がついて顔を上げた。
「そっちのは白亜の角竜だ」
「じゃあこれは?」
「それは新生代第四紀のだな。つい最近のものだ、まだできていない」
何ができていないのかアクシオンが尋ねようとした時、男は叩いていた鍾乳石を砕き落とした。すると空洞の鍾乳石の中から、翡翠の結晶がさらさらと零れてくる。
翡翠の粉は極光を浴びると一斉に空に広がり、夜光虫の群に混じった。鍾乳石の中の翡翠が全て夜光虫に変わると、石の神殿はさらに輝きを増すのだった。
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