第10話、orion

 アクシオンは少し気まずくなって、フォトンの顔を見まいとした。フォトンもうつむいたままで歩いている。その顔が白磁のように白い。


 真珠の川の向こう岸には騎士の黒駒が横たわり、左右には実験室で見た銀樹が逆さにされて林立し、足下の玉砂利の中には、金や銀の針が閉じこめられている。

 その先に、大きな水晶の塊が無造作に置いてあった。アクシオンがその中でも一際大きい水晶に手を触れると、ひいやりと冷たく手のひらが熱くなって、水晶の中に吸い込まれていた。

 水晶の中には庭園があって、その真ん中に背の高い真紅の花が一輪、すらりと立っていた。花びらの先が精巧に彫られた薔薇輝石のようになっている。沈水香の香りに惹かれて花に近づくと、その茎は純粋な珪素を伸ばして丸めたようなものでできていて、蛋白石色の水が上に、孔雀石色の水が下に流れているのが見えた。


 フォトンは淡く可憐な花を選んで摘み取ると、器用に組んで輪にし、微笑んでそれを自分の頭に乗せた。

 それから足下の水たまりから水銀のようなものを両手に汲んで飲み干すと、アクシオンの方にも手のひらいっぱいの水を差しだした。水銀のように光るそれを飲むのは躊躇われたけれど、フォトンに押し返すことができるわけもなく、自分の手に受け取って口に流し込んだ。

 水が喉元を焼き焦がすと、やけに体中が冷たくなり、逆に自分が水に溶けてしまったようになった。そして地面に染みこむと、硝子管の中に入り込み、そのまま蛋白石色の水と一緒に上に流されていった。


 気がつけば、てっぺんの紅く輝く椀の中に、アクシオンとフォトンはいた。上には沢山の蜻蛉玉やらが浮かんでいる。その蜻蛉玉は、自分たちから遠ざかっていくように見えた。

 周りからは、太陽に透かした氷の欠片みたいなのが、どんどん外に向けて飛び出していく。二人は空に放り出された。

 花からは次第に遠ざかり、そのうちただの水晶の砂漠しか見えなくなった。

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