第3話、luna

 いつもはうるさいサブ・サン公園も、今夜ばかりは黙っていた。

 手の中の細長い蝋燭一本だけが光を放っている。これは僕だけのための火だ。その僅かな光に木々が影を作る。フォトンはよく影を怖がった。


 寒氷石の彫刻のような噴水が小さな炎に照らされ大きな洋燈になると、月に光環が浮かんでいるのが煙の切れ目に見えた。珍しいこともあるんだな、とアクシオンは思った。


 ただ一度だけ、母が空について話してくれたことがある。手慰みにと白詰草を摘んで、花冠を編みながらだった。

 父は家族のことなど忘れてしまったように、星のことばかり考えていたから、母があまり空をよく思っていないのを僕は幼いながらに知っていた。或いは、僕も父のようになるのを恐れたのかもしれない。

 でも、その時だけは嬉しそうだった。だから本当は星は好きで仕方なくて、それでも父のように全てを捨てることはできなくて、わざと好きになれないふりをしていたのではないか、とも思える。今となっては確かめようがないけれど。


 とにかく母は、ここではない空を知っていた。光り輝く朝も知っていたし、燃え上がる夕も知っていた。大昔に月まで行って帰ってきた人がいることも知っていた。

 父と一緒に見たという流星雨の話を聞いている時、こんな風に煙の上の空が見えていた。あれはフォトンが生まれる少し前だった。父がいなくなった後だと思う。


 息を吸い込み、空へ続く長く大きな坂を、ぼやけた月を背に駈け上がる。煙の向こうの爪で弾いたら澄んだ音が鳴るだろう空は、坂の下のずっと遠くで海と繋がっていた。

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