第2話、stella
アクシオンは、冷えた手を擦り会わせて坂を上っていた。
振り返れば、煙のせいで黒ずんだ雪に支配された街が眼下に広がり、重苦しい静けさに包まれている。塀の下で香箱になった素焼きの猫が、縞瑪瑙の片目でこちらを睨む。
鼈甲の洋燈の灯に浮かんだ坂の上まで延々と続く煉瓦造りの家並みは、まるで空中庭園の置物のように見える。唇を湿らせてからグローリー夜想曲を吹くと、猫はぷい、と塀に飛び上がって向こう側の庭へ消えてしまった。
今日はハロの祭りなのに、アクシオンの行く先に人はいない。
坂の半ばに古美術店があって、両親がいた頃はフォトンと一緒に来たものだった。翠玉の眼をした鷹の剥製が、僕と妹をいつでも見下ろしていた。
埃にまみれたがらくたの中で、どこか古代の呪いのような匂いを感じながら宝物を探した。例えばそれは砕けた色硝子の欠片だったり、黒釉の杯、古金貨や古地図、珊瑚玉や桜貝だったりした。
欲しいものの幾つかは特別な日に母が買ってくれたりしたが、僕たちは自分のものになるとすぐに興味を失った。
来るたびに見ていたのが色とりどりの石がはめ込まれたぶ厚い青金石の星図盤だった。 これを眺めて僕たちは星の名前を知った。金線と銀線で描かれた模様で星座を知った。天を見上げてもあの煙しか見えないのに、僕は想像の中でその星座たちを作り上げていた。
確か去年の秋にここの爺さんもどこかに行ってしまった。埃の中の鷹は今も帰るはずのない主人と来るはずのない客を待ち続けている。
空気は純水のように冷たく透き通って、そして味気なかった。
アクシオンはせきこんで、再び夜想曲を吹き始めた。
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