強者だったはずのあなた

三鹿ショート

強者だったはずのあなた

 彼女は、とある女子生徒たちから虐げられていた。

 聞いた話では、女子生徒たちの首領が恋慕の情を抱いている男子生徒が、彼女に愛の告白をしたのだが、彼女がそれを断ったことが気に入らなかったということだった。

 女子生徒たちは、彼女の下駄箱に使用済みの避妊具を大量に入れ、机には猥雑な言葉を書き連ね、便器の中に入れた教科書の上から用を足し、弁当の中に虫の死骸を仕込むなど、聞いただけで気分を害するようなことばかりを、平然と行っていたのである。

 常人ならば嵐が過ぎるまで耐え続けるか、もしくは泣き寝入りするところだ。

 だが、彼女は異なっていた。

 彼女は、自身を虐げた人間たちに対して、躊躇することなく飛びかかったのである。

 当然ながら、教室の内部は喧騒に包まれた。

 ただ、彼女を止める人間は、鼻や口から血液を流出させている女子生徒の仲間ばかりであり、私を含めた他の生徒たちは、その様子を見つめることしかできなかった。

 彼女は女子生徒の仲間たちに髪の毛を引っ張られようとも止まることなく、羽交い締めをされれば相手の足を思い切り踏みつけ、自分を解放させた。

 教室の床が赤く染まり、歯らしきものが数多く散らばったところで、彼女が標的としている人間が首領のみであることに気が付いた。

 勿論、邪魔をされればその相手に拳を振るうのだが、そうしなければ傷つくことはない。

 女子生徒の仲間たちもそのことに気が付いたのか、何時しか自分たちの首領が抵抗することなく殴られ続けている姿を黙って眺めるようになっていた。

 首領である自分を助けようとしなかったということを本人が知った場合のことを考えれば動き続けるべきだろう。

 しかし、それよりも、彼女の方が恐ろしかったに違いない。

 ようやく教師たちが彼女を止めたとき、首領である女子生徒の顔面は、原形を留めていなかった。

 女子生徒たちのこれまでの悪行は有名だったために、罰を下した彼女に対して拍手を送るべきだろう。

 だが、そのような行為に及ぶ人間は、皆無だった。

 悪人が罰を受けることは当然だが、それ以上に、彼女の暴力行為は他の人間たちにとって衝撃的だったのである。

 別室に連行される彼女を、私は黙って見送った。


***


 女子生徒の悪行などが耳に入ったためか、学校側は彼女を停学させただけで、然るべき機関に通報することはなかった。

 教室の床に染みこんだ血液を目にする度に、私は彼女のことを思い出すのだが、他の生徒たちは先日の一件など存在していなかったように、これまでと同じような生活を続けている。

 私には、その姿が情けなく感じられた。

 変化を嫌う彼らは、彼女と同じような立場と化した場合、彼女のように行動することはなかっただろう。

 自分の部屋に逃げ、相手の罪を糾弾することなく、時間が解決することを待つだけに違いない。

 その選択が間違っているというわけではないが、彼女のような苦痛から逃れるための行動は、時には必要なのではないだろうか。

 共通する人生など、存在していない。

 自分の人生は、自分だけのものなのだ。

 ゆえに、波風を立てることなく、平平凡凡な毎日を繰り返すような生活よりも、自分の欲望や信念のために行動するべきである。

 しかし、平穏無事に生活するために、そのように行動することができない存在が大半の人間であり、私もまた、そのような人間の一人だった。

 だからこそ、彼女のような強い人間が、私には輝いて見えるのだ。

 彼女が私のことを友人として迎えてくれるかどうかは不明だが、せめて挨拶をする程度の仲にはなりたかった。


***


 小遣い稼ぎのために、私は食事の配達を行っていた。

 店で受け取れば代金は安くなるのだが、それでも需要が無くなることはない。

 その日もまた、私は配達のために、とある集合住宅に向かっていた。

 あまり評判が良い場所ではないために、素早く配達を終了させようと考えながら、呼び鈴を鳴らした。

 手を放すことができないために中に入ってきてほしいと告げられ、私は深呼吸を何度か実行した後、相手の要望通りに行動する。

 家主と思しき男性は私を笑顔で迎え、机の上に置いてある金銭を指差した。

 私は食事の代金とその金銭を確認しながらも、男性から意識を完全に逸らすことができなかった。

 何故なら、男性は他者の存在など気にすることなく、壁に手をついた女性に腰を打ち付けていたからだ。

 見せつけるような行為に、私の下半身は反応するところだったが、男性の相手を見て、劣情が一瞬にして消えた。

 男性の相手が、彼女だったからである。

 其処で私は、食事の届け先が彼女と同じ苗字だったことに気が付いた。

 一体、彼女と男性はどのような関係で、身体を重ねているというのだろうか。

 私に分かることといえば、おそらく彼女がこのような行為を望んでいないということである。

 そうでなければ、彼女が悔しそうに涙を流していることの説明にはならないからだ。

 ゆえに、私は彼女に手を差し伸べるべきなのだろう。

 だが、教室であれほど暴れていた彼女が逆らうことができていない状況を思えば、男性に身体を許していることには何らかの理由が存在しているということになる。

 弱みを握られているのか、何者かの身代わりなのか。

 何にせよ、彼女に対して抱いていた私の憧憬は、一瞬にして消失した。

 それほどまでに、今の彼女は弱々しい存在だったのである。

 私は金銭を受け取ると、然るべき機関に通報することなく、店に戻った。

 それから数日後、彼女は学校に戻ってきたが、私は声をかけようとは思わなかった。

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強者だったはずのあなた 三鹿ショート @mijikashort

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