7:加害者

1


「じゃ、そろそろ寝るわ」

 浜辺がそう言って通話を去った。それに続くように、最後まで通話にいた西藤も通話を去り、通話には誰も人がいなくなった。

 西藤はまだ寝ない。西藤にはまだ寝る前に行かなければならないサーバーがあるからだ。

 西藤は『サンシャイン同盟』とは別のサーバーにアクセスする。このチャットツール『According』では最大五十のサーバーに所属することができる。

 そして、西藤が移動した先のサーバーでは既に通話が始まっていた。

「遅いぞ、西藤」

 西藤が通話に入るとすぐに野太い声が聞こえてきた。

「すまねえ、話をうまく切れなかった」

「どうだった?」

 と尋ねてきたのは『サンシャイン同盟』のサーバーにもいる志茂。

「どう、と言われてもねぇ。楽しかったって言って欲しいか?」

「別に。単純に俺が通話を抜けた後の会話についてどうだった、って聞いただけ」

「普通の会話だ。五分ぐらいな」

「普通の会話ってなんだよ」

 という声が。

 その声はサーバーにいる人間で唯一マイクだけでなくカメラをオンにしている男から発せられたもの。色白で、目周りや唇にメイクの入った、男は異常なぐらい盛ったセンター分けをいじっている。

「おいおい、まだ根に持ってんのかよ。別に俺が即興でやった創作なんだから引きずんなよ」

「誰も引き摺ってるなんて言ってない」

「引きずりまくってるだろ。なんでそんなキレてんだよ」

「別にキレてなんかないが」

「阿波島だけじゃねえからな。小木の周りの奴の悪口は出来るだけ言うようにしたし。森木だって漆原の悪口言ったりしてるしな」

「それとこれとは別だ」

「静かに。無駄話は後にしてくれ」

 森木が一喝した。

「はいはい後にしますよ」

 阿波島はチェッと舌打ちをして黙った。

「では、改めて。こんばんわ」

 静かになったのを見計らって森木が挨拶をした。通話にいる十数人が口々に返事を返し、少し騒ついたが、すぐまた沈黙が訪れ、森木が続きを喋る。

「今日は連絡事項があるので、全員出席、と頼んでいたが、欠席はいるか」

「井伊が欠席すると言っていたはず」

「他はいないか」

 返事はない。

「よし。では、井伊にはまた、本田から今日話した内容を伝えといてくれ」

「りょ」

「では、本題に入っていこうか。『ムーンライト同盟』の次なる作戦だ」

「怪しい宗教かよ」

 西藤は咄嗟にそうつっこんだが、別に森木は嘘をついているのではない。

 このサーバー、すなわち『ムーンライト同盟』はいじめをおこなっている人間たちが次はどんないじめをやろうか、と計画したり、行ったいじめを自慢したりする。当然他愛ないような雑談も展開されるが、そういうサーバーである。


2


 このサーバーが立てられたのは約一年ほど前だ。サーバーを立てたのは森木久。サーバーを立てた動機は、少人数ではできないようなもっと手の込んで気持ちの良いいじめをやってやろう、ということだった。

 西藤は小木たちの集団に属していた。そして、いじめをやっていた。

 いじめを行っていた理由はストレスの解消。原因は部活の練習や試合による極度の疲れ、だと思っている。

 西藤はサッカー部に所属している。サッカー部は三丙学校では一番しんどい部活で、中高一貫校なので、西藤はかれこれ四年このサッカー部でやってきたことになる。最初は小木とは中学受験塾で親しかった友人だった。だが、最初小木がいじめをやっているのを知った時、西藤はまだ中学二年生だったが、基本控えに選ばれるか選ばれないかの瀬戸際だったので、そこまで練習も本気でせず、たまに部活をサボりながら気楽にサッカーをしていた。

 だが、中三になって去年まで中三だった先輩が高一になり、高校のサッカーリーグの方に移るため、中学のリーグでは中三が当然、最高学年になった。すると、西藤はレギュラーに選ばれた。そして、サボれなくなり、練習もしんどくなり、どんどん疲労が溜まってきた中で、ある日、小木たちの集団と一緒に下校した。その時、小木たちとの会話が楽しくて、西藤はそれから小木たちと帰る時間が合う日は絶対一緒に帰るようにした。そして、ある時から一緒にいじめをやるようになってしまった。

 

 そして、森木からの提案で『ムーンライト同盟』というサーバーが立てられた。そこには、小木たちだけでなく、大柄で野太い声、THE いじめっこ、という様子の大滝の派閥や、森木が所属する漆原の派閥、志茂が所属する木村の派閥が集合していた。共同でいじめを行おうという森木の提案だったが、具体的にどのようなことをするのかはまだ明確に決まっていなかった。また、大滝から浜辺のやつ最近態度が生意気なのに、いじめ方が浮かばない。何か提案してくれ、と要望があり、そのため、話し合いになったのだが、話し合いの中で誰かがこう提案したのだ。

「まず、浜辺を適当に立てたサーバーに呼ぶんだ。サーバー名は、例えば...『サンシャイン同盟』とかでさ。で、俺たちもそのサーバーにいじめられているふりをして入るんだよ。それで、浜辺に”いじめられている仲間ができた”と思わせて頃合いを見計らって種明かしする。最高のショックになるぞ」

 その提案を聞いて、最高の案だ、天才、などという声が飛び交った。しかし、すぐに問題点が見つかった。問題点を見つけたのは森木だったはずだ。

「提案は面白いが、いじめられているふり、は難しいのではないか。いじめている側がいじめられているのを装うのは流石に難しいと」

 最もな指摘だ。しかし、この問題には有効な解決策があった。

「俺らの中での、いじられキャラのやつならいじめられているを装えるんじゃないか」

 こうして、その提案のもとで、選ばれたのが、森木、志茂、そして、西藤だった。志茂は若干乗り気でないようで

「俺はやめとく...」

 と弱音を言った。彼は集団に所属している都合上いじめのようなことに関与しているのかもしれないが、多分、直接はやっていないだろうし、賛成もしていないだろう。

「大丈夫大丈夫。志茂ならいける」

 しかし、周りがそう囃し立てて、結局この三人で実行することになった。浜辺に真実がバレないように気をつけろ、ということは森木が散々念を押した。

 作戦は順調に進み、浜辺は何の警戒もなく『サンシャイン同盟』に入ってきていじめの愚痴や教師の愚痴、学校の愚痴などを散々語った。三人もそれに便乗するように適当にでっち上げた嘘のいじめられたエピソードを語ったり、ネットから拾ってきたアザの画像を見せて、浜辺に自分達もいじめられているというのを見せて、浜辺は愚かにもそれを信じた。

 その成功には森木の工夫も一役買っているだろう。西藤、志茂はそのままのキャラでやっていたのだが、森木はあえていじめられそうなキャラを演じるために、ナルシストになりきった。

 素の森木は頭がキレて常に計算高い。しかし、そのままで行けば、そんな奴はいじめられないだろう、と浜辺に思われかねないのでキャラをわざと変えたのだ。彼は自分が提案した作戦だからか、この作戦に全力だった。西藤も新しい試みで面白そうだったため浜辺が『サンシャイン同盟』の通話にいる時は、極力、通話に参加するようにした。しかし、浜辺が通話を抜けた後も通話に残るほどの凝った演技は流石にする気力が湧かず、そこまでのことはしなかった。なので、基本的には、浜辺が通話を抜けたら各々も通話を去っていき、今度は『ムーンライト同盟』の方に移動して雑談やら、今日浜辺とした会話の報告を行った。

 また、基本的に通話でしか会話しなかったのも作戦の内である。チャットならば、全然会話がされていなければ浜辺から怪しまれる。しかし、浜辺を騙すためだけに作ったサーバーでわざわざずっとチャットするのは流石に面倒だ。なので、通話にしたのだ。チャットはメッセージのログが残るため浜辺がいない時に会話していなければ「なぜ、僕がいない時会話しないの?」と怪しまれかねないが、通話ならばその心配はないのだ

 そうやって作戦を立てて臨んでいた中だったが、やはり志茂は乗り気でなかったようで、浜辺と共にゲームをしたり、どんどん浜辺と仲良くなっていた。あの仲良しは多分、偽りのものではなく、本当のものなのだろう。しかし、西藤も、他の『ムーンライト同盟』のサーバーにいる者も誰もそれを咎めなかった。浜辺を信じ込ませるには好都合な上に、皆志茂の人柄の良さを好いていたからだ。

 そして、数ヶ月ほど経って、『サンシャイン同盟』に新しいメンバーが加わった。それは坂田征四郎である。坂田は実際にいじめられていた。そして、坂田をいじめていた人物は『ムーンライト同盟』サーバーにいる。しかし、都合良く三人のうちには坂田をいじめていた人物はいなかったので、坂田を『サンシャイン同盟』に加えることにした。

 坂田は現実同様ほとんど喋らなかったし、喋ってもボソボソと籠った声だった。西藤は少し坂田のことが気に入らなかった。口では説明できないがどこか大人のような、上から目線なところがあるのだ。

 

 そうこうしているうちについに森木が種明かしをする日程を決めた。それは十月のハロウィーンの日。一部からはクリスマスやエイプリルフールに種明かしした方が面白いという意見もあったが、わざわざ時間を消費して『サンシャイン同盟』で通話をするというのはやはり面倒なので、早く終わりたいということで、ハロウィーンの日に決まった。具体的にどのように浜辺に明かすかは決まっていなかったが、ハロウィーンというイベントをうまく活かしてショックを倍にしてやろうという森木の算段だろう。


3

 

「で、次なる作戦なのだが」

 と森木が切り出した。

「前言ってたあれだろ、ハロウィーンに浜辺に種明かしさせてびっくりさせてあげよう、っていう」

 と言ったのは本田。

「そう。しかし、こちらもなかなか考えがまとまっていなくてね」

「ハロウィーンといえばあれだな、カボチャだな」

 と井伊。

「カボチャをどうやって作戦に組み込むんだよ。作戦に組み込みやすいのといえばやっぱトリックオアトリートだろ」

 と西藤。

「トリックオアトリートってどういう意味だっけ」

「金をくれなきゃ銃ぶっ放すぞ、だろ」

 阿波島がカメラに向かって、右手で拳銃のポーズをして言う。

「いやいや、予算をくれなきゃ増税ぶっ放すぞ、な」

 と今度は本田。

「あれじゃね、登録者をくれなきゃ炎上ぶっ放すぞ」

 と木村が乗ってきて、会話が脱線してきたところで森木が声を震わせて

「話を戻そうか、大喜利の時間じゃないんだ」

 と言い、通話はシーンと静まり返った。

「まあ、そう怒るな。まだ夏休みだ。ハロウィーンまで日もある。慌てる必要はないだろ」

 大滝が言ったが、森木はすぐにそれを否定して

「ハロウィーンで難しいとなればまた別の時に実行することになるかもしれない。しかし、こちらは先延ばしはできない。もういい加減疲れた。なので、早めに決めておくのがベストだ。夜十時に集まってもらって悪いが、これさえ決まれば就寝しても問題はないので」

「早く寝たいなぁー」

「それな」

「森木が一人で考えればいいじゃねえか。いじめなんてそんな時間かけて考えるようなものでもねえだろ」

「そうそう。まず浜辺を騙すこと計画したのも森木だしな」

 皆が口々に文句を言う。この集団はあくまでいじめっ子たちの寄せ集めなので、統率力は著しく欠如している。ただ、この様子じゃ、なかなか決まらなさそうだったので、西藤は

「うるさい。森木は考えあぐねたから知恵求めてんだ」

 と大声で言った。すると、阿波島が

「突然偉そうだな。俺らを散々貶して自分が偉くなったと錯覚したんかよ」

 とネチネチ言ってくる。

「はいはい、その話は後」

 志茂がすかさず仲裁に入るが阿波島は聞く耳を持たない。

「もし、浜辺がお前のほら話を誰かに話したらどうするんだよ。俺らのプライドに傷がつく」

 前髪をいじりながら阿波島が言う。

「まだそんな話してんのかよ」

「それぐらいこっちにとっては重要な問題なんだよ、てめえ」

「そもそも浜辺にはそんな人脈ないだろ」

「俺は例え話をしているんだ」

「だから、森木だって漆原にいじめられたって訴えたりしてるだろ」

「森木は自分がいじめられたと語っただけだ。ただ、お前は自分可愛さ故にか俺らが最後は逆転負けするなんていう話をでっち上げた。鼻血出して倒れてる横を颯爽と去っていく? は、ベタなアニメみたいな発想力のかけらもねえな」

「ベタなアニメで悪かったな。パッと思いついたのがあれなんだよ」

「とりあえず二人とも静かにしろ」

 ずっと黙っていた漆原がこの会話に生産性がないと判断して一喝した。

「とりあえず、お前らはとっとと寝たかったら案を出すんだ。それ以外の会話は後にしてくれ。夏休みでも部活のある人間だって大勢いるんだ」

 漆原にそう言われて皆再び静かになった。

「ありがとう。で、案のある者はいないか」

 森木が尋ねる。だが、返事はない。口だけ達者でいざ意見を出せと言われたら何も言えない人間の集まりだ。それは漆原も、西藤も同じだ。

「いないか。仕方ない。ではここで君たちに二択を迫りたい」

「なんだなんだ、クイズ番組か」

 西藤が冗談っぽく言うとすかさず、阿波島が反応して

「一人で早押しクイズでもやってろ」

「冗談だよ。それを見抜けないお前は本当に馬鹿だな」

 などと少し森木が言葉を切るだけですぐにざわめいてしまう。

「うっせえ、黙れ」

 今度は大滝の野太い声が響き渡り、驚くように通話はまた静かになった。目を覚ましてはならない野獣が目を覚まし、全員が固まって動けなくなったかのようだ。今度こそ完全沈黙となったようで

「今日、今から決まるまで通話をする。もしくは、また来週か再来週にでも集まってそこで決定する。ただし、全員何かしらの案を考えること。どっちがいい」

 対立は起こらずに後者に決まり、今日はお開きとなった。果たしてちゃんと考えてくる奴は何人いるのだろうか。


4


 次の集まりは二週間後のはずだった。だが、二週間も経っていない八月三十一日。そのサーバーの通話には収拾をかけたわけでもないのにほとんど全員が参加していた。

 それも当然だ。

 誰もが驚愕したニュース...志茂が自殺した。西藤はその知らせを知ってすぐに『ムーンライト同盟』の通話に参加した。

「自殺? 嘘だろ。何であいつが」

 小木の集団に属している者たちが話している。

「あいつが自殺する原因なんてないじゃないか。何が原因なんだよ」

「噂によると遺書にはいじめを苦に自殺したという内容があったらしい」

 それを聞いた時、西藤は耳を疑った。

「本当に?」

「噂ではあるが、割と信憑性の高い噂らしい」

「まさか、しかし」

 西藤は依然信じられない。

「お前が驚くのも無理はないな」

 と言ったのは漆原だった。

「おかしいだろ。志茂はいじめられてなんかいない。むしろ、いじめを行っていた側だ。おかしい、おかしい。絶対におかしい。『サンシャイン同盟』ではいじめられている人間を演技したけれど、実際には誰もあいつをいじめていない。なのになぜ」

 西藤は状況を掴めずイライラしてパソコンを置いている机を叩いた。その音が聞こえたのだろう、森木が言った。

「落ち着け。確かに信じられない話だ。だが、いくつか解釈の方法も残っている」

「解釈の方法?」

「つまり、納得できる理由もいくつか浮かんでいる」

「それは何だ」

 西藤が尋ねる前に小木が尋ねる。

「それは...CMの後で」

「は? おもんな」

「西藤、『サンシャイン同盟』の方の通話を見てみ」

 よくわからないボケを挟んでおいて、ごく真剣に森木が言う。

 西藤は言われた通り、確認した。すると、一人が通話に入っていますと表示が出ている。なるほど、浜辺が志茂の自殺を知り、通話を始めたのか。

「とりあえず、先にあっちに参加する。戻ってきてから考えられる可能性については述べるから」

 森木はそれだけ伝えると通話を去った。

「焦らしプレイおもんな」

 と小木が呟いた。西藤も通話を去り、『サンシャイン同盟』の方の通話に参加した。


「ただいま」

 『サンシャイン同盟』での通話を終えて、西藤が『ムーンライト同盟』の通話に戻ってくる頃には通話にいた人も減って先程の半分ぐらいになっていた。

「おかえり。遅かったな」

 漆原が出迎える。

「遅かったよ。浜辺の名探偵モードに付き合ってて」

「はえー」

 阿波島の気のない返事。そして、気のないムカつく顔。妙に自分の顔を意識した変顔をカメラに向かってやってくる。明日ぶん殴ってやろうか。

「ただ、彼の推理、仮説を聞いて色々参考になる部分もあった」

「よ、我らの名探偵!」

 井伊が煽る。

「とりあえずさっき焦らした分を話してくれ」

 小木がずっと待たされてイライラして言う。

「焦らしたつもりはないが。まあいい。まず一つの解釈方法。それは、志茂はいじめを苦に自殺した。だが、それはいじめられていたのを苦に、ではなく、いじめていたのを苦に、の可能性があるということだ。いじめを苦にという言葉だけならどちらの可能性も考えうるだろう」

「なるほど。ま、その可能性についてはいずれわかるだろうな」

 つまり、遺書の内容が確かに把握できれば、志茂が「いじめられること」を苦に自殺したのか、「いじめること」を苦に自殺したのかは自ずとわかるということだ。

「で、もう一つの可能性。それは、志茂が自殺ではない可能性だ。これは、先程『サンシャイン同盟』の通話で話した話だから、西藤はわかるだろう」

「まあ。でも、あれだろ、浜辺は志茂がいじめられている前提で推理していたから話が変わってくるだろ」

「その通り」

 相手がどのような仕草をしているかは見えないが、西藤には森木が画面に向かって指を差しているところが想像できた。

「なので、それに基づいて、推理をしてみる。しかし、ここで二通りの仮説が立てられる。それは、これについても先ほどの通り、遺書に書かれている内容が、「いじめたこと」を苦にしての自殺なのか「いじめられたことを苦にしての自殺」。まず、前者について犯人は志茂がいじめをしていると知っていたことになる。志茂は深くいじめに関与していなかったからいじめられている側やいじめている側以外が知っている可能性は低い。そこで志茂と共にいじめをやってた木村に聞きたい」

「はいよ」

「木村は誰をいじめている?」

「言わない」

「言えば犯人に近づくのだが言いたくないなら言わなくてもいい。とりあえず容疑者は木村にいじめられている人物とここのサーバーにいる者に限定される。しかし、一つ目の可能性として挙げたようにこの時、志茂が本当に自殺した可能性もあり得る。これは忘れてはいけない」

「で、「いじめたこと」を苦にした自殺、てな感じの内容が書かれていた場合はどうなんだ」

「犯人は志茂がいじめられていると勘違いしていた人物に限られる。それは誰か」

「わかった。浜辺と坂田だ」

 美味しいところを持って行ったのは小木だ。森木は少し悔しげに

「う、ま、そうだ」

 と言った。

「うまそうだ?」

 すかさず西藤は茶化しに入る。

「まあ、そうだ、と言っただけ。茶化すな。で、小木の言う通り浜辺と坂田が容疑者となる。しかし、坂田は正直志茂とあまり縁がないだろう。だから、何かしら志茂と縁があるという証拠が見つからない限り、動機がないので犯人としては薄い。従って浜辺一人が容疑者として残る」

「容疑者が浜辺だけってことはすなわち浜辺が犯人ってことだよな」

「そうとも言える」

「でも、浜辺だって坂田と変わらず志茂との縁は薄いだろ」

 さっきいいとこ取りをしたので、調子に乗っている小木が指摘する。

「いや、そんなことはない。浜辺は志茂と頻繁にゲームをしたりと、比較的志茂との縁はある。そのゲーム中に何かが拗れたかで志茂を殺した可能性は比較的高い」

「なるほど。って、それじゃあ」

 小木がおどける。

「そう。明日、志茂の遺書の内容次第では、この事件の犯人は一人に絞られるんだ」

 少しのざわめき。森木はそのざわめきを楽しんでいるのか何も言わない。すると、ざわめいている側から声が上がった。漆原だ。

「しかし、もしかしたら、坂田が昔、志茂と仲が良かった、そういう可能性もあるんじゃないか」

 そういえば、先程、『サンシャイン同盟』の方で通話をしていた時もそういう話になり、結局志茂と昔同じ小学校や幼稚園に通っていたという人物を見つけよう、という風に決まった。

「そう、その通り。なので、ここで一つ問いたい。この中に志茂と昔、仲が良かった、もしくは付き合いがあったという人物はいるか」

 流石にそう簡単にいるわけがないだろう、と西藤は思っていたが、一人が名乗り上げた。

「あー俺だわ。俺。小学校同じ」

 本田の声だ。

「ってことはお前も容疑者なんだな」

 大滝が鋭い口調で言う。

「まあ待て。本田に一つ聞く。その小学校に坂田征四郎は通っていたか」

「通ってないね」

 即答だった。これで志茂がいじめを苦に自殺した時の犯人は浜辺で間違いないと言える段階になったようだ。

「よし。では今日はこれぐらいにしよう」

 森木は解散を宣言するとすぐに通話を抜けた。


5


 そして、翌日、西藤は志茂の遺書にてどのようなことが書かれていたかを噂で知った。それを知ってすぐに西藤は教室を出てC組に向かい森木の席に駆け寄った。体が勝手に動いたような感覚だった。

 すでに、漆原や小木が森木と話している。三人の顔色から多分、このこと、について話しているのだろう。

「そういうことだ」

 森木は目を瞑り、気難しげに額に皺を寄せて言った。

「遺書の内容がいじめられたことを語る内容だったということは。志茂を殺したのは...」

「浜辺円」

 漆原がため息をついた。

「俺たちは、犯罪者と、ずっと通話をしていたということなのか」

 西藤は取り乱しそうだった、いや取り乱してしまっていたのかもしれない。浜辺が犯人で、志茂が殺された。浜辺は人を殺すような人間なのだ。そんな人間とずっと通話で会話をしていたと考えると西藤は耐えられなかった。

「そういうことになる」

 森木は目を瞑ったまま言う。

「どうするんだよ」

「どうするとは」

 小木が尋ねる。

「どうするんだよどうするんだよどうするんだよ」

「まあ落ち着け」

 漆原は言うが、西藤の耳には届かない。

「どうするんだよ。俺も、森木も『サンシャイン同盟』の方で何かやらかせば浜辺に殺されるかもしれないんだぞ。あいつは、下手したら人を殺すようなやつなんだ。サイコパスなんだよサイコパス、頭がおかしいんだ。あの静かな感じの裏にそんな邪悪なものを抱えてるんだよ。例えば、そう、あのサーバーが浜辺をいじめるために立てられたものだと浜辺が気づいたらどうする? ありえないとは限らないぞ。そうすれば、皆殺しだ。俺も、お前も。小木、漆原、お前らも何かの拍子に特定されて殺されるかもしれないんだぞ」

 西藤は自分の中で突然全ての均衡が崩れてしまったのを感じつつ狂ったようにそう訴えた。

「とりあえず落ち着け、静かにしろ」

 西藤が大声でそう言ってしまったため、漆原が周りを気にしながら再度言った。

「すまない。不安で仕方なくなってしまった」

 西藤はやっと我に帰ったが、今も不安は不安のままだ。

「西藤の言う通り浜辺は危険だ。しかし、今更中止にするわけにはいかない。中止にする方が違和感を与えてしまいかもしれないだろ。それに一年近く頑張って準備してきたんだ。不意にできるものではない」

「だけど」

 だけど、正気ではない。危なすぎる。

「志茂は警戒していなかった。だから、死んだ。だが、警戒さえすれば浜辺ぐらい大したことはない。あんな貧弱な体格のやつにそう負ける人間はいないさ。だから、心配しすぎる必要はない」

 西藤は一旦はなるほどと納得した。しかし、向こうが包丁やナイフといった鋭利な物を手にしていたらいくらなんでも勝てない。

「でも」

「そろそろ一時間目が始まる。続きを話したければ『ムーンライト同盟』の方で話そう。しかし、気にしすぎだ。大丈夫」

 西藤はとりあえず自分を納得させることにした。だが、西藤は気づいていた。森木の大人びた口調が今日は普段の数倍、大人びているということに、彼も強がっているということに。


「浜辺円が志茂を殺したということは大体が聞いているだろう」

 『サンシャイン同盟』での通話を終えて、『ムーンライト同盟』の通話に入ると早速、森木が切り出した。

「志茂の遺書は、簡単に言えば「いじめられていたこと」を苦に自殺したという内容だったそうだ。しかも、自筆ではなくタイピングによる物。状況は浜辺が殺したという方向で考えて間違いはない」

「しかし、警察は今どういう方針で捜査してるんだよ」

 漆原が尋ねる。

「そういう噂は残念ながら一切入ってきていない。だから、もし警察が自殺という方針で決定させて仕舞えば、浜辺が捕まることはない」

「浜辺が警察に逮捕されるように誘導したいっていうことか?」

「いいや、浜辺が警察に捕まれば、折角のこの計画が台無しだ。寧ろこちらとしては浜辺が警察に捕まらない方が好都合だろう」

 森木はこの計画にあくまで執着する考えだ。

「なるほど。じゃあ、俺らは浜辺がピンチになったら助けてやればいいんだな」

 西藤がちょっとビビりながらそう言うと阿波島が

「なんか嫌だな、浜辺を助けるのは」

 と不満を述べた。

「二人の張り合いはまた今度にしてもらえると助かるが」

 森木が面倒臭そうに言う。

「張り合いじゃねえよ。本音だ」

「本音か張り合いかは知らないが。とりあえず、浜辺が疑われた時はこちらで浜辺を擁護する」

「擁護? どんなふうに」

「アリバイを作る」

「一緒に通話していました、とか」

 と本田が提案するが

「通話はアリバイとしては弱くないか」

 と却下。

「浜辺と一緒に帰りました、本当です、はどう?」

 そう古岩井が提案し

「良し」

 と決定。

「とりあえず、その日の放課後は、森木、西藤、浜辺の三人で帰ったってことにしよう。もし、事情聴取があるってなったら、浜辺に『サンシャイン同盟』の方で口裏を合わせるように言っておこう」

 森木がそうまとめた。すると、阿波島が煽り口調で

「森木の一人称って森木なんだ。格好悪」

 と細かいところで突っかかるが、ここは一枚上手の森木は無視して通話を抜けた。


6


 そして、一週間ほど経ち、依然校内では志茂の自殺に関する話題が盛り上がっていた中、『ムーンライト同盟』はその間も作戦を行った。例えば、朝早く、浜辺の机に『お前が志茂を殺した』というような文面の文章を書くことで浜辺を挑発したり。志茂がいなくなり、で制御役がいなくなったため、少しずつ『ムーンライト同盟』は無茶をもするようになってきたのだ。

 そんなある日の朝、警察が再び学校にやってきた。どうやら面談室を貸し切って事件関係者への聞き込みを行うらしい。

 そして、それに一番に連行されて行ったのは、浜辺だった。どうやら警察も何らかの形でこれが自殺ではなく殺人だと見抜き、何らかの方法や証拠によって浜辺円が犯人(あるいは有力な容疑者)だと確定させたのだろう。

 しっかり、朝休みのうちに、浜辺には口裏を合わせるという話はしておいたし、問題はないはずだ。でも、やはり不安で西藤は三時間目を上の空で過ごした。四時間目はクラスの半分が寝ているという山﨑先生の古文の時間だったが、このことが気が気でなくて眠ることはできなかった。別に浜辺が捕まっても自分に害が加わることは何もないのに知らぬ間に彼を心配していた。

 古文の授業が半分ぐらい進み、淡々と『三船の才』の内容を語っていた山﨑先生が珍しく雑談を始めたものの、その内容が藤原道長に関する内容で、更に眠りの世界に行く人が増えてしまった時、教室の扉が開き、普段見ない顔で尚且つとてもがっちりして、とても肩幅も広い様子から見て多分刑事だろう、が教室に入ってきた。西藤は訝しげにそちらを見ると、同時に廊下に立っている森木も視界に飛び込んできた。

 その刑事は山﨑先生に何かをこそこそと囁いた。山﨑先生は二、三度頷いてから、西藤の方を向いて

「刑事さんが少し聞きたいことがあるそうです」

 と言った。西藤は、やはりきたか、と立ち上がると板書をとっている一部の生徒の迷惑にならないように黒板の前を屈んで通りながら扉の方へ向かった。窓側の席は教室の出入り口が遠くて困る。

 西藤と森木は、その刑事に連れられて面談室に向かった。面談室には、対面になるように見るからに中年な刑事が座っていた。その対面となる席に浜辺が座っているのではないか、と思っていたが浜辺は部屋にいなかった。

「西藤君と、森木君だね?」

 中年刑事に尋ねられたので、西藤はこくりと頷いた。森木は何か考え事をしているのか反応をしなかったが、刑事は西藤の反応を見て、この二人が西藤と森木だと判断した。

「そこに座ってくれ」

 肩幅広し刑事の誘導に従って、中年刑事と対面となる座る。肩幅広し刑事も、中年刑事の隣に座った。

「いくつか聞きたいことがあるんだけれどいいかな」

「お手短にお願いします。授業もあるので」

 森木はいつも通り淡々と答える。

「すまないね。まず、今私達が何のためにここに来ているのかは大体お察しがついているだろう」

「先週の件ですか」

「その通り、志茂君の自殺に関する件だ。端的に言うと志茂君の友人達の中に容疑者がいるのではないかと思い、今洗いざらい調査しているんだよ」

 中年の刑事はそこで一旦言葉を切り、西藤と森木の表情をまじまじと見つめる。西藤は流石に緊張して唾を飲んだが、森木は眉ひとつ動かさない。

「そして、志茂君と浜辺君は仲良しだという情報を掴んだからね。浜辺君にアリバイはあるか調査しに来たんだ」

「嘘ですね」

 森木はさらっとそう言った。何を言っているんだ、と西藤は隣に座る森木の足を踏みつけた。

「う、嘘だと?」

 肩幅広し刑事が険しい表情で森木を睨む。西藤は緊張しすぎて息が切れそうだった。

「嘘ですよね」

「ほう。なぜそう思うのかい」

「浜辺と志茂が仲良くしてるところを見たことがありません」

「なるほど。森木君の言う通りだ。私達は嘘をついた。実際のところを話すと、現場から証拠物品と見られるものが発見されたんだよ」

「言っちゃっていいんですか」

 肩幅広し刑事が小声で囁くのが聞こえた。

「この子は賢い。他言してはいけないとわかってくれるはずだ、なあ?」

「当然です」

「あ、はい」

 賢い、の対象は森木だが、なあ? の質問は西藤にも向けられているのがなんとなく惨めで西藤は肩を窄めて言った。

「と、いうことだ。心配はしなくていい。で、その証拠物品というのがアニメ「妖怪斬り」のストラップなんだが。君たち若者は知っているだろうが、「妖怪斬り」というアニメはとてもマイナーなアニメでね。そのグッズを購入した人間も少ないのではないかと考えて、近くのアニメグッズショップに電話したんだ。すると、すぐに、「妖怪斬り」のグッズを買うお客様は浜辺という高校生だけだと返事が返ってきたんだよ。頻繁に買ったから顔を覚えられているんだろう。だから、浜辺君を怪しんでいるわけだ」

 確かに、彼は「妖怪斬り」のファンだったな、と西藤は記憶をたどり頷く。

「なるほど。ですが、彼にはアリバイがあります」

「その話は聞いたよ。それで君たちを呼んだわけだ。再確認するが、二人は本当にあの日の晩、浜辺君と帰ったんだね」

「はい」

 偶然にも、森木の単調な返事と緊張した西藤の返事が絶妙に重なる。

「その帰り道、誰か人に出会ったりはしたかい?」

「してません。もしかして、警察はアリバイのアリバイがないと、浜辺が犯人ではないという結論には達せないのですか。そんなことしてたら、アリバイのアリバイのアリバイの、という風に無限に続いてしまいますよ」

 確かに、森木は浜辺を全力で擁護しに行っている。普通に擁護しにいけば怪しまれるが、森木は最初にあの淡々とした様子を見せているため、ただの真面目か、というふうに刑事は認識するのだろう。流石の作戦だ。

「その通りだな」

 中年の刑事は少なからず動揺している。

「いくつか質問したいと最初に言ってましたよね。他の質問は何ですか」

 森木はペースを崩さない。強烈に強い蹴りは少ないが、ひたすら蹴りを入れていく。

「浜辺君が犯人でないとして、ストラップは例えば、そう、偶然そこに落ちていたものだとしよう。では、誰が新しい容疑者に浮上するかという問題になってきて...おっとすまない、授業があるんだったね。では、単刀直入に聞こう。志茂君はいじめられていたのかい?」

 西藤は自分の心拍数が明らかに上昇するのを感じた。森木も眉ひとつ動かしていないが、唾はごくりと飲み込んだ、その音が西藤の耳には聞こえた。

「と言いますと?」

 森木は何とかペースを保って尋ねる。

「先週色々話は聞いたんだが、いまいちわからないんだよ。志茂はいじめられていないと思う、と主張する生徒も多くてね。志茂が殺しだとしたら、なぜ犯人は志茂を自殺に見せかけて、しかも、遺書にあんな内容を残したのだろうか。犯人は志茂がいじめられていると思っていたのだろうか」

「なるほど。こちらの答えを述べると、志茂君はいじめられていました」

「では、なぜ、いじめられていないと主張する人が多いんだろうか」

「志茂君は愛されキャラというか、みんなから人気がある感じで。集団のいじられ役だったんです。だから、いじめられていないと勘違いする人もいるでしょう。しかし、裏ではひどいことをされています。いじめとはそういうものでは?」

 森木の強烈なパンチを食らって、中年の刑事はぐぬう、と唸った。すると、肩幅広し刑事が西藤の方を向いて言った。

「君はどう思う、西藤君」

 西藤はやばいどうしよう、と焦ってしまう自分を何とか封じ込んで

「いじめられてないと思います」

 と答えた。

「ほう、じゃあ西藤君は、森木君とは反対で、志茂君はいじめられていたのではなく、いじられていただけだと考えているんだね?」

「そうです」

 本来ならいじめられていると思う、と答えるべきだったのだろうが、これは実は前々から話し合って決めていた作戦である。

 つまり、この作戦の意図は、志茂はいじめられている、と考えている人物が二人並んでこの場にいたら何か違和感を覚えられかねないので主張をずらそう、ということだ。

 実際、志茂はいじめられてなどいない。だから、ほとんどの人はいじめられていないと考えている。だからこそ、この場に呼ばれた二人、浜辺もこの質問を受けた可能性が高いのでそれを合わせると、この場に呼ばれた三人が皆、志茂はいじめられていた、と主張すると、志茂の自殺説を必死で強調している、こいつらはグルなのではないか、と思われてしまう。その対策である。

「質問は以上ですか。そろそろ授業に戻りたいんですが」

「時間をもらってすまないね。君達の証言は参考にさせていただくよ」

 最後は完全に森木のペースで、聞き込みは終わった。面談室を出ると、困ったように頭を掻く二人の刑事を背に、早足で教室へと帰った。


「で、結局あれはどうなんだ。うまくいったのか」

 休み時間になり、西藤が森木の席に出向いて尋ねると森木は神妙に頷いて

「うまく浜辺を庇えたはず。先に話し合っておいて本当によかった」

「浜辺はどうなるんだ。捕まるのか?」

「多分捕まらないはず。あとは運」

「それにしても、「妖怪斬り」のグッズが現場に落ちていたなんてな。浜辺が犯人だということを決定づける強い証拠を見つけられてたとは。危なかったな」

 西藤はそう言って笑ったが、森木は険しい表情のまま、どこか一点を見つめている。

「どうした。何か気になるものでもあるのか」

 森木の目線の先を追って西藤は確認するが何もない。そこには黒板があるだけだ。

「おーい」

 森木の目の前に手をかざして、何度か振って、やっと森木は応答した。

「どうした?」

「どうしたって、どうもしてねえよ。何ぼーっとしてんだ」

「この事件について少し考えていて」

「きっしょ。浜辺と同じ脳かよ。付き合いやめるぞ」

 西藤は冗談で言ったつもりだったが森木は間にうけてしまったようで

「どうぞ。そもそも付き合いと言っても、『ムーンライト同盟』で初めて出会ったというしょうもない付き合いだ。昔から仲が良いと見せる演技は『サンシャイン同盟』の中だけにしとけ」

 実は、森木がナルシストを演じたように、西藤も森木と古くから馴染みがあると見せるために、わざと森木には強い口調で言ったり、喧嘩に近い言い合いをしていたのだ。喧嘩するほど仲が良い、を演技したということだ。それをしてるうちにいつの間にかリアルでも結構仲が良くなってしまった。

「付き合いやめるぞは冗談。ただ、推理脳はがちできしょいぞ。浜辺と同レベ。糞といい勝負。自己満、自己中、自分しか見てない」

「いや、冷静に考えてみたらわかる。明らかにおかしい点がいくつか」

「また焦らすか」

「焦らしてるわけではなく、自分でもわかってない。何かパーツパーツで拾えそうなところがあるんだけどなぁ。違和感、のような。そんなものが、どこかで壁に直面する。その壁の越え方がな」

「おい、二人で何の話ししてるんだ。恋バナか」

 と漆原がやってきた。

「志茂の自殺の事件。まあ他殺だろうけど。何かがおかしいんだよ」

「浜辺が犯人で終わりじゃないのかよ」

 漆原も西藤同様ピンと来ていない。

「事件現場から「妖怪斬り」のストラップが見つかったらしいんだけど、そこが何かなぁ。確か、浜辺、坂田にあのストラップあげてなかったっけ、ガチャでダブったからとか言って」

「そういえば、そうだったかもな」

「ちょっと待てちょっと待て。一つずつ順を追ってくれ。俺は西藤や森木みたいに『サンシャイン同盟』に属してもないし、警察から聞き込みをされたりもしてないんだよ」

「つまるところ、警察が志茂の自殺を他殺だと疑っている理由の一つに、現場から見つかった「妖怪斬り」のストラップがあるんだ。で、どうやら警察の捜査で「妖怪斬り」のガチャをやっていた人は浜辺だけだとわかっている。それで、警察は浜辺を調査しているんだ」

「確かに、「妖怪斬り」のガチャをやっていた人が一人だけでそいつが被害者の志茂と同じ学校に通ってるとなれば疑うわな。てか「妖怪斬り」マイナーすぎだろ」

「そのツッコミは置いといて。マイナーなアニメでもファンが少しでもいたらグッズになるんだから」

「でも、おかしくないか。別にそのアニメグッズのショップのガチャをやったのは浜辺だけかもしれんが、浜辺じゃない奴が、他の店で購入したとか、ネットで購入したとか。そういう可能性もあるだろう」

「ここら辺にアニメショップは一個ぐらいだから他の店の可能性は低いかも。だが、ネットで購入したという可能性はあるな。ま、それぐらいの可能性は警察も考えて捜査してるだろ。でも、今俺らはそれを考えても意味はない。決定的な証拠を握ってるわけだからな」

「犯人は志茂がいじめられていたと勘違いしていた人物」

「そういうことだ」

「そこまで考えていてなぜこちらの考えが読めないのか大いなる謎だな」

 と森木がうんざりした様子で口を挟んできた。

「つまるところ、坂田が犯人である可能性がある」

 それを言われて咄嗟に西藤は坂田のくぐもった声、次にずっと椅子に座って本を読んでいる一人ぼっちの彼の姿を連想した。

「まさか。でも、浜辺だって可能性は十分あるだろ。浜辺はダブったから坂田にストラップあげたわけで」

 西藤は坂田が犯人であるなどと信じられずにムキになって言い返した。

「それはそうだ。だから、坂田、浜辺、共に同じくらい犯人である可能性を有している」

「いや、でも、坂田には動機がないだろう動機が」

「そう、動機がない。坂田が志茂を恨む理由が一切わからない」

「確かに、動機が見当たらないな」

 漆原は額に手を当てて考えながら言った。

 しかし、一向に答えは出ない。

「次の時間体育だから早く外出ろよ〜」

 体育の大石先生が教室に来て言った。

「よっしゃ、次体育じゃん」

 漆原が嬉しそうに言った。

「グラウンドだから、どうせ、野球だろ」

 サッカーは好きだが、野球に興味のない西藤はやる気が出ない。

「まあ、大石の体育の試合時間長くて楽しいじゃねえか。しかも、気休めになるだろ」

 確かに体育は気休めにはいいけれど。西藤はそもそも、大石があまり好きじゃない。妙に生徒思いっぽく見せてるところとか、最近は生徒が試合しているときは小さく口を開けてベンチに腰掛けながらぼーっとしてることもある。なんというか浮かれてる感じがとても癪に触る。

「そこ、とっとと体操服に着替えろ。制服で野球は無茶苦茶汚れるぞ」

 大石先生がこっちを指差して注意してきた。

 なので、そのまま休み時間は終わり、とりあえず続きは『ムーンライト同盟』の方で話そうということになった。


 『サンシャイン同盟』で浜辺からとりあえず警察はアリバイを信じてくれた、庇ってくれてありがとう、という感謝と報告を受けて正直西藤の胸のうちは複雑になっている中で『ムーンライト同盟』の通話に参加した。

「今日の事情聴取の報告早く」

 わざと眠たそうに欠伸をしながら阿波島が言った。大きく欠伸をしながらも、前髪を触ったり、モニターに映った自分の姿を見て身だしなみを整えてる阿波島の姿は西藤にとってはムカつくそのものだ。

「とりあえず予定通り浜辺の偽のアリバイを伝えて浜辺を庇った」

「なら、この『サンシャイン同盟』計画は続けれそうってことだな」

 と大滝。

「まあ多分。警察は結構な浜辺が容疑者であるとする証拠を握っていたけど、アリバイがあって尚且つ、浜辺に志茂を殺す動機がないことは把握しているから、大丈夫だと思う」

「でも、警察って強引に捜査したりするんじゃないの?」

 と木村が不安げに言う。志茂が自殺してからどんどんテンションが下がっているように見える。彼は志茂と仲が良かったのでそうなるのも無理はない。

「それは刑事ドラマの世界だけ。現実はもっと優秀だ」

「そっか、なら」

「ただ、一方で本当に浜辺が犯人ではない可能性も出てきている」

 森木はそう言って、今日の三、四時間目の間の休みで話した「坂田犯人説」を説明した。

「そんな馬鹿な」

 と口々に(坂田をいじめている人間を中心に)声が飛ぶ。

「しかし、そう考えることもできるんだ。もし、坂田に志茂を殺す動機があったら、もう完全に坂田は犯人であると確定しても良いレベルなんだよ」

「つまり、今度の俺らの仕事は坂田と志茂の間で何か過去にいざこざがなかったか調べることか」

 大滝がいちいち森木に偉そうに指示されてうんざりした様子で言う。

「申し訳ないが、そういうことになる」

「そもそも、どんなふうに探ればいいのかよ」

「まあ、そこは随時」

 森木もそこまでは考えていなかったようで言葉を濁した。

「随時ねぇ。まあいいよ、こういう犯人探しみたいなのは結構夢があって楽しいしな。じゃ、俺はここらで大殿籠らせていただきます」

 そう言って阿波島は大あくびをして通話を抜けた。

「じゃ、俺もここらで」

 大滝も続き、今日はこれでお開きとなった。


7


 翌日、西藤は勇気を出して坂田に直接話しかけてみることにした。

 昨晩、通話では、坂田犯人説が坂田のいる前で浮上して坂田を問い詰めた。しかし、それはネット上での会話で、ネット上では互いに表情も見えないし、何を考えているのかもわからない。ただ、現実では相手の表情も見えるし、相手の動作も見える。西藤は森木ほど観察眼があるわけでは決してないが、それでも多少のことはわかるはずだ。

 これは森木からの指示でも話し合って決めたことでもなんでもなく、完全に自分の意志、独断である。坂田から何か聞き出すことができれば、浜辺か坂田か、どちらが犯人か結論付けることができるかもしれない。

 ここまで、自分はほとんど森木の言いなりになってばかりなので、何か自力で成果を上げたいと思ったのもある。

 坂田はいつも通り席に座って、まるで自分は空気です、といった様子で本を読んでいた。その様子は少し浜辺に似ている。まさか、浜辺と坂田は同一人物なのか、などと西藤の頭に滅茶苦茶な仮説が思い付いたがそんなわけない、と首を振り、馬鹿な仮説を忘れる。

「なあ、坂田」

 西藤が声をかけると、坂田はびくっとしてからこちらを振り返った。

「...」

「えっと、その。一週間ちょっと前に志茂が体育倉庫で死んだって件あるだろ」

 コミュニケーションが比較的得意な西藤も坂田の発する青く暗く、毒々しいオーラに気圧されて、言葉は詰まり詰まりでしか発せなかった。

 坂田はこくっと頭を縦に振る。

「お前、あれどう思う?」

 緊張して、考えてきた質問も全てが頭から飛んでいった。

 坂田は何も答えない。

「あの、えっと、その」

「...何...」

 坂田が消え入るような、虫のような、本当に小さな声で言った。

「え?」

 ちゃんと聞き取れず、西藤は聞き返す。

「突然、何...」

 突然、何。と言われたのだろう。西藤は

「色々情報が欲しいなと思って、お前に聞いたんだよ」

 と笑って返す。出来るだけ相手に警戒心を抱かせたくなかったからだ。

「知らない」

 坂田はじっと西藤の方を睨んでそう言った。

「何も知らない」

 緊張しているのか通話で聞いたより低い声だ。

「え」

「知らない、知らない。志茂については何も知らない」

 取り乱した様子で坂田は言った。取り乱してやっと聞き取れる音量で。

「でも」

「何用。何も知らない。何も知らないから。俺に何の用が」

 取り乱している。西藤はこの様子を見て坂田が犯人だと確信した。

「お前、なんか関与してんじゃねえのか」

 西藤はその様子を見てさらに問い詰める。坂田は声を震わせながら

「知らない、知らない。本当に、どうして、なんで」

 と繰り返す。流石にこのままでは埒が開かない。更に普段全く喋らない坂田が喋っているということに気づいて何人かがこちらの方をずっと見ている。この状況で問い詰めることはやや良くない結果をもたらしかねない。

 西藤は坂田に

「とりあえず続きは通話の方で話そう」

 と言い、その場を立ち去った。もっと聞きたいこともあったが、取り乱しているというのは何よりの証拠だ。坂田が追ってくるのではないかと思ったが、坂田は別に追ってきたりはしなかった。

 犯人は坂田。これはもはや疑う余地のない事実となってきた。今日、家に帰って通話でもう少し坂田の話を聞く必要はあるだろうが、それでもあそこまで動揺しといて犯人ではないなんていうことはないはずだ。

 西藤は浮かれた気分で廊下をスキップして教室に戻った。


 その日の『サンシャイン同盟』の通話と『ムーンライト同盟』の通話両方で西藤は坂田が取り乱したことを語るつもりだった。しかし、西藤を待ち受けていたのはそれ以上の驚くべきニュースだった。

 坂田征四郎にはアリバイがある、しかも確固たるアリバイが。これを浜辺の口から聞いた時、西藤は驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになった。まさか、彼が犯人ではないなんて。昨日通話にて坂田を責めて、今日も現実で坂田を責めた。そして、事実、今日坂田はとても動揺していた。しかし、彼は犯人ではないのか。

 そして、この事実は同時にもう一つのことを導く。もう一つのこと。それは即ち、浜辺円が犯人であるということだ。薄れつつあった彼への疑いは改めて確かなものになった。いや、確定したと言ってもいいのではないか。


 とりあえず、『サンシャイン同盟』での通話を森木は早めに切り上げて、『ムーンライト同盟』に入る。

 森木は通話に入って開口一番坂田にアリバイがあったという話をしてやろうかと思ったが、それよりも先に妙にざわざわした様子が耳に入ってきた。何かの話で盛り上がっているようだ。

「浜辺が犯人だ。しかも、結構まずいことになった」

 西藤、森木の二人が通話に入ってきたことに一番に気づいた大滝がそう言った。

 浜辺が犯人ということをなぜ知っているのだろう。坂田にアリバイがあったという話は彼は聞いていないはずだが。

「どうした」

「お前らがどんなヘマをしでかしたかは知らねえが」

 大滝がそう言うと、通話にいた他のメンバーからも文句が上がる。

「ヘマ?」

 西藤は大滝に突然攻められて困惑することしかできない。

「俺らはこの船降りるぞ」

「ちょっと待てちょっと待て。何があった」

 森木が慌てて尋ねる。

「詳しいことは本田に聞け」

 大滝はそう悪態をついたあと、すぐに通話を抜けた。

「簡単に言えば、大滝の家のリビングの大きな棚の裏から盗聴器が見つかった」

 しかし、まさか盗聴器が!? でも、それがどうして浜辺が犯人に結びつくのか。

「で、それがどうしたんだ」

「どうやらそれを仕掛けたのは浜辺円の弟らしいんだな」

「何?」

 この事実には流石の森木も予想外だったようで面食らうような反応を見せた。

「なぜ、それがわかったんだ」

「俺の妹が盗聴器とかそういう闇系のグッズに詳しいんだよ。で、二ヶ月ぐらい前に、俺の妹のとこに浜辺円の弟が来たらしい。良質で小型の盗聴器を教えてほしい、と言ってきたらしいな。それで、違和感を覚えたので、あえて一般的な種ではないものを紹介したそうだ。そして、それが昨晩、大滝の家の棚から見つかった」

 本田が説明する。

「嘘だろ」

 森木はいつにもなく焦っている。

「つまり、どういうことだ?」

 何かいけない事実であることに気づいてはいるがピンとこない西藤が尋ねた。森木は驚きのあまり返事を返せなかったようで代わりに、漆原が説明した。

「浜辺円の弟がまさか無縁な大滝を盗聴するわけがないだろ。だから、浜辺円が裏で指示してるとしか考えられない。もし盗聴されてたらそれはどういうことか。言うまでもないな」

 言うまでもない。大滝が家で話したことも全て浜辺に漏れている可能性が高い。すなわち、この通話での大滝の応対が浜辺に漏れている可能性が高いということだ。

「まさか、盗聴なんていう犯罪に浜辺が手を染めるとは、お得意の盤面予測能力の想定の外だったな、なあ、森木」

 木村が嫌味っぽく言う。森木の計算的な言動はどうやら多くの人から反感を持たれていたようだ。

「盗聴は犯罪ではないけどな」

 本田がなぜかこのタイミングで茶々を入れる。

「浜辺と志茂の間にどんなトラブルがあったのかは知らないが、浜辺はかっとしたらすぐ人を殺すようなやつだ。そんな浜辺に俺らのこの計画がバレた。俺ら全員殺されるかもしれない。だから、俺らは安全のために手を引く。実はここ数週間、つまり、お前が、浜辺犯人説を唱え始めてから大滝たちはびびって浜辺をいじめるのをやめている。この二つの情報から、俺らがどうしたいかは言うまでもないな」

「しかし」

 森木は必死で反論しようとするが、その声を遮って

「よく考えたら、志茂が殺された要因もこれなんじゃねえか? 浜辺が『サンシャイン同盟』を立てた理由を知って、志茂を殺した。こうすれば動機もわかる」

「この計画の傍観者の立場からも手を引く。更にはここでその計画に携わっていたことがバレるのが嫌だからこの『ムーンライト同盟』も解散にする。そういうことだ」

「そういうこと。大滝の声は盗聴されているが、大滝が会話していた相手は、大滝がイヤホンをつけていたため、盗聴できないのでされていない。だから、大滝がもし俺らの名前を口に出してなかったら俺らは生き残れる。ま、そういうことを小木、木村、大滝とさっきまで話していたわけ」

 各々が一気に捲し立てた。

「待て。全員が解散で納得したのか?」

 森木は慌てて尋ねる。

「当然。じゃあな」

 漆原が通話を抜けた。立て続けに一人、二人、三人と通話を抜けていく。そして、『ムーンライト同盟』サーバーからも一人、二人、三人と退出していく。一分もしないうちにこのサーバーにいる人数は減っていき、西藤と森木と他数人(今日の通話には参加していない人だろう)のみになり、通話には西藤と森木の二人が残された。まだ抜けていない今日の通話に参加していなかった者も、明日事情を聞いてすぐに抜けるだろう。

 森木は追い詰められた様子だったが、まだ諦めてはいなかった。

「二人だけでも、この計画は遂行できる。あいつらは傍観者だ。あくまで、傍観する奴がいなくなっただけで、こっちは、まだ、まだ、まだ、まだまだまだまだまだやれるぅ!」

 西藤は黙ったままを貫く。森木の出方を

 「考えてみろ、そもそも、あいつらは何もしていないのに勝手にビビって去っていったんだ。まあ考えてみたらわかる通り、あいつらはただのビビりだ。ビビりは放っておけばいい。この計画が成功した際にどれだけの最高の、最高の楽しみが待っているかは計り知れないだろ? だから、諦めずに続けるんだ。西藤と俺との縁だ、わかってるだろ、なあ」

 彼の言うことは正しかった。まだこの作戦自体は実行の余地がある。

 だが、彼は故障した機械のような状態だった。ドラマとかで見たことのあるような、狂ったマッドサイエンティストのようだ。その様子が西藤に意思を決定させた。

「つまんね」

 西藤はそう言い残して通話を去った。

 当然、西藤は森木と二人でこんなことするためにこの計画に参加したわけではない。傍観者である彼らがいなければ何も楽しくない。森木は自分の計画を完遂させるという目標があるのかもしれないが西藤にはそれもない。

 そして、『ムーンライト同盟』を退出し、『サンシャイン同盟』を退出した。

 

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