転生

 気がつけば死んでいた。


 何もかもめんどくさくて、ぼーっとしながら散歩していたら、近づいてくる車に気づかず撥ねられたのだ。あまりに呆気ない死に様だった。


 そうして、命を落としたはずなのだが…………



「哀れな子よ、私が救ってあげましょう」



 いつの間にか、女神を名乗る胡散臭い存在と対峙していた。真っ白な世界に佇む真っ白な女性。肌も髪も服も全てが白く、唯一の色素は目を彩る金のみ。そんな自称女神。


 この空間も、目の前の女も、なんとなく神聖な雰囲気を帯びている。彼女の言う通り、確かに目の前の超常存在は神に連なる何かなのだろう。それでも胡散臭いと評したのは、



 ────彼女のこちらを見る目が、まるで僕のことを映していなかったからである。



 路傍の石を見るような、なんの感情も映さぬ瞳。先程の言葉通り『哀れな子』だなどと露にも思っていなさそうな目だ。


 いや、超常存在の心境なんて僕如きに測れるわけがないことは当然わかっている。それでも、なんとなく体は彼女への嫌悪感を示していた。



「あなたは、次の世界へ何を望みますか?」



 無機質な、機械のような声でそう問うてくる暫定女神。これは、噂に聞くテンプレ異世界転生というものなのだろうか。あまりライトノベルは読まないのでこういう展開には詳しくない。しかしたまに耳にする『神様転生』というシチュエーションに酷似しているように思えた。



「僕の、望み…………そうだね、来世があるなら、そのときこそは……皆に好かれるような人間になりたいかな……」



 前世の散々な人生を思い出して、そう答える。それを聞いた彼女はまたしても無感動に口を開く。



「あなたの望みを叶えましょう。………………………………次はきっと、良い人生を」



 彼女がそう告げた瞬間、僕の体が光の粒となってほどけ始める。いくらなんでも説明不足が過ぎるのではないだろうか。結局僕は今から転生するのか? 何もかもが情報不足でわからない。


 足元から消えていく体。痛みはなく、足が消えても残った胴が自由落下を始めることはない。そんな不思議な現象に、ようやくこの非現実的な状況への驚きがやってくる。この空間に来てからなんとなく夢を見ているような感覚で、頭の中も霞がかっていた。そうして驚いている間にも胴の半ばまで消えてしまった。


 そして最後の最後、この顔までも解ける瞬間。


 狭まっていく視界の中見えたのは、こちらを見つめながら顔を歪める女神の姿。


 その表情は、酷く悲しげに見えた。ここに来てから、彼女の見せた初めての感情であった。










※※※










 異世界転生とはどういうものなのか、よくわかっていなかった。14歳になってようやくになった。正確には私と僕が混ざり合って一つとなり、年数の差でに寄っただけだが。



 産まれてから、少しずつ前世の僕が今世の僕に混ざっていった。夢で前世の夢を見たり、性格が少しずつ前世に寄っていったり。少しずつ前世の記憶を取り戻していった。と言っても突然部分部分の記憶が頭の中に流れ込んで来たわけではない。深くに潜り込んで思い出せない記憶というものだ。そういうものが少しずつ頭の奥に蓄積されていった。


 記憶があるのに思い出せない、なんとも言葉にするのが難しいものだ。


 あることはわかっているのにはっきりと知覚できない記憶というのはあまりに気持ちが悪く、自分が自分でなくなっていくような感覚に何度か病みかけた。


 しかし14歳の誕生日を迎えた時、全ての記憶を取り戻したことを唐突に悟った。そしてそれまで謎だった記憶が、最初からそうであったかのように完全な自分の記憶となった。



 気持ち悪いのは確かだし、僕と混ざり合ってしまい、押され気味な元の人格について思う部分はある。しかし気にしすぎても仕方ない、そういうモノだと割り切るべきだ。そう思うと、大した時間も掛けずにこれまでのことを飲み込めてしまった。この14年間ずっと苦悩してきたというのに。自分は思っていたよりもドライな人間なのかもしれない。


 せっかくの異世界転生である。楽しまなくては損だ。そう自分に言い聞かせる。


 例の女神の言葉を信じるのなら、テンプレ通りこの体にも何かしらチートのようなものが備わっていそうだし。



「せんせーせんせ──!!! あもちゃんの目がピンクになってる!」



 記憶が突如戻って棒立ちする僕を指差して一人の女の子が大声を上げながら走っていく。その声を聞いた子供たちが一斉に寄ってきて僕の目を覗き込んだ。


「ほんとだー!」


「なにそれ!」


 周囲で騒いでいる子供たちにようやく我に返る。周囲を見渡してみると心配、好奇心などの感情を覗かせる子供たちの姿が。



 僕は今世における両親を知らない。今世はいわゆる孤児というものであった。ここは独り身の子供たちの居場所……孤児院である。


 孤児という時点で恵まれた境遇ではないのだが、僕の所属は大きな教会直轄の孤児院であった。生活は恵まれているほうである。孤児院の横には巨大な教会が立っており、毎日多くの人が出入りするのを見かける。その中には孤児院へと寄付をしてくれる人もいて、僕たちの生活の支えとなっていた。



 今はそんな中寄贈された野菜類を調理し、昼食を取り終えたところであった。その片付けをしている最中に記憶が戻り、いろいろと混乱してしまっていたというわけだ。



 僕を囲っている子供たちに一旦退いてもらい、ポーチからナイフを取り出す。この多目的ナイフは一定の年齢になったら一人一つずつ貰えるものだ。



 よく手入れされ、磨き上げられているナイフの腹を覗き込む。そこには確かに桃色の目が映し出されている。以前は綺麗な青色であったはずだ。このタイミングでこの謎の変化、例の女神が関係しているだろうことは容易にわかる。



 完全な鏡面にはなっていないため、多少歪んで見える自分の顔を見つめる。今世ではなんと性別が変わっていた。あの女神が何を考えてこんなことをしたのかわからない。


 僕が願ったのはたしか「皆に好かれる人間になりたい」というものだったはずだ。わざわざ性別を変える必要はあったのだろうか。


 ナイフにはショッキングピンクの長髪を揺らす少女が映っている。なるほど確かに、前世の価値観と照らし合わせてみると万人に好かれそうな美少女だ。ナイフの凹凸によって歪んでいても整っていることがわかる。


 そしてこの目、このタイミングで変化したということは何かしらあるのだろう。一体それは…………



 と、そんな考え事をしていると、突然腕を掴まれナイフを取り上げられた。


「アモール! その目どうしたの!?」


 見れば僕たちの世話をしてくれているシスターさんがすごい形相で僕の目を見つめている。取り上げたナイフをカバーで包んで懐に入れた彼女が僕の手を引く。そのまま部屋の外まで連れて行かれた。


 されるがままに手を引かれていると、気がつけば隣の教会へと連れ込まれていた。丁度礼拝が終わったところなのだろう。人の少ない礼拝堂を過ぎて奥へと入る。


「ここでじっとしていて。動いてはダメよ」


 そう言ってどこかへと早歩きで去っていくシスターさんを見送る。


 しばらくして神父さんを連れた彼女が戻ってきた。いつも礼拝の際に顔を合わせる神父さんだ。


 神父さんは呪文をぶつぶつと唱えながらしゃがみ、僕の目を覗き込む。1、2分ほどそうしていただろうか。少しして立ち上がる彼。そのまま手を顎にやり、唸りながら考え込むように虚空を見つめる。



「呪いのたぐいではないようです。なにやら微弱な魔力を帯びています。これは……魔眼、でしょうか。私も実際に見るのは初めてです。…………きっと、我らが母による賜り物でしょう」


「よかった……」



 その神父さんによると、どうやら魔眼というものが開眼したらしい。後天的になるケースは極めて稀だが、ないこともないようだ。今のところ魔眼と言ってもこれと言った効果は実感できないが。それは後々探っていくしかないらしい。


 その説明を隣で聞いていたシスターさんが安堵した様子で深く息を吐いていた。よかったね、と言いながら抱きしめてくれて何だか不思議な気持ちになった。


 彼女、アマストリネさんは今世における母代わりのような存在だ。16歳の頃からシスターとなり、ずっとここで世話係をしてくれている。


 取り敢えず、今日は一旦孤児院寮に戻ることになった。


 帰ったら他の子供たちに質問攻めにされたが、魔眼については触れず、何も問題ないことを説明した。


 しばらく揉みくちゃにされたが、その後は興味を失ったのかいつも通りの生活に戻った。




 そして数日後の身体検査で、魔素量が異常なレベルで増えていることが判明した。どうやら変化は眼だけではなかったらしい。今までの生活から、何かが変わっていくような予感がした。

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