第6話

 子供みたいにベッドに突っ伏して泣きまくった。

 もう終わりだ。芸人も人生も。もう終わった。


 マネージャーは「なんとかなりますよ」とヘラヘラしてたし、事務所の社長も「お前みたいなの最近いないキャラだから俺は嫌いじゃないぞ」とフォローするようなことを言ってくれてたけど、あの後、客相手に啖呵を切った俺は生涯聞くことがないようなとんでもない量のブーイングを受け、一瞬怯んだけど更に言い返してやろうと「このクソ野郎共が――」まで言ってスタッフに強制退場させられてしまう。


 当然だよな。暴動でも起きたら俺一人が責任取れる問題じゃなくなるし。

 そしてその一件はスポーツ新聞やらネット記事やらで散々取り上げられ、俺に対する誹謗中傷や殺害予告は連日加熱していく。


 うちの社長は変わっていて、所属タレントが誹謗中傷されることが大好きなのだ。「誹謗中傷されると100%被害者になれる。これはチャンスだ」とのことで、何か事件を起こしたとしても、世間から中傷されればされるほど、今度は逆に被害者に転じやすいというのが理由らしいのだけれど、理屈としては理解できるものの、される側からするとたまったものではない。


 人生で初の殺害予告には心底ビビってしまったし、「頼むから死んでくれ」というお願いに、本当に俺は死んだほうがいいのではと思い悩んでしまった。


「じゃあ後藤さん、そろそろお祓い行きますか」とマネージャーがうちに来て言ったのは、騒動から一週間が経ったある日だった。


 俺は自宅に引きこもり、有村をはじめ、誰からの連絡も取らなかったし返さなかったけれど、マネージャーは突然自宅にやってきて、有無を言わさず俺を車に押し込んだ。


「もっと早く行っとくべきでしたねー」とハンドルを器用に動かすマネージャーは運転がかなり上手くて、話しながらも狭い路地をスイスイ進み、駐車場のスペースがかなり狭いお寺でもほぼノンストップで駐車してしまう。


 都内にあるそのお寺は名前も聞いたことがないこじんまりとしたところで、強面の住職は事前にマネージャーから詳細を聞いていたらしく、「早速祓いましょう」と俺に深く一礼した。


 通された六畳ほどの和室で、俺は正座し目を閉じる。

 住職は祝詞だかをブツブツと呟きながら、身振り手振りで悪魔祓いみたいなことをする。


 二十分近くその儀式は続き、そろそろ足が痺れてきたタイミングで「無事に払えました」と、流れていない額の汗を拭う素振りをする住職。

 俺は求められた二十五万を渡す。ここに来る途中でATMに寄り下ろさせられたのだ。


「除霊が完了しました。残りの二十五万円は一週間後にお持ちください」


 またもや深く一礼し部屋を出ていく住職の後ろ姿が完全に見えなくなってからマネージャーに「どういうことですか?」と詰め寄る。

 流石に五十万はボッタクリというレベルじゃないだろう。二十五万でも高いのに。


「いやでもしょうがないですよ。これでまた復帰できるんだったら安いものじゃないですか」


 悪びれる様子もなくニコリと笑ったマネージャーは、俺に付き合って正座していたせいで足が痺れているらしく、しきりに両脛を擦っている。


 本当にこれで災厄みたいなのが取り払われたんだったらたしかに安いというか、まあ納得できなくはない……かな。


 でも俺は元々悪魔だ幽霊だとか全く信じてないし、正直気持ちの問題でしかないだろうと思っているので、どっちにしても納得はできないけれど、結果論であっても、芸人として再び舞台に立てるようになるのであれば、まあその辺も強引に納得できなくもないか。

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