第34話 出会い
私は野心を強く持っているし、自分の意見だってある。
ただ……自己主張が病的に苦手だった。
四年前────
「笠井君!またテスト100点だったの!?」
「すげぇな笠井は!今度の生徒会選挙に出て、生徒会長になっちゃえよ!」
成績優秀で人望もあって、毎日クラスメイトに囲まれている人気者。
私は、ああいう人間は苦手だ。
生まれ持った能力で、自分の立場を誇示しているように見えてしまう。
(生徒会長…………か)
あんなクラスの人気者や生徒会長なんて肩書も、臆病な私には縁のない話だ。
「ねえ、沙智ちゃん」
「あ……美玖」
彼女は北野美玖。
中学生になって唯一できた私の友達。
「次の英語の授業で2人でするスピーチ課題あるじゃない?良かったら一緒にしない?」
「あ、うん」
クラスメイトとの共同作業がある授業などでは、独り者はつらい。
クラスで孤立している私に積極的に声を掛けてくれる美玖には、いつも助けられている。
「はーい。今日の授業では英語のスピーチ課題をします。2人1組のペアを作ってもらうのですが……今回からは、クジ引きで相手を決めます」
先生が突然そんな事を言い出し、多くのクラスメイトから批判の声が上がっている。
「先生!いつもは好きな相手とペアでやってるじゃないですか!?」
「決まった相手と話すよりも、ランダムの人と話す方が英会話の上達が早いと判断しました」
クジ引きでペアを決めるなんて……。
「はーい。順番にクジを引いてください」
美玖以外の人とペアなんて……課題をクリアするどころか、恐らく普通の会話すらままならない。
「東出さんは、6番ですね。他に6番の人は誰ですか?」
「はい」
先生の声に反応して手を上げたのは、常にクラスメイトたちに囲まれている人気者だった。
「東出さんとベアか」
クラスの人気者、笠井結斗。
こいつとペアになるなんて。
「笠井君、東出とペアだって」
「えー?東出さんって無口で目つき悪いよね」
クラスメイトからチラホラと私を揶揄する声が聞こえてくる。
人気者と並べられた日陰者は、これだからつらい。
「よろしくな。東出さん」
「あ……うん」
この時の私は、彼がどんな人間なのか1ミリも理解していなかった。
▽▼▽▼
「あ、ごめん。私、英語苦手で……発音がわからない」
「全然、大丈夫。Rの発音は舌が口の中を触れないようにやってみて。ゆっくりでいいから」
「ラ、RICE」
「そうそう。上手だよ」
「あ、ありがとう」
少し驚いた。
成績優秀で何でもできる彼はもっと傲慢な部分があると思っていたのに、まったくそれを感じさせない。
ほとんど他人と話さない私なんかと話を弾ませてくれる。
彼は本当に優しかった。
「二人とも、凄く良かったよ。この調子で頑張ってね」
彼の指導もあって、私たちは高得点でスピーチ課題をクリアすることができた。
「あ、笠井……本当にありがとう。勉強苦手だけど、今日は楽しかった、かも」
「東出さんは地頭良いと思うよ。飲み込みも早いしな」
彼は本当に話しやすい。
私が人見知りで他人を警戒しているのを知っているかのように、他の人に会話を聞かれないよう小声で話してくれる。
その一挙措一投足が彼の人の良さを感じさせる。
「東出さんは、もっと自分に自信を持ったらいいと思うぞ」
「え?なんで……そんなこと言ってくれるの?」
私と笠井は、近くに誰もいない教室の隅で二人会話をしている。
学校で、こんなに話すのは初めてかもしれない。
「俺、壮太と仲が良いから……少し東出さんの話聞いたことがあって、さ」
(あの愚弟……余計な事をペラペラと)
「私って、臆病だし人前に立つだけで身がすくむ根性なしだから」
「誰だって、人前に立つのは緊張するものだよ。俺もそうだし」
「そんなことはないだろう?いつも皆に囲まれて楽しそうに話してるじゃないか」
「実際楽しいけど……実は少し誇張している部分があるんだ。皆の期待通り演じる、みたいな」
「嘘ついてるってこと?」
「まあ、平たく言うとそうかもな」
「ふふ。そうか……笠井は嘘つきだったんだな」
「嘘も方便だろ?」
人見知りの私が、さっきまで何も接点が無かった笠井に不思議と気を許している。
彼と会話をしているのが楽しい。
もしかしたら、私と彼は似ている部分があるのかもしれない。
「なあ、東出さん」
「沙智……で、いいよ」
「え?」
私……なに言ってんだ?
自分から距離を詰めるようなことを。
「そ、壮太も東出だし……だから……その」
「わかった、沙智。じゃあ、俺のことは結斗だな」
こんな感情初めてだ。
私は他人に……人の愛情に飢えているのか?
いや、ただ私は強い人間であるはずの彼が私に弱みを見せてくれた気がして嬉しかったんだ。
そんな真っすぐな性格な彼と、もっと仲良くなりたいと思った。
「うん……よろしくな、結斗」
これが私と結斗の出会いだ。
▼▽▼▽
「え?美玖と結斗は幼馴染なのか?」
「うん、そうだよ。結ちゃんとは家も近くて小学生の時から仲が良いんだ」
「そ、そうなんだ」
学校の広い中庭で私と美玖、結斗と壮太の四人で昼食を食べている。
「結斗、いつから姉貴と仲良くなったんだ?」
「今日話す機会があって、その時にな」
「へー。人見知りな姉貴が結斗と仲良く、ね」
「なんだよ。元はと言えば壮太が私のことを結斗に話すから、こうなったんだろう」
本当に、この愚弟は何で私のことを結斗に話したんだ?
「そういえば結斗。学内では、あの話題で持ちきりだな」
「あの話題?」
「生徒会選挙だよ。会長候補の筆頭はお前になってるぞ」
「え?俺、そういうのは興味ないんだけどな」
生徒会か……正直言うと、学校行事の運営とか責任ある立場に憧れみたいなものはあるけど。
私なんかじゃ…………。
「俺は立候補しないけど、沙智なんか向いているんじゃないか?」
「え……え?私、が?」
「ああ。自分の意見をしっかり持っていそうだし」
「いや、私なんか……無理だろう。こんな性格だし。壮太と同じで目つきも悪いし、生徒会長なんて」
「俺と同じで悪かったな、姉貴」
そう。こんな私を誰が生徒会長に相応しいと思うだろうか。
「沙智はさ。今、俺たちといる時みたいに立ち振る舞えば良いんだよ」
「む、無理だよ。そんなこと」
そんなふうに取り繕えたなら、私は学校で孤立していない。
「もしかして、沙智は生徒会長に興味あるんじゃないのか?」
「な、なんでそう思う?」
「さっき俺たちの話を真剣に聞いていたし……今年の体育祭の手伝いとかも積極的に参加してたから。運営にも関心ありそうだなって」
結斗は本当に周囲の事をよく見ているし、鋭い。
私なんかのことも見ていてくれていたんだ。
「うん、まあ……興味はあるよ」
「姉貴が生徒会長?マジか」
「わ、悪いかよ。愚弟」
まあ、壮太の反応が普通だよな。
「なら、やってきたらどうだ?生徒会長」
「だ、だから、私なんかじゃ……」
そう反論しようとしたが、結斗は真剣な眼差しで私のことを見てくれている。
「あ……その……やってみようか、な」
「ああ。自分を変えるには、まず行動を起こさないとな」
笑顔でそう言ってくれた結斗の姿が、私にはとても頼もしく見えた。
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