第33話 終業式
「陽菜、お菓子買ってきたんだけど……食べるか?」
コンビニから帰宅した俺は陽菜の部屋の前から彼女に呼びかけるが、予想通り返事はない。
「リビングに置いておくから、食べたかったら取りに来いよ」
そう言った俺はリビングの机にお菓子を置いた後、自室へ入って聞き耳を立てる。
数分後、陽菜の部屋が開く音と僅かな足音が聞こえてきた。
その足音は、リビングの方へと向かっている。
俺は、すかさず自室を出てリビングへと向かいお菓子の袋を手にしている陽菜を視界に捉える。
「げっ!?」
「なにが、『げっ!?』なんだ?そんなに俺の顔を見たくないのか?」
スナック菓子の袋を大事そうに抱えて、自室に戻ろうとする陽菜のルートを塞ぐ。
「う、うるせぇ!そこをどけ!」
「陽菜!」
俺の大きな声に陽菜は、少し驚いたのか動きを止めた。
「さっきはごめん。関係ない……とか言って。俺のこと心配して言ってくれたのにな」
「あ、うん……別に、気にしてねーよ」
こう言ってはいるが、陽菜は強がっているだけなのかもしれない。
「今回も成績1位では無かったけれど、俺はいつも陽菜が頑張っている姿を知っているから本当に凄いと思っているぞ」
俺は素直な気持ちを陽菜に伝えながら、彼女の頭を優しく撫でてみる。
「あ……ゆ、結斗」
陽菜は小動物のように大人しく俺の撫でる手を受け入れてくれている。
しかし、この状況に俺は少し気恥ずかしさを感じてしまい陽菜の頭からすぐに手を下ろした。
「あー!もう終わりかよ?」
「いや、なんか照れくさいと思ってだな」
「なんだよ?前も頭撫でてくれた事あっただろう?私たちは初体験を済ませてるんだから、恥ずかしがるなよ」
「やらしい言い回しをするな」
冗談を言ってくる陽菜は、さっきまでの苛立ちが解消されたように見えて一安心した。
「なあ、結斗……本当に東出にことは、す……好きじゃないんだよ、な?」
「恋愛的な意味でなら……そうだな。というか、好きな人っていうのがピンとこないっていうかな……」
「そ、そっか」
好きな人、か。ピンとこないのは確かだが……なぜか胸がソワソワする。
そのことを考えると俺の中で誰か想い浮かぶような気もするが………。
「おい、結斗。買ってきてくれたこのスナック菓子、一緒に食べようぜ」
「え?俺、辛いお菓子はちょっと……な」
陽菜はリビングの椅子に腰かけて、スナック菓子の袋を豪快に開封している。
「大丈夫だって。そんなに辛くないからよ」
俺は言われるがまま、そのお菓子に手を伸ばし恐る恐る口へ運んだ。
「辛!なんだこれ!?よくこんな物を水も飲まずに食べてるな!」
「このぐらいの辛さは普通だぞ。本当に辛い食べ物は口の中が痛くなるんだぞ」
「それはもう健全な食べ物じゃないだろう……」
思い返してみれば、どうして陽菜は俺と沙智の関係を気にしているんだろうか。
「陽菜。なんで、俺が沙智のことをどう思っているのか気になったんだよ?」
「それは!……い、妹として、もしも兄が付き合う人がいたら慎重に吟味して見極めないとって、思っているから……だぞ」
「吟味って……じゃあ、陽菜のお眼鏡にかなう人を連れてこないといけないのか」
「ああ、そうだ!しっかり、そいつを面接してやるからな!」
お付き合いにするのに、妹の面接を合格しなければならないなんて……その時点で俺、一生彼女できないんじゃないか?
「なあ、結斗。今日……一緒に寝てもいいか?結斗のベッド寝心地良いしな」
「え?普通にダメだけど」
「なんでだよ?今日は私の機嫌損ねたんだから、それぐらい良いだろう?」
「何が良いんだよ?兄妹とはいえ、やっぱり一緒に寝るのはマズいと思うぞ」
「ふん!相変わらず細かいし、ケチだな!」
「はぁー、陽菜は……ユイトザメだっけ?あのぬいぐるみと一緒に寝ればいいだろう?」
「まあ、今日はそれで我慢するか。ユイトザメも公認名称になったわけだしな」
まったくそんな名前を認めたわけではないのだが。
なんだかんだ言って陽菜は楽しそうにお菓子を食べているので、波風立てる反論はしなかった。
▽▼▽▼
「やっと、夏休みだな!」
「一学期長かったよ。来年は受験だし、今年は遊びつくすぞ!」
教室では、明日から始まる夏休みの話題でクラスメイト達が盛り上がっている。
「結斗君の地元で数日後に夏祭りあるって本当?」
「そうなんですか?笠井君?」
「ああ。毎年やってるよ」
陽菜と波留が興味津々で俺にそんな事を聞いてくる。
「行ってみたいな。色々屋台とかも出るのかな」
「食べ歩きとか良いですよね」
俺の家から、そんなに離れていない場所にある大きな公園で毎年行われている夏祭り。
そういえば、昔は美玖とよく一緒に行ったような。
「結斗、ちょっといいか?」
「壮太、どうした?」
俺に話しかけてきた壮太は、少し暗い表情をしているように見えた。
「いや、一緒に体育館まで行かないか?」
今日は終業式が体育館で行われ、その後教室に戻ってきて解散となる。
「もう、行くのか?少し早いけど」
「いいだろう?早く行っても」
「わかった。じゃあ、行こうか」
そういう事で俺と壮太は少し早めに体育館へ向かうのだが、その様子を隣で見ていた陽菜は壮太のことを睨みつけている。
しかし、まだ教室に多くの生徒がいる中で派手な行動ができないためか特に声を掛けてくることは無かった。
「壮太。もしかして俺に何か用事でもあるのか?」
「え?ああ、最近のお前にしては察しがいいな。実は、お前に頼みたい事があってさ」
少し廊下を歩いて校舎を出るとすぐに体育館に到着する。
まだ終業式まで時間はあるが、結構な人数の生徒がすでに体育館に集まっている。
「それで壮太。俺に頼みたい事って?」
「ああ。ちょっと舞台袖まで来てくれ」
俺は何もわからないまま、取り合えず壮太の後をついていく。
舞台袖には初めて入ったのだが、そこは薄暗く少し埃っぽい空間だった。
「おい姉貴。結斗を連れて来たぞ」
「ん?沙智がいるのか?」
壮太が歩み寄る方向に視線を向けると、そこには沙智の姿が確認できた。
「あと少ししたら終業式始まるぞ。しっかりしろ姉貴」
俺が目にしたのは、いつも堂々と立ち振る舞っているカリスマ生徒会長と呼ばれている沙智の姿ではなかった。
「結斗。ちょっと一言声を掛けてやってくれ」
「あ、ああ」
そこにいる沙智は膝を抱えてしゃがみ込み、体は少し震えている。
恐らく、この後の終業式で全生徒の前で舞台に上がり言葉を発する生徒会長の職務の事で緊張し動けなくなっているのだろう。
「沙智、またか?緊張してるのか?」
俺はなんで……『またか?』なんて、言ってるんだ?
「ゆ、結斗……私、怖くて……」
沙智は涙目で俺のことを見つめてくる。
「大丈夫だ、沙智……大丈夫」
そうだった。
「本当に私……大丈夫かな?」
沙智は決して強い女の子なんかじゃなかった。
「ああ、大丈夫だ。自分を……俺を信じろって」
本当の沙智は心が脆いのにも関わらず何事にも一生懸命で、人一倍頑張っている女の子だったと……俺は思い出した。
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