第32話 ご機嫌斜め
「壮太……」
「なんだよ?」
少し人悶着あったが結斗たちは生徒会室を退室して、今は俺と姉貴の二人だけ。
「結斗、私のこと凄いって……凄いって!」
さっき、結斗に褒められた事が相当嬉しかったのか満面の笑みで姉貴は喜んでいる。
「壮太の言った通りだったぞ!テストで一番になったら美玖や西条よりも、私のこと褒めてくれるって!」
「はぁー、その一言で学年1位をあっさり取れたことに驚きだ」
「あっさりじゃないぞ。これでも必死で頑張ったんだからな」
「はいはい。わかったよ」
目の前で喜んでいる姉貴を見ている俺は、明日に控える終業式の事を考えると少し憂鬱な気持ちになっていた。
▽▼▽▼
生徒会室を後にした俺と陽菜は、いつも通り自転車の二人乗りで帰路に就いている。
さっきまで一緒だった美玖と波留は、速足で早々と帰って行ってしまった。
「陽菜。昼ご飯、焼飯でいいか?」
「…………」
俺の自転車の後ろに乗っている陽菜は、返事をせずに明後日の方向を見て上の空である。
相当自信があったであろう今回のテスト成績の結果に、茫然としているのだろう。
「なあ、陽菜。大丈夫か?」
「あ?あ、うん」
自宅に帰ってきて昼食を食べている今も、浮かない顔をしている。
「今日のテストの結果がショックだったんだろうけど、2位も立派な成績じゃないか」
「別に……いつも通りだよ」
「そんなことはないだろう?いつも負けていた美玖より順位が上だったんだから」
「そんなの意味ねぇよ!一番じゃねぇんだから!」
俺の言葉が軽率だったのか、陽菜が少し声を荒げている。
しかし、大きく息を吐いた陽菜は少し躊躇うように質問をしてくる。
「ゆ、結斗は……東出みたいな女が……す、好きなのかよ?」
「え?なんでそんな話になるんだよ?」
「だって……あいつの頭、撫でてたじゃねぇか」
「あ、あれは……何というか。無意識でやってしまったというか、だな」
「なんだよそれ!そんなの自分で気づいてないだけで、好きってことなんじゃねぇのかよ!」
陽菜は座っていた椅子から立ち上がって、興奮気味に言葉をぶつけてくる。
「いや、多分そうじゃない。俺は沙智のことを思うと心配というか……ああしてやりたかったというか……ただの自己満足だよ」
「何が自己満足だ!?あいつで想像して日頃から自分の欲求を発散してるのかよ!?」
「だから、なんでそうなるんだ!?」
「生徒会の勧誘は断ってたけど、なんで手伝うみたいな話になってるんだよ!」
なぜかヒートアップしている陽菜の圧が凄い。
「べ、別に困った時に協力するぐらいいいじゃないか?生徒会は業務の割に人数が少ないみたいだし」
「そんなの……結斗には関係ねぇ話だろうが」
「関係ないのは陽菜の方だろう?俺が沙智や壮太のために行動したっていいじゃないか」
「か、関係……ない……?あーそうかよ!」
陽菜は残っていた焼飯を一気にかきこむと、急いで自分の部屋へと行ってしまった。
「ちょっと、言い方きつかったか?」
俺は自分の発言を少し反省しながら、一人寂しく食事を進めた。
▽▼▽▼
「陽菜。コンビニに行くけど、何か欲しい物あるか?」
陽菜の部屋をノックして、そう声を掛けるが返事はない。
夕方になっても、自分の部屋に引きこもったままで姿を見せない。
コンビニへ行き、陽菜の好きなお菓子でも買って機嫌を直してもらおうと思ったが甘かったようだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるからな」
俺は部屋にいる陽菜に、そう呼び掛けてコンビニへと向かった。
こうして自発的にコンビニに行くのは久しぶりだ。
スーパーに比べて、物の値段が高いコンビニを敬遠していたからであるが。
歩くこと10分ほどでコンビニに到着する。
「へー、コンビニ限定の商品も結構あるんだな」
棚に陳列された商品を興味深く観察すると、俺が思っていたほど安直な店舗戦略ではない事が見えてくる。
「あれ?結ちゃん」
そんなコンビニの商品を眺めながら、陽菜の好きそうな辛いスナック菓子を手に取っていると俺を呼ぶ声がした。
「あ、美玖か」
偶然居合わせた美玖が俺に声を掛けてくれたようだ。
「買い物か?」
「うん。粗大ゴミのシール券を買ったんだ。結ちゃんは珍しいね。コンビニに来るの」
「あー、ちょっとお菓子を買いにな」
美玖は俺が手に持っているスナック菓子をじっと見つめている。
「もしかして、西条さんのおつかい?結ちゃんは、そういうお菓子食べないもんね」
「あ、いや……頼まれたわけじゃなくて、俺が陽菜に買ってあげたいと思ってな」
「……そ、そっか」
俺は幾つかのお菓子を購入して美玖と一緒にコンビニを後にした。
「美玖が生徒会室にいたのは沙智の成績順位を聞きたかったからだったのか」
「うん。私は3位で、西条さんは2位だって教室で話題だったでしょ?だとしたら多分、1位は沙智ちゃんかなと思って確認しにいったんだ」
「でも、その……残念だったな美玖。いつも1位なのに……」
「最初はショックだったけど点数自体は上向きだから、今はあまり気にしていないよ」
「そっか。なら、よかったけど」
「結ちゃん、元気ないね。何かあった?」
美玖とは幼馴染だからなのか、俺の心情がよく見透かされているような気がする。
「実は、陽菜が機嫌悪くて口を利いてくれなくてさ」
「もしかして……生徒会室に行った後からじゃない?」
「そうなのかな。多分、今日のテスト結果で沙智に負けたことでそうなって……その後、俺がキツイ言い方した事もあったからかもしれない」
「そっか……多分だけど、機嫌を直す方法は難しくないと思うよ」
「え!?そ、そうなのか?どうすればいいんだ?」
「沙智ちゃんにしたようにを同じ事をすればいいんだよ」
それって、頭を撫でるってことなのか……?
「それで、機嫌が直るのか?」
「多分ね。そこで結ちゃんが素直に声を掛けてあげれば、ね」
素直な言葉……ってことか。
「わかった。帰ったら声を掛けてみるよ。美玖、何度も相談の乗ってくれてありがとな」
「私は昔の恩を返しているだけだよ」
「昔の恩?」
「今とは逆で、私が結ちゃんによく相談に乗ってもらってたからね」
「そ、そうだったんだ」
なんか昔の俺って、結構頼りがいがある奴だったのだろうか。
今の俺とは雲泥の差だな。
「美玖、これあげるよ」
美玖は、俺が差し出したお菓子を見て目を丸くしている。
「え?こ、このお菓子……私が好きだってこと覚えてたの?」
「あ、うん。なんとなくだけど。甘い物好きだろ?」
美玖は俺が渡したお菓子を見つめて、何か考え込んでいるのか固まってしまった。
「その……美玖は今回成績3位だったけど、いつも1位だし頑張ってるよな。いつも感心しながら見てるぞ」
「あ……う、うん。ありがとう」
「まあ、42位の俺なんかが何を偉そうに言ってんだって話だよな」
「そ、そんなことないよ!本当にうれしい!」
美玖はそう言葉を発すると俺の手を取って、真っすぐ目を見つめてくる。
「最近の結ちゃんは、昔みたいに戻ってきてるように感じるよ」
「昔みたいに?」
「うん。よく話してくれるようになったし、行動も以前みたいに活発的になってきて」
俺の手を力強く握っていた美玖の手から力が抜けていく。
「でも、それは私の影響じゃなくて……………きっと、……さんの………おかげ、なのかな」
彼女の力の抜けた声を、一言一句聞き取ることができなかった。
「美玖?」
「あ、その……お菓子、ありがとう。また、明日学校で」
美玖は静かに微笑んで、俺に背を向けて歩き出した。
そんな彼女の後ろ姿が、俺には漠然と寂しそうに見えて仕方なかった。
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