第30話 好敵手

「は、波留?一体どうしたんだ?」

「ゆ、結斗君。あの……色々考えて……やっぱり陽菜と話がしたくて」


 玄関の外から結斗と波留の話声が聞こえてくる。

 きっと私と喧嘩していることを気にして、家まで来てくれたのだろう。

 さっき結斗と話せたおかげで落ち着きを取り戻した私は、一歩踏み出して玄関の扉を開けた。


「波留」

「あ……陽菜……」


 私と波留は向かい合い、少しの間見つめ合った。


「あー、二人とも。とにかく家に入ろう。な?」

「そうだな。波留、入れよ。別に長話はしないから」

「う、うん。お邪魔します」


 私たちは家に入って、波留を自分の部屋へと案内する。


「波留。その手に持っている物はなんだ?」

「あ、これは……ちょっと陽菜に渡したい物があって」


 波留が持っているのは、少し大きめの何かが入っている紙袋。


「二人だけで話するから、結斗は入ってこないで」

「え?……大丈夫か?」

「うん。もう大丈夫」


 心配そうな結斗を尻目に私は自分の部屋に波留を入れて、扉を閉めた。


「陽菜……あの、この前……ごめん」


 不安な表情で話を切り出したのは、波留だった。

 

「波留はさ、結斗のことが好きって言ったけど……」

 

 そんな彼女を見て私も切り込んでいくことを決める。


「私と友達辞めても、結斗のこと手に入れたいって思う?」

「え……そ、それは……」


 その質問に、さすがに戸惑いを見せている。


「私はね、波留と友達辞めれるよ。それぐらい結斗のことが好きだから」

「わ、私だって!結斗君のこと、陽菜に負けないぐらい!……きっと」


 私の言葉を聞いて最初にショックを受けるわけではなく、対抗心を剥き出しにしてくる事から波留の気持ちが本物だと伺える。


「波留は、結斗とキスできるか?」

「うん。できるよ」

「エッチは?」

「できる」

「そう。私は『できる』じゃなくて『したい』だけどな」

「うっ……!?」


 少しマウントを取ってしまったが、話の結論を言おう。


「いいよ、別に。波留が結斗のこと好きでも。今まで通り、私たちは友達でいよう」

「え!?でも……さっきは友達辞めれるって……」

「うん。それは、波留が私にとって脅威だと認識した場合、だな」

「わ、私じゃ……結斗君を振り向かせることはできないと思ってるの?」

「今は、な。まあ、偉そうに言ってるけど……私も現状では難しいんだろうけどな」


 私たちは目を合わると、自然に笑みがこぼれた。


「陽菜、ありがとう。私と友達でいてくれて。これからはライバルだね」

「はあ?ちげぇよ。今の波留は私と同じ立ち位置ではないだろうが」

「そうだね。でも、絶対に結斗君に私のこと意識させてみせるよ」


 気兼ねなく言葉を交わす私たちは、間違いなくいつも通りの友達だった。


「あ、陽菜。これ貰ってくれる?」

「ん、なんだこれ?」


 波留が渡してきたのは、さっきから手に持っていた紙袋で中を覗くと少し高そうなチョコレートのお菓子の箱が入っている。


「これ、どうしたんだ?」

「少し前に、お父さんが出張で他県に行ってね。陽菜にお土産で買ってきてくれてたんだ。この前、遊びに来てくれた時に渡せなかったから」

「そっか、ありがとう。おじさんにお礼言っといて」

「うん。あと……ちょうど辻褄つじつま合わせに良いと思って……ね」

「なんだ?辻褄合わせって?」

「まあ、詳しい事は結斗君に聞いてよ」


 私たちが部屋を出て玄関に向かうと、結斗が少しそわそわしながら待ってくれていた。


「あ!陽菜、波留……だ、大丈夫だったか?」

「ああ。問題ないぜ、結斗」

「心配かけてごめんね。結斗君」


 いつも通りの私たちを見て、安心したのか結斗は胸をなでおろしていた。


「陽菜、結斗君。今日はありがとう。帰るね。お邪魔しました」

「波留、送っていこうか?」

「あ……うん、大丈夫。ありがとう。陽菜、また明日」

「おう」


 結斗の誘いを断って、波留は静かに家を後にした。


「陽菜、本当に仲直りできたんだな?」

「ああ、そうだよ。心配性だな」

「その紙袋、波留に貰ったのか?」

「うん。チョコレートのお菓子だったよ」

「お菓子…………?そうか……やっぱり、そうだったのか」

「何言ってんだ?結斗?」


 私は今日の昼休みにあった話を結斗から聞かされて、少し沈黙した。 


 ▼▽▼▽


「おい、陽菜。聞いてるか?」

「あ、ああ。聞いてるよ。そ、そっか。昼休みにそんな事が……」

「そのチョコレートのお菓子、好きなのか?」

「え?うん。チョコレートは好きだぞ」

「そっか。っていうか本当に、そのお菓子で揉めてたのか?」


 波留のやつ、誤魔化すのはいいけど何もその理由がお菓子だなんて言わなくてもいいのに。


「ま、まあ……そうだ。結局、このお菓子を波留が譲ってくれて解決したんだ」

「なんだ……俺はもっと複雑な事情があるのかと思ったのにな」


 結斗はお気楽に安心した顔をしているが、私はどうしても確認しなければならない事ができた。


「そんなことより結斗!さっきの話は本当か!?」

「え?なんの事だ?」

「昼休みに東出が言っていたことだ!」

「あ、ああ。沙智も、そのお菓子が大好きだって言っていたぞ」


 あの女……やっぱり結斗のことを狙ってやがるんだな。

 

「それが、どうかしたのか?」

「別になんでもねーよ!」


 まったく、どいつもこいつも……私の邪魔ばかりしようとしやがって。


「それより陽菜。波留が訪ねてくる前に、何か言いかけてなかったか?テストで一番だったら、だっけ?」

「ああ……う、うん」


 しまった。あの時は結斗に心配されたのが嬉しくて、つい勢いであんなことを言ってしまった。

 テストで一番だったら、私を……彼女にしてくれるか?…………なんて、口が裂けても言えない。

 今の私は、結斗にそこまで好かれているはずがない。


「どうした、陽菜?」

「あ……いや、その」


 さすがの私も、当たって砕けるだけのメンタルは現状持ち合わせてはいない。


「その、テストで一番だったら……私とデートしろ」

「え?またか?この前もショッピングモール行ったじゃないか。今度は何の目的で出掛けるんだよ?」

「こ、今度は朝から晩まで二人で遊ぶ。それだけ、だ」

「いや、それだと本当に普通に男女のデートじゃないか?」

「な、なんだよ!?私とデートするのが嫌なのかよ?」

「そういう問題ではなくてだな。陽菜、好きな人いるんだろ?俺なんかとデートする理由が、よくわからないというか」


 た、確かに……結斗から見れば、私は好きな人がいるのに別の男ともデートする不純な女にみられているのかもしれない。


「そ、その好きな人とお近づきになれた時の練習だ!結斗は兄妹なんだから問題ないだろう?」


 それでも結斗とデートできるチャンスを逃すわけにはいかない。

 もう、適当な理由で誤魔化すしかない。


「練習か……そういえば以前に美玖も似たような事を言ってたな。女性の考え方では、そういうものなのか」

「だ、ダメか?」

「あー、うん。いいよ」

「ほ、本当か!?」


 結斗の返事を聞いて、喜びで頬が緩んでしまう。


「一番って言ってたけど、今回のテスト相当自信があるんだな」

「ああ、勿論。今回は、あの北野にも負けてないと思うぜ」

「そうか。なんか色々と安心したら、お腹空いたな。少し早いけど夕食の準備始めるか」

「そうだな。私も腹減った」

「陽菜、手伝ってくれるか?」

「ああ。私は優しいからな、手伝ってやるよ」


 結斗に心から心配されて、デートの約束もできて本当に嬉しい。


「ちょっと陽菜、なんでくっついてくるんだよ?」


 この時の私は、とにかく結斗の傍にいたくて仕方なかった。

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