第29話 助言

「おい、姉貴。自分でしっかり歩け」


 結斗たちと別れて、俺と姉貴は生徒会室へと向かっているのだが。


「壮太……」

「はぁー、なんだよ?」

「さ、西条だけじゃなくて、あの南田まで……結斗のこと……うっ、う」

「お、おい!ここ学校だぞ、しっかりしろ!誰かに見られたら……」

「私、頑張って大好きだって言ったのに……結斗……昔はもっと色んな事に、鋭かったのに……」

「今の結斗は自分に自信が無いから、話の原因が自分自身にあるところまで多分連想できないんだろう」

「そ、そんな……結斗は……だって」

「だってじゃねーよ!早く仮面を被れ」


(学校で取り乱すことは、今まで無かったのにな)


 泣きべそをかく姉貴を、他に誰もいない生徒会室で宥める時間が昼休みが終わるまで続いた。


 ▼▽▼▽


「ゆっくり弁当食べれなかったな」


 ベンチで一人考えに耽っていると予鈴が鳴り、急いで教室ヘと戻る。

 それにしても沙智の発言に対する波留の反応を見て、かなり驚いた。

 お菓子が原因で揉めたというのは、やはり本当の理由を誤魔化しているんじゃないか……?


『結斗が、いなくなって揉めた?』


 壮太の言葉を思い出す。


 もしかして、本当の原因って俺?

 好きなお菓子じゃなくて、好きな人……だったり……?


「いや、それはないな」


 波留と知り合ってそこまで時間は経っていないし、好かれるようなことは無いだろう。

 陽菜に関しては、すでに好きな人がいるということを知っている。

 いつも大事そうに持っているハンカチをくれたという想い人……。


「はぁー、もう陽菜に直接言うしかないな。仲直りしろって……」


 本鈴が鳴る前に教室に戻り、自席へ着席する。


「笠井君、遅かったですね」

「あ、ああ。ちょっと外の風に当たっていて、な」

「そうですか」


 陽菜は俺に話しかけてきた後、波留の方をチラチラと確認している気がする。

 やはり、本当は仲が良いのだから気になって仕方がないようだ。


 放課後。俺は、いつも通り裏門で陽菜を待っているのだが……。


「来ないな……」


 夏休み前で盛り上がっているクラスメイトと教室で話し込んでいるのだろうか。


「結ちゃん。今から帰るの?」


 声を掛けてきたのは、自転車を押している美玖だった。


「あ、美玖。いや、陽菜を待ってるんだけど」

「そっか。なんか今日、西条さんと南田さん一緒にいるところ見なかったよね?何かあったのかな?」

「え?……やっぱりそう見えた?」

「うん。あの二人、いつもはとっても仲が良いから。皆、不思議に思ったんじゃない?」

「そうだな……実はさ」


 俺は少しだけ、あの二人にあった事を美玖に相談してみた。

 美玖なら何か最適解を導き出してくれるような気がしていたのだが……。


「まあ、とにかく喧嘩中みたいでさ。もしかしたら俺に原因があるのかもしれないと考えもしたんだけどな」

「…………」

「美玖?」

「あ、うん。そ、そっか。多分だけど……その揉めた内容について結ちゃんは深堀しない方がいいと思う、かな」

「そ、そうか」

「でもね、結ちゃんが心から仲直りしてほしいってお願いしたら……きっと西条さんも南田さんも元に戻ると思うよ」

「そ、そんなんで仲直りしてくれるかな?」

「きっと大丈夫だよ。結ちゃんが言えばね」


 美玖の助言を聞き終えたところで、ポケットに入っている俺のスマホが震える。

 確認すると、先にバスで帰る、という陽菜からの連絡だった。


「陽菜のやつ、なんで先に帰るんだよ」

「それじゃあ、私たちも帰ろっか」


 そうして俺と美玖は、自転車を漕いで帰路に就く。


「結ちゃん、ごめんね。沙智ちゃんたちに結ちゃんのこと……そっとしておいて欲しいって言って遠ざけていたこと」

「あ、全然大丈夫だよ。多分、そのおかげで俺も精神的負荷が無く二人と会話ができてると思うから」

「そっか。それなら……良かった」


 それから美玖は特に口を開かず、家に到着するまで俺たちの間には沈黙の時間だけが流れていた。


「美玖。話聞いてくれてありがとう。また明日」

「うん……結ちゃん……その」

「ん?なんだ?」

「あ……な、夏休み、どこか遊びに行こうね」


 美玖のその言葉に、過去の映像が幾つか俺の脳裏をよぎった。


「ああ。昔みたいに、どこか行こうな」

「うん!じゃあ、また明日」


 帰り道、少し暗い顔をしていた美玖の表情が明るくなったような気がした。


 ▼▽▼▽


「ただいま」


 俺も家に帰ると玄関には陽菜の靴が転がっていて既に帰宅していることがわかる。

 リビングには陽菜の姿は見えず、恐らく自室に引きこもっているのだろう。


「陽菜、いるか?」


 俺は陽菜の部屋をノックして、少し話をしようと試みるが返事はない。


「陽菜……大丈夫か?もしかして、体調でも悪いのか?」


 俺のその質問に、ようやく陽菜は扉を開けて顔を見せてくれた。


「大丈夫。ちょっと疲れれるだけ」

「そ、そうか」


 きっと、疲れているのは精神的に……だろうな。


「なんで、今日先に帰ったんだよ?」

「べ、別にいいだろう。たまには」

「その、波留との喧嘩のことだけど……もしかして俺が原因だったりするのか?」

「そ、それは……ちが……う」


 曖昧な返事をする陽菜を見て、俺はもう少し踏み込んでみる。


「そのことで、俺を避けてるのか?」

「ち、違う!避けてなんか……ない。今日は本当に一人で帰りたかっただけ」


 ここで俺は美玖の言葉を思い出した。


(そうだ。あまり深堀しない方がいいんだったな。それよりも……)


「陽菜。そろそろ波留と仲直りしないか?」

「な、なんで?……向こうから、色々言ってきて……揉めたのに私から謝れっていうのかよ!?」

「別に謝れとは言わないけど。仲直りしたいとは思ってるんだろう?」

「それは……ふん!知るかよ、波留のことなんか!」


 そう言って、再び自室に引きこもろうとする陽菜の手を俺は掴んだ。


「は、離せよ!本当に結斗には関係ない話なんだよ!」

「それはわかったよ。俺は、ただ仲直りしてほしいだけなんだ」

「そ、そんなに波留のことが心配なのかよ!?昼休みも、どうせ波留を追いかけて行ったんだろうが!」

「そうだよ。でも、俺が本当に心配しているのは陽菜のことだぞ」

「え……わ、私のことが……心配……なの?」


 陽菜は俺の目を真っすぐ見て問いかけてくる。

 俺も陽菜の目をしっかりと見て言葉を続けた。


「ああ。そうだぞ、陽菜。波留と揉めてから元気ないだろう?いつもの陽菜じゃないと……その、俺も寂しいからさ」

「あ……ゆ、結斗……」


 俺の言葉をしっかりと受け取ってくれたのか、陽菜は少し照れくさそうにしている。

 こんなセリフを面と向かって言った俺も、勿論照れくさいのだが。


「陽菜、仲直りしたいんだろう?」

「う、うん……わかった。明日、話しかけてみるよ」

「そっか。きっと大丈夫だぞ」


 俺は陽菜の頭を撫ででやると、彼女は満面の笑みを返してくれる。


「結斗。いつもありがとな」

「あ、うん。なんか、陽菜に素直に礼を言われると違和感があるな」

「な、なんだよ。せっかく感謝の気持ちを述べてるのによ」

「じょ、冗談だって」

「あのさ、結斗。もう少ししたら、この前のテスト返却があるだろう。それでさ、私が……い、一番だったら、今度」


 陽菜が何かを言いかけたところで、インターホンのチャイム音が家中に響き渡った。


「誰だろう?ちょっと見てくるな」

「あ、うん」


 俺が玄関の扉を開くと、そこに立っていたのは少し息を切らした制服姿の波留だった。

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