第28話 波乱

「こんな場所があったんだ」

「ほとんど誰も来ないし、風通しが良くて夏でも涼しい風が吹くんだ」


 俺たちは誰もいない旧校舎裏のベンチに並んで腰かけて持っていた弁当を食べ始める。


「前から思ってたけど、結斗君のお弁当って陽菜のと同じ中身だよね」

「うん。まあ、一緒に住んでるし。当然そうなるよ」

「そうだよね。陽菜、いつも喜んで食べてるから気になって……もしかして結斗君が作ってるの?」

「ああ。陽菜のお母さんが作ってくれる時もあるけど、ほとんど俺が作ってるよ」

「そっか。ちょっと……羨ましい」


 俺の弁当を眺めながら、そう言う波留は少し俯いて元気がない。

 やはり昨日のことが、まだ尾を引いているようだ。


「はい、あげるよ」

「え?」


 俺の弁当に入っていた卵焼きを波留のお弁当の中に乗せた。


「あ……」

「欲しかったのかなと思って、違った?」

「う、うん。いや……あの、お箸が……」


 波留が俺の持つ箸を見つめて、そう呟いた時に自分のしてしまった行動に気が付いた。


「あ!ごめん!勝手に俺の箸で掴んだ物なんて置いて」

「ぜ、全然大丈夫だよ!私、あんまり気にしないし!」

「無神経だった。陽菜には食事の時よくおかずを分けてやってるから……つい癖で……」

「ひ、陽菜とは……いつも、そんな感じなんだ」

「陽菜のやつ、勝手に俺のおかずを取ってくる事があるから。もうこっちから譲与してるっていうか……」


 波留は、やはり浮かない表情をしている。

 俺の浅はかな行動で彼女の暗い気持ちに拍車をかけてしまったと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になる。


「本当にごめん。卵焼き、回収するよ」

「え!?だ、だめ!」


 大きな声を出した波留は慌てて、その卵焼きを口に放り込んだ。

 咀嚼そしゃくを終えて、彼女はそれを飲み込む。


「は、波留?」

「とっても美味しかったよ。ありがとう」


 波留は静かに微笑んで、そう言葉を発した。


「そ、そっか……それなら良かった」


 俺はこの時、慌てていたせいなのか少し胸が高鳴っていた。


(なに、ちょっとドキドキしてるんだよ……俺は。こんなこと、陽菜とは日常茶飯事じゃないか)


 少し首を左右に振って、平常心を取り戻す。


「結斗君?大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だ」


 ここで俺は本来の目的を思い出して、昨日陽菜との間にあった事を言及してみる。


「波留。昨日のことなんだけど……陽菜と何があったんだ?」

「あ………その……陽菜、何か……言ってた、かな?」

「いや、それが聞いても何も教えてくれなくて。でも、このまま波留と陽菜がギクシャクしてるのは俺も嫌だと思って、さ」


 俺のその言葉に波留は再び俯いていたが少し沈黙の時間が流れた後、彼女は重い口を開いた。


「昨日、陽菜と揉めのはね……その……陽菜と、同じ………を、好きに……なっちゃて」


 波留の小さな声は弱弱しく、しっかりと聞き取ることができない。


「陽菜と同じ、何を好きになったんだ?」

「そ、それは」


「おい、結斗。昼飯か?」


 波留が何か言いかけたところで、後方から俺を呼ぶ声がした。

 振り返ると、こちらに近づいてくる壮太の姿が見えた。


「あ、壮太も昼食か?」

「いや、俺はもう済ませた。結斗と……南田か。学校では珍しい組み合わせだな」

「昼食を終えたなら壮太は、ここに何しに来たんだ?」

「実は、姉貴から逃げてるんだよ」


 壮太は溜息をつきながら、そう答えた。


「沙智から逃げてる?何かしたのか?」

「してねーよ。生徒会で、ある部活の対処をしなければならないんだが。姉貴のやつ、それを俺に丸投げしようとしてきてな」

「それが嫌で逃げてきたのか」

「解決案は浮かばないし、元々生徒会には関係のない事案だから放っておけって姉貴に言ったのにな」

「沙智は優しいから、何とかして解決したいと思ったんだろうな」

「それで俺に丸投げするか?普通」


 呆れたような表情をした壮太は俺の隣に腰を下ろした。


「お前らは、こんな人気のない場所で何してるんだ?少し聞こえたけど、西条のことを話してたのか?」


(さっき、波留は何か言いかけてたけど。壮太がいる手前、多分言いづらくなったんじゃ……)


「波留。さっきの話だけど言いづらかったら、また後日──────」

「お菓子!お、同じお菓子を好きになって、それで揉めちゃって!」


 俺の言葉を遮って、波留は大きな声でそう切り出した。


「お、お菓子?それで揉めてたのか?」

「う、うん。そう……です」


 少し呆気にとられた。

 まさか、そんな事であんな深刻に揉めていたとは……。

 いや……本当にそうなのか?

 もしかしたら、とても言いづらいことで言葉を濁したのかもしれない。


「波留?本当にそんな事で揉めたのか?実は、もっと違う理由なんじゃないか?」

「そんなことないよ!本当に……お菓子で……揉めたんだよ」

「そ、そうか。でも、なんでそんな事であんなに揉めるんだ?」

「そのお菓子は一つしかなくて……どうしても食べたくて。どっちが自分の物にするかって話になって。私も陽菜も譲らなくて」

「一つしかなくても分け合えばいいんじゃないか?」

「それは分け合えない。誰かが独占するまで、多分揉めちゃう……かな」

「一体、どんなお菓子なんだ?」

「それは……言えない。ごめん」


 そこから波留は、俯いたまま口を閉じて何も話さなかった。

 揉め事の理由はわかったが解決策を見出せない現状では陽菜と仲直りしろ、なんて言いにくい。


「なんか意外だな。粗暴な西条はともかく、南田もそんな下らない事で揉めるんだな」

「下らなくなんてないよ。真剣だよ……私たちは」


 波留の返した言葉は、壮太の発言を軽率な物だと思わせる空気を放った。


「おい、壮太!やっと見つけたぞ!」

「げっ!姉貴!」


 壮太のことを探していたであろう沙智が鋭い目つきをしながら、こちらに近づいてくる。


「愚弟。手間をかけさせるな。せっかく、お前に役割を与えってやったというのに」

「何が役割だ!面倒な事を押し付けやがって!」

「ん?結斗と南田か。こんな場所で食事か?」

「あ、ああ。そうなんだけど……色々あって」

「色々とは、何だ?」


 ……迂闊だった。

 俺の言葉に沙智が食いついてきてしまった。


(どう誤魔化したら、いいものか……)


「南田と西条が好きな菓子が同じで、どっちが食べるかで揉めたんだとよ」

「ちょっと、壮太!?」

「別に言われて困る事でもないだろう?俺たちは誰にも他言しないし」


 そういう問題ではない気がするが。

 この時、壮太は結構大胆な性格な部分があった事を思い出した。


「そんな事で揉めているのか。下らん」


 姉弟揃って、同じような事を言う始末である。


「はぁー、俺がコンビニに行っている間に二人がこんなに揉めるなんてな」

「ん?結斗は、その場所に南田たちと一緒にいたのか?」

「いや。一緒に遊んでいて、俺がコンビニに買い出しに行って席を外した間に揉めたらしくて、な」

「結斗が、いなくなって揉めた?……そういえば、お前いつから南田のことを名前で呼ぶようになったんだ?」


 少し真剣な表情で壮太は続けて俺に問いかけてくる。


「最近だけど。厳密には、その遊んでいた日からか」

「それ、お前から言い出したのか?」

「え?い、いや。俺たちも親しくなったから波留が名前で呼び合おうって言ってくれて」

「それで、その日に揉めたんだな?」

「あ、うん。それがどうした?」


 俺たちの会話を聞いていた波留が突然立ち上がって、壮太のことを睨みつけている。


「ど、どうした、波留?」

「別に……何でも、ないよ」


 波留は、大きく息を吐いてから再び俺の隣に腰かけた。


「はぁー。だってさ、姉貴」

「………………」


 壮太は沙智の顔を見て、そう呟いた。

 沙智は、なぜか無表情で明後日の方向を眺めている。


「波留。色々ぶつかる事はあるんだろうけど、早く仲直りをだな……」

「仕方ない。私が打開策を提案しよう」


 さっきまで上の空だった沙智が、急にそんなことを言い出し皆の視線が集まる。


「沙智、どういうことだ?」

「実は私もその菓子に心当たりがあってな」

「そ、そうなのか?どこで売ってるんだ?」

「売ってはいない。非売品なんでな」

「非売品……?それで打開策っていうのは?」

「私も、その菓子が大好きだ。南田や西条以上にな」


「そんなはずない!」


 再び波留は立ち上がり、沙智に大きな声で反論する。


「まあ、落ち着け。そもそも、そんな菓子が無造作に置かれているのが揉める原因なんだ。そこで打開策というのはだな……」


 少し空気が重くなったその刹那、沙智は微笑みながら言葉を発した。


「その菓子は私が丁重に頂いてやろう。これで南田と西条は選択肢が無くなり、いつも通りだ」


 期待はしていなかったが、あまりに自分本位な沙智の発言に俺は溜息が出た。


「な、なにを言ってるの?そんなこと、絶対に許さない!絶対にあなたなんかに譲らない!」

「は、波留。ちょっと落ち着いて……」


 波留は沙智の発言を本気で受け取ってようで、怒りを露わにしている。


「おい、姉貴もいい加減にしろ!生徒会室に戻るぞ!悪いな、結斗。またな」


 壮太は波留と睨み合っていた沙智を連れて、この場を去って行った。


「沙智は思ったことを口にするタイプだから……でも、悪気はないんだよ。大目に見てやってほしい」

「うん……結斗君。私、先に教室戻るね」


 俺の返事を待たずに、波留もそそくさと去って行ってしまった。


「これ……余計に状況悪くなったんじゃないか?」


 誰もいなくなったベンチに座りながら、俺は一人そう呟いた。

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親の再婚で妹になった学園のアイドルが、家ではとんでもない不良娘だった。 孤独な蛇 @kodokunahebi

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