第23話 二回目

「陽菜、ここの問題なんだけど……」

「……少し待って」

「あ、うん。ごめん」


 7月中旬に差し掛かり、花蓮学園は期末テストを迎えている。

 テストは5日間行われ、今日で4日目までのスケジュールが終了した。

 俺たちは急いで学校から自宅に帰り、明日に控えている最後のテストに向けて奮闘している最中である。


「ここまでOKだな。で、どこがわからないんだ?結斗」

「ここの数式が答えと合わなくて……」

「んー、公式に代入する数字間違ってる。この数式の計算からやり直してみろ。少し時間かかるけど最初からやった方が身になるからな」

「わかった。ありがとう」


 陽菜の説明は的確でわかりやすい。

 朝の自習室で美玖に教わった時もそうだが、頭の良い人と勉強すると自然とこちらのレベルも引き上げられていく気がする。

 陽菜と美玖は学年1位を争う成績優秀者なだけに特別なのかもしれない。


「うん。これで終わりだな」

「は?今さっき、私が教えたところか?」

「え、うん。そこもだけど」

「ちょっと見せてみろ」


 俺のノートを強引に手に取った陽菜は、それを見てなぜか唖然としている。


「さっき私が教えたのは、この一問だけだろう?このページの問題全部解いたのか?1分足らずで」

「あ、ああ。陽菜に教えてもらったやり方の応用問題ばかりだから、普通だろ?」


 陽菜は俺に顔を近づけて、真剣な表情で口を開いた。


「結斗……2学期は真剣に勉強してみろ。今みたいに、たまにするだけじゃなくて毎日だ」

「まあ、毎日した方がいいだろうけど……別に偏差値高い大学目指してるわけでもないしな」

「つべこべ言うな!とにかくやるんだ!」

「わ、わかったよ。できるだけ頑張るよ」


 俺が頑張っても、成績順位が少し上がる程度だろうに。

 一体何をムキになっているんだか……。


「結斗……明日テスト終わったらさ、前にデートで行ったショッピングモールに行かね?」

「何しに行くんだよ?正直、家でゆっくりしたいんだけど」

「明後日、母さんの誕生日なんだよ……そ、それでプレゼント選びに、さ」

「そうだったんだ……そうだな、いつも世話になってるし。行くか」

「うん!じゃあ、明日に向けて気合入れないとな!」

「お、おう。もう十分気合入れて勉強してるだろう」


 それから俺たちは、夕食の時間まで勉強に没頭した。


 ▼▽▼▽


「二人とも、明日が終われば一段落ね。最後まで頑張ってね」

「まあ、私は余裕だよ!結斗は、もう少し頑張らないとな」

「わかってるよ。今回は、そこそこ良い点数取れてると思うけどな」


 家族で夕食を食べながら他愛もない話をするのは、俺にとって楽しいひと時となっている。

 父さんと二人だけの時は、あまり会話も無かった。


「陽菜ちゃん。明日には新しいエアコンを設置しに業者の人がくるからね」

「あ……はい。わかった」

「どうしたの陽菜?浮かない顔して。せっかく新しいエアコンで快適に過ごせるのよ」

「え?あ、そうだな。待ち遠しい……な」

「私、明日は午前休取ってあるから、その間に工事終わると思うわ」

「う……うん」


 少しぎこちない陽菜の態度に違和感を感じながら俺は食事を進めた。


 食事を終えた後、いつものように入浴も済ませて自室へ向かう。


「はぁー、また俺のベッドで寝るのか……陽菜」


 部屋に入ると、エアコンが壊れてから俺の部屋に居付いている陽菜がベッドで豪快に寝転んでいる。


「他にどこで寝るんだよ。それに母さんと孝之さんは何も言ってこないだろう?」

「兄妹とはいえ、同じベッドで寝てる俺たちに何も言わないなんて……無関心もいいところだな」

「私たちは信用されてるんだよ。もしも結斗が襲ってきても私の方が強いから返り討ちにできるけどな」

「襲わないわ!」


 陽菜は手に持っていた英単語帳を床に放り投げて、ペッドをポンポンと軽く叩く。


「ほら、結斗ちゃん。来なさい、おねんねの時間ですよ~」

「俺は赤ん坊か!?」


 溜息をつきながら、俺は陽菜の待つベッドに腰かけて横になる。


「結斗ちゃん、良くできました!えらいえらい!」

「頭を撫でるな!もう、電気消すぞ」


 陽菜の俺に対する行動が気恥ずかしくて慌てて電気を消したが、まだ目は冴えている。


「結斗、delight 」

「え、えっと……歓喜」

「emphasis」

「強調」


 明日の英語のテスト範囲か……さすがは陽菜。発音も良い。


「lifetime」

「生涯」

「 forever」

「永遠に」

「I love you」

「愛していま……って、なに言わせてんだ!」

「なに怒ってんだよ?テスト前のリーディングだろうが」

「I love you、なんて、明日のテストに出ないだろうが!」

「細かい事言うなよ、単なる頭の体操だろう」


 陽菜の奴……また、俺を玩具にしているな。


「結斗……」

「今度は何だ?もう寝るぞ……って、おい!離れろって」


 一緒に寝るようになってから毎度俺の腕や体にしがみ付いてくる。


「結斗、私……負けないから」

「あ、うん。まあ、強敵は学年1位の美玖だろうけど」

「絶対に勝つから……あいつに……だから、私を応援しろ」

「え?俺が応援したって点数が上がるわけじゃないだろう」

「いいから!応援しろって……頼むよ……結斗」

「わかったよ……頑張れ、陽菜。応援してるから」

「うん。絶対、私の方が……あいつ……より、も……結斗の……こと」

 

 何か言いかけていたが、眠ってしまったようだ。

 最近、朝早く起きて勉強を続けている陽菜の努力は俺が一番近くで見ている。


「頑張れ、陽菜」


 俺は心からの言葉を眠っている陽菜に伝えた。


 ▽▼▽▼


 翌日、最後に残された数学Bと論理・表現(英語)は、難易度は高いものだったが俺も陽菜と共に勉強した甲斐があってまずまずの感触で終了した。


 教室では皆がテストからの解放を喜び、目の前に迫った夏休みに期待を寄せて浮かれている。


「笠井君、テストどうだった?」


 出席番号順に座り直している俺の座席の後ろには美玖が座っている。

 人前なので結ちゃん呼びは、自重してくれているようだ。


「まあまあかな。北野さんは?」

「私は、いつも通りかな。いつも通り……一番になるよ」

「そっか。さすがだな」

「あ、あの……笠井君。今日、この後って時間ある?」

「ごめん。ちょっと用事があって……」

「そ、そっか。こっちこそ、急にごめんね」


 美玖と少し会話をしていると、さっきまで教室にいたはずの陽菜がいなくなっていることに気が付いた。


「あ、それじゃあ、俺帰るな」

「うん。またね。笠井君」


 俺は急いで自転車を取りに行き裏門へ向かったが、陽菜の姿は見えなかった。

 スマホを確認すると陽菜からのメッセージがあり、先にバスで帰るという内容だった。


「なんで今日に限って先に一人で帰るんだ?」


 俺は、少し首を傾げながら自転車を漕いで急いで自宅へ向かった。


 ▽▼▽▼


「おかえり、結斗君。陽菜の部屋のエアコン取付終わったわよ」

「そうですか。って、あれ。陽菜はいないんですか?」


 帰ってきて出迎えてくれたのは仕事着を着ていた夕子さんで、これから出勤するのだろう。


「さっき帰ってきて、もう出掛けたわよ。結斗君も急いで来るように伝えてって言ってたわ」

「そ、そうですか」

「じゃあ、私お仕事に行ってくるからね」

「はい、お気をつけて」


 夕子さんを見送った後、俺は着替えてすぐに自宅を後にして駅に向かい電車に乗り込んだ。


(なんか慌ただしいな……行き先同じなんだから一緒に行けばいいのに)


 ショッピングモールに到着して、陽菜がメッセージで指定してきたファストフード店の前まで駆け足で向かった。


「結斗~こっちこっち」


 少し弾むような陽菜の声が後方からして振り返る。


「あ、陽菜……」


 目の前にいた陽菜は、以前のデートの時と同じ清楚な白いワンピースを身に纏っている。

 そして通常でも綺麗な肌をしている陽菜の顔は化粧によって、より美しく大人っぽく見えた。


「結斗?どうした?ぼーっとして」

「あ、ああ。待たせたな陽菜」

「大丈夫。今、来たところだから……なんてな!じゃあ、私たちの二回目のデート始めるか」


 陽菜はテンション高くそう答えて、俺の手を取って歩き出す。


「まずは、腹拵はらごしらえだな。行くぞ、結斗」


 満面の笑みを見せてくる陽菜に、俺は不覚にも見惚れてしまっていた。 

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