第22話 仮面

「なるほど、これが結斗の自宅か。リビングは広々としていて、しっかりと清掃が行き届いている」

「おい姉貴。人様の家をジロジロと観察するな。悪いな結斗、俺たちも邪魔して……」

「全然大丈夫だ。人数多くて楽しいよ」


 ……どうしてこうなった?

 ようやく体調も完全に復活して、放課後に結斗と波留の三人で楽しく過ごすつもりだったのに。


「あっ、結ちゃん。皆のお茶用意するの?手伝うね」

「ありがとう、美玖」


 東出姉弟と北野……こいつら、家までついてきやがって……。



 数十分前─────


「東出!馴れ馴れしく結斗の名前を呼ぶな!」

「彼をどう呼ぼうと私の勝手だ」

「チッ……どいつもこいつも結斗に絡んできやがって」


 自転車置き場にいた私たちは、東出姉弟と鉢合わせた。


「相変わらずだな、西条。お前の使い分けるあべこべの性格には敬意を表するぞ。役者にでも向いているのではないか?」

「うるせぇわ!お前ら何でこんな所にいるんだよ!?生徒会は多忙じゃないのか!?」

「そろそろテスト期間前になるからな。学業優先のため早期に生徒会は休業にしているんだ」


 なんで東出が結斗のことを気にかけているんだ?

 よくわからないが、これ以上面倒になる前に追い返さないと……。


「今しがた遠くから小耳に挟んだが、帰宅手段で困っているようだな。結斗」

「え?ああ。これから俺の家で集まるんだけど……ちょっと人数多くて、まとまって帰れないなって話したんだ」

「そうか、なら西条。心優しい私はお前にこの愛車を貸してやろう」

「はあ?なんで私がお前の自転車なんか。というか、そうしたらお前はどうやって帰るんだよ?」

「私は結斗の後ろに乗せてもらうから心配するな。お前はそこの……南田だったか?彼女を乗せれば良いだろう」

「ふざけんな!結斗の後ろには私が乗るんだ!というか、まさか東出!お前も結斗の家に来るつもりじゃないだろうな!?」

「以前から結斗の自宅には興味があったんだ。同行しても良いかな?結斗」

「あ、ああ。そうだな。せっかくだし皆で遊ぼうか。美玖も大丈夫か?」

「う、うん!行きたい!」

「な、なんでこうなるんだよ……くそっ!とにかく結斗の後ろに乗るのは私だ!」

「埒が明かないな。これ以上、炎天下の中揉めるのはナンセンスか。仕方ない、南田は私の後ろに乗れ。それで良いだろう?西条」



 そして……今に至る。


「陽菜、大丈夫?何か顔怖いよ」

「あ、あいつら……私と結斗の愛の巣に遠慮もなく上がりやがって」

「ご、ごめん。私も急に笠井君の家に行きたいって言いだして……」

「波留は良いんだよ!問題はあいつらだ。特に東出姉は得体が知れない感じがする」


 私たち六人は、リビングのローテーブルを囲んで座ろうとするのだが。


「おい!東出弟、どけ!結斗の隣は私が座るんだ!」

「別にどこに座ってもいいだろうが。相変わらず乱暴な奴だな」

「はあ?お前、また大事な部分を蹴られたいのか?」

「うっ、わかったよ。どけばいいんだろう」


 こうして結斗の隣を奪還した私は彼に体を寄せる。

 

「おい陽菜、寄ってくるな。エアコンかけたばかりでまだ暑いんだから」

「暑いから良いんだろう?冷え切った関係なんて私たちには無縁だぜ」

「何を言ってるのか、よくわからん」


 私たちの仲が良いことを、こいつらにアピールするんだ。

 お前らの入り込める隙間なんてない。それを強調する。


「それにしても、沙智と壮太は陽菜の本当の性格を知っていたんだな」

「昨年も生徒会が人手不足だった時期があってな。学園のアイドルと、もてはやされている西条に声を掛けたのだが……とんだ食わせ者だったものだ」

「陽菜。その時に本性見せたのか?」

「こいつら、凄くしつこかったんだ。それで……イライラして、つい」


 東出弟が持っていたコップを強く置いて、私の方を睨みつけてくる。


「結斗、気をつけろ!そいつは本当に危険なんだ。俺なんて、本性見せたそいつに股間を蹴られて悶絶したんだ!」

「お前が生徒会に入らないと私の性格を言いふらすって脅してくるからだろうが!」

「それを言ったのは姉貴だろうが!西条……お前、何か習ってただろう?あの蹴りは素人じゃない」

「そ、そうなのか陽菜?」

「中学まで空手やってたけど。厳しい稽古だったなぁ。おかげで護身の心得を習得したぜ」

「何が護身だ!?俺の股間を蹴りやがって!」

「はあ?二度と大事な部分が立たないように、もう一回蹴ってやろうか!?」


 少し熱くなっていた私は結斗になだめられ、落ち着くようにコップのお茶を一気に飲み干した。


「こちらも驚いたぞ。結斗、それに美玖も西条の性格を知っていたとはな」


 東出姉は、偉そうに言葉を発している。

 これのどこがカリスマと呼ばれる生徒会長なのか私は理解に苦しむ。


「私は少し成り行きで、ね。結ちゃんは色々と複雑な事情があったから」

「複雑な事情か。南田は、西条と昔から付き合いがあるのだろう?気苦労、察するぞ」

「陽菜は東出さんが思ってるような人じゃないよ。自分の気持ちに真っすぐなだけなんだ」


 さすがは、親友の波留。

 私のことをよく理解してくれている。

 ……っと、それよりも気になっている事を聞きださないと。


「おい、東出。なんで結斗と仲が良いんだよ?昔から知ってるみたいな」

[その通りだぞ西条。私たちは中学が同じで、よく切磋琢磨したものだ」

「そ、そうなのか?結斗?」

「あ、ああ。俺と美玖、そして沙智と壮太は同じ中学出身だよ」


 チッ……ここにきて、またこんな邪魔な奴が現れやがった。


「私と結斗は過去の確固たる事象で絆を共有している。たかがクラスの席が隣なだけのお前とは、心の距離が異なっているんだよ」


 その言葉に私は、怒りにも似た感情が湧いてきた。

 結斗の事を一番理解して、彼と心も体も一番距離が近いのは私だ。


「なに言ってんだ?結斗と家族になって一緒に暮らしている私が一番距離が近いに決まってるだろうが!」

「「え!?」」


 その状況を証明するためなら、結斗との関係を公にすることを臆する必要は全くなかった。


「え!?マジなのか、結斗!?」


 東出弟は、それを聞いてかなり驚いている。


「あ、うん。親の再婚で、な」


 東出姉は…………。


「なるほど、だから仲が良く見えたのか……美味しいな、これ。ほうじ茶か」


 特に動揺は見られない……呑気にお茶なんか飲みやがって!


「なあ、沙智って……そんな感じだったけ?」

「……どういうことだ?結斗?」

「あ、いや。なんとなく変わったんじゃないかと思って……」

「私は今も昔も、こんな性格だ。結斗が一番知ってくれているだろう?」

「え?あ、ああ。そうだな」


 その後は、割と穏やかに時間が過ぎていき結斗たちは昔話に花を咲かせているようだった。

 記憶が曖昧な結斗は苦笑いを浮かべていることが多かった気がした。

 その間、東出姉は静かなもので何度もお茶をおかわりしている。

 こいつは、少しも遠慮というものがない。


「今日は、皆ありがとな。楽しかったよ、気をつけて帰ってくれ」

「こっちこそ、ありがとう結ちゃん」

「また呼んでくれ、結斗。生徒会の件も思案しておいてくれよ」


「南田さんは電車だな。良かったら送っていこうか?」

「え!?送ってくれるの!?」


 その時、波留はなぜか私の目を一瞬見たような気がした。


「あ……うん、大丈夫。今日は一人で帰れるよ。ありがとう」


「お、おい結斗。ちょっといいか?」

「どうした壮太。小さな声で」

「お前、本当に大丈夫か?あんな奴と一緒に暮らしてるなんて……」

「ま、まあ最初は大変だったけど。今はそれなりに楽しくやっているよ」

「そ、そうか。何かあったら言えよ。あの女、絶対に腹黒い事を考え……痛って!!!」


 東出弟の話に聞き耳を立てていた私は腹が立ち、渾身の蹴りを尻に命中させた。


「この暴力女!なにしやがる!?」

「結斗に訳分かんねえ事を吹き込んでじゃねー!」

「こら陽菜!いい加減にしろ!」


 皆が帰った後、コップやお菓子などの後片付けをした結斗はソファに腰かけてテレビを見ている。


「結斗、生徒会に入るのか?」

「いや、まあ入らないだろうな。面倒だし」


 安堵した。もしも結斗が生徒会なんかに入ったら、私と過ごす時間が著しく減ってしまう。

 それにしても……北野といい、東出といい、余計な奴ばっかり出てきやがって!


「ちょっと陽菜、どいてくれ。テレビ見えないだろうが」

「うるさい!結斗は私だけを見ていればいいんだ!」

「な、なに怒ってるんだよ」


 結斗は私の気持ちなんて知りもしないで、お気楽にテレビを眺めていた。


 ▽▼▽▼


「マジか……結斗、記憶が曖昧に……だから、様子がおかしかったのか」


 俺と姉貴、北野の三人で自転車を走らせて帰路に就いている。


「うん、ごめんね。黙ってて」

「いや、それは安易に言えないことだから仕方ないだろう。なあ、姉貴」

「……………」


 姉貴は返事をしない。時間切れか……。


「沙智ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ、北野。いつものことだ。それじゃあ、俺たちこっちだから」

「うん、また学校で」


 俺たちの家は、結斗や北野の家からそんなに離れていない。

 10分ほど自転車で走ると自宅に到着した。

 玄関を開けて、靴を脱いで家に入り一息つく。


「姉貴、大丈夫か?」


 姉貴は床に手と膝をついて、その場に崩れ落ちた。


「壮太……」


 俺は、これから起こる出来事に溜息をついた。


「はあー、なんだ?」

「ゆ、結斗、記憶が曖昧って大丈夫かな!?西条と暮らしてるって本当!?生徒会に入ってくれるかな!?それに!」

「おいおい!落ち着けよ。家に帰るとすぐこれだ……」

「だ、だって……」

「人前で緊張してネガティブ思考になるの、いつになったら改善するんだよ」

「だって、結斗は改善しなくても……今のままでもいいって言ってくれて……」

「結斗は、多分そのこと覚えていないぞ。姉貴の本当の性格も」

「そ、そんな……うっ……うっ」

「おい、泣くな!はあー。西条のこと役者に向いてるって言ってたけど、人のこと言えないぞ」

「結斗……せっかく久しぶりに話せて……また、昔みたいにって……」


 何かあるたびに、こうやって姉貴の背中をさするのが俺の日課だ。

 しかし、結斗の事となると別格だな。


「さて、どうしたものか……」


 俺は結斗の事を考えながら、震える姉貴の背中をさすり続けた。

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