第19話 お見舞い
「笠井君、ちょっといい?」
「ん?なに?南田さん」
昨日、陽菜が高熱を出して今朝にはかなり良くなったのだが今日は大事を取って学校を欠席している。
「陽菜のお見舞いに行きたいんだけど……迷惑かな?」
「いや全然。今朝も元気そうだったし。南田さんが来てくれたら陽菜も喜ぶよ。きっと」
周囲に聞かれないように俺たちは小声で会話をした。
その会話の中でも南田さんが陽菜のことを本当に心配していることが伝わってくる。
三者面談期間の短縮授業も今日が最後で、そろそろ訪れる放課後の時間を俺は静かに待った。
▽▼▽▼
放課後になり自転車を押して裏門まで行くと、そこには南田さんの姿が見えた。
「あれ、南田さん?何やってるんだ?急いで教室を出るのが見えたから一度帰ったと思ったんだけど」
「え?なんで?お見舞いに行くんだから、このまま笠井君と一緒に帰った方が効率的だよ」
「でも、南田さん電車通学だろ?自転車使わないと俺の家まで結構距離あるけど」
「だから、笠井君の後ろに私が乗ればいいんでしょ?」
「え?いや、でも二人乗りなんて大丈夫?結構揺れるけど」
「うん。陽菜もいつもそうやって帰ってるんでしょ」
「まあ、大丈夫ならいいんだけど」
俺は自転車の後ろに南田さんを乗せ安全運転で帰路に就いた。
「南田さん、ありがとな。陽菜のこと心配してくれて」
「そんなの当然だよ。親友だし」
雑談をしながら俺は自転車をゆっくり走らせる。
「いや、なんというか……陽菜の本当の性格を知っても友達でいてくれることが俺は嬉しくてさ」
「笠井君は勘違いしてるよ」
「勘違い?」
「私は陽菜の本当の性格に助けられたから親友になれたんだ」
「その、助けられたっていうのは?」
「中学の時ね……私……いじめられてたんだ」
詳しい話は聞かなかったが、中学生だった南田さんは素行の悪いグループに目を付けられて過激な嫌がらせを受けていたそうだ。
少し仲が良かった陽菜に軽く相談したところ、そのいじめっ子たちを本性を見せた陽菜が撃退したという話らしい。
「あっ、ちょっとコンビニ寄ってくれない?」
お見舞いなのに手ぶらで行くのは申し訳ないという事で、コンビニのお菓子を手土産にするらしい。
俺たちはコンビニに入り商品が陳列されている棚を眺める。
「だからね……私は学校の陽菜も本来の陽菜もどっちも大好きなんだ。あんなに臆することなく堂々と立ち振る舞えるって凄いよね」
「まあ確かに。学校でよくあれだけ猫を被れるものだ」
「ふふ。もしも陽菜が男の子だったら私……絶対に好きになってるよ」
いくつかスナック菓子を南田さんは購入していた。
俺たちはコンビニを出て再び自宅に向かい自転車を漕いだ。
▼▽▼▽
「ただいま」
「あ!おかえり!結斗!」
自宅のリビングに入ると、椅子に座ってテレビを見ていた陽菜が元気よく駆け寄ってくる。
「陽菜、寝てなくて大丈夫か?」
「うん!まだ、微熱あるけど元気だぜ!」
夕子さんに学校を休むように言われた今朝は不貞腐れていたが、どうやら機嫌が直ったようだ。
「お邪魔します。あ、陽菜。大丈夫?」
「波留!?どうしてここに?」
「南田さんは、陽菜のこと心配して見舞いに来てくれたんだよ」
「そっか。ありがとう波留」
「いえいえ。はいこれ、お見舞いの品ね」
「おー、サンキュー!」
お菓子の入った袋を受け取って、喜びを露わにしている。
もう体調は大丈夫そうだ。
「南田さん、丁度昼時だから焼飯で良かったら作るけど食べる?」
「うん、頂くよ。陽菜から美味しいって、いつも聞いててね」
「結斗!私は大盛で!」
「陽菜は病み上がりだから、消化の良いお粥だ。あと、そのお菓子も今は没収だ」
「は!?ちょ、返せよ!」
取り上げたお菓子の袋を奪い返そうとしてくる陽菜は本当にいつも通りの彼女で安心した。
▽▼▽▼
「南田!お前、なに勝手にクラス仕切ってんだよ!うざいって!」
「どうせ内申点目当てで学級委員とかもやってるんだろうが!」
実行委員とか学級委員とか率先して何かをすることが好きで、目立っていた私のことが気に入らなかったんだろう。
私はいつものように暴言を吐かれ、時には暴力も振るわれた。
「やめろ!クズども!」
そんな私を助けてくれたのは、臆することなく雄姿を誇示した陽菜だった。
笠井君がキッチンでお昼ご飯を作ってくれている。
「ねえ、陽菜。それでハンカチの件どうだったの?」
「う、うん。その詳しく言えない所もあるけど……やっぱり結斗は覚えてなかったよ」
少し離れたテーブル席に私と陽菜は腰かけて彼に聞かれないようにヒソヒソと話を続ける。
「そっか。せっかく私が初めてここに来た時、お水こぼしてチャンス作ったのになぁ」
「でも、もしかしたらこの先思い出してくれるかもだし……今も十分楽しいから、それでいいんだ」
「ふふ。本当に笠井君のことが好きなんだね」
「うん。好き……絶対に誰にも渡さない」
「正直、笠井君は良い人だし主婦力も高いけど……他にもっとカッコいい人いそうだけどねえ」
「波留は、昔の結斗を知らないからそんなこと言えるんだぞ!堂々としてて自信に満ち溢れてて!」
「それって笠井君じゃなくて、今の陽菜じゃないの?」
「私はあの時の結斗に近づきたくて、真似してきたっていうか……と、とにかく昔も今も結斗は優しいんだよ!やる時はやる男だぞ!」
笠井君について語る時は、いつも熱くなって本当に一途だと感心する。
「ほい、焼飯できたよ。陽菜はお粥な」
私たちは三人でテーブルを囲んで食事を始めた。
陽菜から聞いていた通り、笠井君の焼飯は味付けが絶妙で本当に美味しい。
「そういえば波留。制服のままだけど学校帰りに来てくれたんだろう?どうやって来たんだ?」
「ん?笠井君の自転車の後ろに乗せてもらってだけど」
「え!?そ、そっか……チッ」
「おい、陽菜。なんで俺に向かって舌打ちするんだ?」
「笠井君。陽菜はね、自転車の後ろの特等席を私に取られたと思って嫉妬してるんだよ」
「ちょ、バカ!言うなよ、波留!」
「ごめんごめん」
楽しい食事の時間を終えて陽菜の元気な顔も見れた私は、笠井家を後にした。
「別に送ってくれなくても良かったのに。それも自転車で」
「いや、陽菜に南田さんを無事送り届けろってきつく言われたから」
私は笠井君の自転車の後ろに乗って落ちないように彼の背中に少ししがみ付く。
彼の背中は思っていたより大きく、なぜだかとても頼りがいがあるように感じてしまう。
「この辺りかな?」
「うん、ありがとう。あと少し歩いたところのマンションだから」
私は自転車を降りて彼にお礼を言った。
「こっちこそ、ありがとう。陽菜喜んでたよ。お見舞い来てくれて」
「じゃあ、また学校で」
「ああ、また」
彼は、私が一人で薄暗い道を歩くところを見送ってくれていた。
陽菜の言う通り、凄く優しさに満ち溢れていることが伝わってくる。
「はあ、焼飯美味しかったなぁ……って、あれ?私、鞄は?」
笠井君の自転車のカゴに入れていたスクールバッグを取り忘れていたことに今頃気が付いた。
多分、笠井君もそのことに気が付いてない。
「意外と自転車のカゴって盲点になるんだよな……」
スマホを手に取って連絡を試みるが……彼の連絡先は知らない。
「あれ!?お前、南田じゃん!」
声がした方を振り返ると見覚えのある三人の女子がいた。
彼女たちを視界に捉えた直後、私の体に戦慄が走った。
「久しぶりだな!お前その制服、花蓮学園なの?生意気すぎ!」
「今は西条いないんだな!ちょっと付き合えよ、遊んでやるから!」
私をイジメていた人たちと偶然出くわすなんて……。
地元が同じだから可能性としては考えた事はあったけど、高校生になって一度もこの人たちを見かけたことが無かったから油断していた。
「おい!なに黙ってんだよ!」
こ、怖い。緊張で体が動かない。
陽菜、助け─────。
「やめろ!」
大きな声を出して私を庇う様に前に立ってくれたのは……笠井君だった。
「な、なんだよお前!どけよ!」
「どかない……揉めるなら大人に介入してもらおうか?そこに交番あるしな」
「……ぐっ……おい、帰るぞ!」
笠井君の堂々とした立ち振る舞いに、そいつらはどこかへ去っていった。
「南田さん、大丈夫だったか!?」
まるで昔、私を助けてくれた陽菜を見ているようだった。
『もしも陽菜が男の子だったら私……絶対に好きになってるよ』
自分の言葉を思い出す。
『結斗は優しいんだよ!やる時はやる男だぞ!』
陽菜の言葉を思い出す。
「み、南田さん。大丈夫か?」
心臓が大きく脈打つ。
「あ、え……うん」
顔が……体が、熱い。
この時の私は、心配そうに見つめてくる笠井君と目を合わせることができなかった。
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