第17話 胸

「な、なんで西条さんが結ちゃんの家にいるの……?」


 迂闊だった。

 美玖が俺の荷物を持ってることから、わざわざ届けに来てくれたのだろう。

 俺が荷物を忘れて慌てて帰るから、この状況を招いてしまった。


「やっぱり、結ちゃんと西条さんは……」


 俺は正直、美玖になら陽菜と兄妹のなったことを打ち明けても問題はないと思っている。

 しかし、それは俺個人の考え。

 学校で自分のスタンスの優等生を取り繕う陽菜は認知されたくはないだろう。


「美玖!これは……その」


 何か良い言い訳をしたいが、何も頭に浮かんでこない。


「そうだよ、北野さん!あなたの想像通りですよ!」


 そんな俺の気も知らないで、陽菜は俺の腕にまとわりついてくる。


「なにが想像通りなんだ!?離れろ!」


 陽菜の腕を振りほどこうとするが、力強く抵抗してくる。

 あまりにしつこいので、やむなく陽菜の脳天に少し強めのチョップを入れた。

 腕は、ほどかれて陽菜は痛そうに頭を押さえている。


「痛ってぇな、おい!よくも乙女に手を上げやがったな!」

「お、おい!今は、優等生の西条陽菜だろうが!」


 家にいる時の粗暴な陽菜が態度に出たので、俺は小声で彼女に耳打ちした。


「あ?別にいいよ。こいつ私の素の部分知ってるし」

「え!?な、なんで。そうなのか美玖?」

「あ、うん。以前に学校の裏門で二人になった時にそのことを知って……そんなことより、なんで西条さんが結ちゃんの家に!?」

「それは、私たちが誰も入り込めない親密な関係だからで」

「陽菜……少し黙って」

「な、なんだよ。そんなマジで怒んなよ」


 別に怒っていないが、俺は真剣な表情で陽菜を牽制した。


「美玖。少し前に父さんが再婚して妹ができたこと言ったよな?」

「う、うん。最近喧嘩したって」

「その妹が、この西条陽菜なんだ。今は笠井陽菜になってる」

「え!?」


 さすがに予想外だったようで、美玖は驚きの表情を見せている。


「ゆ、結斗!バカ!言っていいのか!?」

「俺は陽菜の素の部分が知られんじゃないかと心配して今まで言わなかったんだ。もう知られてるなら、その必要はないだろう?」

「チッ。まあ、そうだけど」


 少し不機嫌な様子を見せる陽菜を尻目に、目の前にいる美玖の表情が少し柔らかくなっていることに気が付いた。


「そっか、そうだったんだ……ということは二人は一緒に生活してるんだよね!?」

「ん?そうだけど、どうした?」

「い、以前に西条さんが結ちゃんと……か、体の距離が近いって言ってたから、多分共同生活しているって意味だったんだなと今思って」

「ひ、陽菜!何が体の距離だ!」

「別に間違ってねぇだろうが!」


 南田さんの時も、とんでもない言い回しで俺の事を話してたからな……後できつく注意しないと。


「結ちゃん、これ忘れもの」

「ああ。わざわざ、ありがとな。届けてくれて」

「それで……さっきは、ごめんなさい。私どうかしてたよね、あんな事するなんて」

「い、いや別に。気にしてないから」

「また家に遊びに来てね。今度は、絶対お母さんがいる時に呼ぶから」


 さっきまで狼狽えていたとは思えないほど真剣は顔つきで美玖は言葉を続ける。


「西条さん。私、絶対負けないから」

「は?私だってお前なんかに負けるかよ」


 美玖は、そう言って俺に笑顔を向けた。

 雨はもう止んでいて、夕日が街中を照らしている道を彼女は帰っていた。


 ▽▼▽▼


「二人とも、次の期末試験に気合入ってるな」


 美玖が帰るのを見届けてから、家に戻り俺はリビングでくつろいでいた。


「結斗、北野の家に行ってたんだな?そうなんだな!?」


 しまった。まだ、その説明を保留にしていたままだった。


「あ、実は……そうなんだ。スーパーで偶然会って、な」

「で?なにしてたんだよ?」

「えっと、アルバム見て雑談したり……」


 陽菜がテーブルを強く叩く音に体がビクリと震えた。


「そんなこと聞いてんじゃねーよ!あいつ、結斗に謝ってただろう!なにされたんだ!?」

「なにって……別に、なにも」

「なにされたんだ!?」


 再びテーブルを叩く音が部屋に響く。

 本当は言いたくはないし、美玖のことを考えれば言うべきではないのだろうが……このままでは埒が明かない。


「そ、その少し保健の授業について……考えを深めただけだ」

「な、なんだよ!?保健の授業って?ま、まさか、あの女とヤったんじゃ!?」

「や、ヤってないわ!少し胸を触っただけ……で」

「は、はあ!?胸を触った?つ、ついにやりやがったな!この、ぼっちの変態が!」

「ち、違う!自分の名誉のため言うと誘ったのは俺じゃなくて!」

「それでも触ったんだろうが!」


 陽菜が繰り出した蹴りを避けて俺は素早く距離を取った。

 今回狙ってきたのは、いつもの尻ではなく股間の方で肝を冷やした。


「陽菜!どこ狙ってんだ!?蹴りが当たったら悶絶だぞ!」

「うるせー!どうせ、あいつの胸触って興奮してたんだろうが!」


 何度か蹴りを避けることに成功した時、陽菜の動きが止まった。

 ようやく気が済んだのかと思ったのも、束の間だった。


「な、なにしてるんだ陽菜!?」


 突然、洋服を脱いで花柄のブラジャーを着けている陽菜の姿が露わになる。


「なに動揺してんだよ?あの女の胸揉んだんだから、これぐらい余裕だろうが?」

「揉んだんじゃない!触っただけだ!は、早く服着ろ!」

「うるせー!あいつの胸揉んだんだから、私の胸も揉め!」

「はあ!?どういう理屈でそうなるんだ!?」


 襲い掛かってくる陽菜に押し倒されて、転んだ反動で不覚にも俺の右手は彼女の胸を鷲掴みにしてしまった。


「ど、どうだ!?柔らかくて気持ちいだろう!?」

「あ……美玖の方が、大きいんだ」

「はあ……!?」

「いや!ちが」


 思わず口走ってしまった言葉は引っ込められない。

 陽菜の怒りを買ってしまった俺は、きついボディブローを食らって悶絶した。

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