第15話 性的

「お前に、結斗は渡さない!」


 少し冷静ではなかったと思う。

 結斗が私と距離を置いている間に、この女と会って勉強してたなんて。

 多分、今日と同じように誰もこない早朝二人きりで……。


「わ、渡さないって……西条さん、結ちゃんとは付き合ってないって前に……」


 この女は危険だ。

 

「確かに付き合ってはねーよ」


 一人でいることを選んでいる今の結斗が、この女と話している時は限りなく自然体に近かった。


「だ、だったら別に結ちゃんと西条さんは、ただの友達なんだからそんな彼を独占するような言い方……」


 自宅でリラックスして過ごしている結斗みたいに。

 

 この女は……。


「ただの友達なんかじゃねぇんだな。私と結斗は」

「恋人じゃないのに、ただの友達でもないって……ど、どういうこと?」


 この女は、結斗の心を振り向かせる要素を十分持っている。

 私は、そう判断した。


「私と結斗は、距離が近いんだ」

「こ、心が通じ合ってるってこと?」

「それもある。でも一番距離が近づいてるのは心よりも、体の距離、だな。物理的に」

「か、体って……も、もしかして結ちゃんと……え、エッチなこと……」


 誇張して言葉を発したが、嘘はついていない。

 共同生活している私たちは物理的に距離が近いのは事実。

 昨日、ベッドの上でほっぺにキスもしたし。


「まあ、想像に任せるよ」


 私の言葉を真に受けている北野は、情報を整理できなかったのか虚脱状態のように見える。


「おーい。ひ、西条さん」


 速足で帰ってきた結斗の姿が見えた。


「机の中にスマホ無かったぞ。一応、教室中も見て回ったけど」

「あ、すみません。鞄の中にしまっていたのを忘れていました」

「え!?なんだよ。よく確認しろよ」

「はい。次からは気をつけますね」



 私と結斗のやり取りを尻目に北野は自転車にまたがった。


「美玖、今日ありがとな。おかげで小テスト良い感じだったよ」

「…………」

「美玖?」

「あ、うん。それは……良かった。私、もう帰るね」


 結斗にそう告げた北野は、そそくさと帰っていった。


「なんか、美玖の様子おかしかったような。二人で何か話してたのか?」

「別に。ただ私と結斗の距離は近いぜ、って言っただけだ」

「距離が近い?まさか、妹だって言ったのか!?」

「言ってねぇよ。私たちは仲が良いってことだよ」

「え?そ、そうか。俺たちも帰るか」


 二人乗りの自転車で下り坂を駆け抜ける時の風が心地良い。


「なあ、陽菜。今日、父さんと夕子さん遅くなるらしいから夕飯俺が作るけど焼飯でいいか?」

「ああ!結斗の焼飯美味いからな!味付け濃いめで頼むぜ」

「はいはい。ニンニクも入れればいいんだろう?刺激的な味好きだなぁ」

「おう!酒もタバコも、いつでもウェルカムだぜ!」

「おい、未成年!」


 さっき北野に言った言葉に嘘はないし誤解したなら、勝手なあいつの勘違い。

 罪悪感なんてない。

 それでも、さっきあったやり取りを結斗が知ったら私は良く思われないだろう。


 結斗に……嫌われる……。


 先日、散々その事で悩んで泣き叫んだのに……こんなことを続けていたら今度こそ本当に嫌われるかもしれない。

 泣き虫で短気、自己中心的な私……。

 結斗に振り向いてもらえる可能性が低いそんな私は、危ない橋を渡るしかない。


 私は、自分にそう言い聞かせた。


 ▽▼▽▼


 翌日の早朝。

 今日も俺は、自習室へ赴いていた。


「よし、やるか」


 朝からする勉強は、頭に入ってきやすい。

 問題を解いていくのが妙に楽しい。

 昔は、こんな感じで勉強していたような気がする。


「美玖……遅いな。いつもは、このぐらいで来るよな」


 美玖も自習室へやってくると思ったが、いつもの時間に彼女は現れなかった。


「8時か……もう少しだけ問題解いてから教室へ行くか」


「ゆ、結ちゃん……」


 再び集中しようと気合を入れたところで、俺を呼ぶ美玖の声が聞こえた。


「美玖、おはよう。今日は遅かったな。来ないと思ったよ」

「お、おはよう。ちょっと寝坊して……」


 寝不足なのか美玖の顔色が、あまり良くないように見える。

 彼女は、いつも通り俺の隣の席に腰かけた。


「せっかく来たけど、もうあんまり時間ないな」

「…………」

「美玖?」


 彼女は椅子に座ってからテキストも広げずに俯いている。


「ねえ、結ちゃん……」

「どうした?」

「結ちゃんは、さ……したこと、あるの?」

「なにを?」


 美玖は、少し言いにくそうに重い口を開いた。


「女の子と……エッチな、こと」

「ん?え、え!?」


 まさか、あの美玖から性的な話題を振られるとは思いもしなかった。


「い、いや。ない、ないよ!断じて」


 美玖の質問に他意はないだろうが、俺は動揺してしまう。


「本当に?」

「ないよ。そもそも彼女とか、いたことないし」

「そ、そっか……そうなんだ」


 俺の返事を聞いて、美玖はいつもの柔らかい表情になった。


「な、なんで、急にそんな質問を……?」

「そ、それは……せ、性教育!最近、保健の授業でもこんな話あったでしょ?そ、それで同年代の人は、どうなのか気になって。私、そういうこと疎いからそれで!」

「わ、わかったから、少し落ち着いて」


 美玖も気恥ずかしかったのだろう。

 明らかに慌て動揺している。

 そんな中でも、彼女は言葉を続けた。


「西条さんって、可愛いよね……気品があって清楚で」

「ま、まあ、そうだな」


 陽菜の本性を知る俺は少し顔が引きつる。


「やっぱり、男の子って可愛い女の子とそんな雰囲気になったら、し、したくなるのかなと思って……」

「い、いやでも、最近はそういう関係だけを続ける……その、友達っていう定義もあるみたいだし」

「そ、そんなのダメだよ!そういうことって本当に好きな人同士で、す、するべきだと思う……私は」

「そ、そうだな。好きでもないのにするなんて、まったくけしからん」


 意外と踏み込んで会話をしてくる美玖に対して、俺も突っ込んで聞いてみることにした。


「美玖の方こそ、その……したことあるのか?」


 これでも俺も年頃の男子高校生。

 この手の話題に興味がないわけではない。


「え、え!?な、ないよ。ないない!絶対ない!」


 彼女の全力否定には物凄く説得力がある。


「そ、そうか。変なこと聞いてごめん」

「う、うん。でも、したいと思う人は……いるか、も」

「え?」

「え?……ち、違うの!そういうことできるぐらい愛し合っている関係が素敵だと思ってるってことで!」

「あ、ああ!な、なるほど」


 それから朝の予鈴が鳴るまで妙なテンションになってしまった俺たちは、この手を話を恥ずかしながら続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る