第13話 和解
「うっ。ぎ、ぎらいに、ならないで────!!!」
陽菜の悲痛な叫びが家中に響き渡った。
その声は、俺の耳と心に痛い程に伝わってくる。
「お、おい陽菜!落ち着け。な、落ち着くんだ」
陽菜の震える肩に手を置いて俺は声を掛けたが、彼女はまだ取り乱している。
「き、嫌いにならないで!嫌いに……」
俺の胸に顔をうずめてその言葉を連呼している。
「大丈夫だ、陽菜。大丈夫だから」
そう声を掛けた俺は、彼女の震える体を抱き寄せた。
▽▼▽▼
「落ちついたか?」
「う、うん」
ようやく泣き止んだ陽菜は、恥ずかしさからか俯いている。
力が抜けて廊下に座り込んだ陽菜に合わせて俺も腰を降ろした。
「陽菜……あの昨日は、俺も悪か────」
「ごめん!結斗……昨日は……ごめんなさい」
俺の言葉を待たずに再び大きな声で謝罪をしてくる。
顔を上げた陽菜の表情は、流れてきそうな涙を必死で堪えているように見えた。
「ああ、うん。俺の方こそ悪かったよ。母さんのこと言われて、少し冷静じゃなかった」
「本当にごめん。結斗とお母さんのことを悪く言ったのは、ただの八つ当たりで……決して本心じゃなくて!」
「わかってるよ。一緒に暮らすようになって、陽菜がどういう人間が少しは理解してるつもりだよ」
俺のその言葉を聞いても、また彼女は俯き暗い顔をしている。
「結斗、私のこと……嫌い?」
今にも泣き出しそうな彼女の表情を見て、俺は堪らなく申し訳ない気持ちになった。
俺の発した一言が、こんなにも彼女を苦しめていると思うと自分に嫌悪感が湧いてくる。
「陽菜も俺のこと少しわかってくれてるだろう?嫌いじゃないよ」
「で、でも……き、嫌いって言ったじゃん」
「あれは、だな……陽菜の言葉に腹を立てたのは事実で、つい口走っただけだよ。まあ、嘘ってわけだな」
「そ、そっか……嫌われてないんだ、私。嘘か……って、う、嘘はつくなよ!こっちがどれだけ悩んだと思ってんだよ!」
「陽菜も俺と母さんのこと悪く言ったろ?それも嘘なんだろうが」
「い!?う、うん。本当にごめん」
「まあ、もういいよ。嘘も方便だろ?」
「嘘も方便……そうだな」
そういって陽菜は、涙で潤んだ目をポケットから取り出したハンカチで拭っている。
「そのハンカチ……やっぱり、どこかで」
「ゆ、結斗!このハンカチ知ってるのか!?」
「え?んー、いや。でも、どこかで見たような……それ、いつどこで買ったんだ?結構痛んでるし、最近じゃないだろう?」
「う、うん……買ったんじゃなくて貰ったんだ。その……す、好きな人に」
彼女は、頬を赤らめて気恥ずかしそうに答えた。
「え!?そ、そうなのか。陽菜に好きな人が……。へー」
「な、なんだよ。私に好きな人がいたら、おかしいのかよ?」
「いや、陽菜も年頃の女子高生なんだなと思ってな」
まさか、陽菜が本当に恋する乙女だったとは……。
まあ、おかしなことでもないか。
俺たちの年齢なら普通好きな人ぐらいいるだろう。
ずれてるのは、そんなことに無頓着な俺の方か……。
「ん?暗くなってきたな。早く洗濯物取り込んで畳まないとな。陽菜手伝ってくれるか?」
「ああ、結斗のパンツは私が綺麗に畳んでやるから任せとけって!」
「すっかりいつも通りだな。ってか、俺のパンツにこだわるな!」
「恥ずかしがるなよ。私は結斗のパンツの味を知ってるんだから」
「なにが、パンツの味だ!?まったく……もう被ったり履いたりするなよ!」
「じゃあ、次はボディータオルとして私の体を清めるのに役立ってもらおうか」
「もう、ここまでくると不良娘じゃなくて変態娘だな」
笑顔を見せる陽菜の表情は、さっきとは比べ物にならないぐらい眩しい。
くだらない冗談を言いながら、ようやく俺たちの関係は修復した。
▽▼▽▼
「結斗、このマグロ美味かったぞ」
「え?そうか。どれどれ……って、おい!俺の分まで食べるな!」
「ん~うま!」
今日の夕食は父さんが豪勢に寿司の船盛りの出前を取ってくれた。
どうやら昨日の俺たちの様子がおかしかったことを気遣ってくれたらしい。
「結斗君、いつもありがとね」
「はい?なんですか、夕子さん?」
「陽菜、今日はすっかり調子良いけど昨日はご飯も残しちゃうし心配してたのよ。やっぱり結斗君がいると元気一杯ね」
「ち、違うし!昨日は腹減ってなくて、今日は腹減ってるだけだし!」
陽菜のわかりやすい反応にお茶の間は明るい雰囲気に包まれた。
食事を終えて自室のベッドで横になっていると扉をノックする音が聞こえる。
「はい?」
「あ、結斗」
扉を開けて訪ねてきたのは、陽菜だった。
「陽菜……ついにノックを覚えたんだな。えらいぞ」
「私は、園児か!」
「で?なんの用で……なんか良い匂いが。なに運んでるんだ?」
陽菜はお盆を持っていて、その上にはマグカップが二つある。
「この匂い、もしかしてコーンポタージュか?あと、おしるこか」
「うん。夕方買ってきた物を入れなおして温めただけだけど。飲む?」
俺は、陽菜からコーンポタージュが入ったマグカップを受け取った。
「結斗……乾杯」
「え、ああ。乾杯」
俺たちは並んでベッドに腰かけて温かい飲み物を口に運んだ。
「マグカップで乾杯って普通するか?」
「知らねーよ。何でもいいだろうが」
「で、今回も良好な関係に乾杯ってところか?」
「そうだよ!今回は……その、私が悪いけど避けられたりするのはもう嫌だから」
「悪かったよ。避けてたっていうのもあるけど北野さんの助言もあってタイミングを計ってたっていうか……」
「は!?北野に今回のこと話したのか!?」
「いや、詳細な事は何も言ってないぞ。ただ俺が新しくできた妹と喧嘩したってことだけ言って」
「あ、あの女。こんな事にも絡んできやがって!」
「な、なんでそんなに北野さんのこと目の敵にしてるんだよ?」
「うっ。ま、まあ今回もあいつに勝つために相当勉強したけど敵わなかったし……」
「だから、あんなにテスト勉強に力入れてたのか」
俺たちは飲み終えたマグカップを机に置いて話を続けた。
「結斗、いいか?前にも言ったけど、あの女には気をつけるんだぞ」
「だから何を気をつけるんだよ。美玖は普通に良い子だよ」
「み、美玖……な、なんだよ!美玖って!?」
「い!?いや、北野さんの名前だよ」
「なんで結斗があの女を名前で呼ぶんだよ!?」
俺の胸ぐらを掴んで疑問をぶつけて迫ってくる陽菜に軽く恐怖すら覚える。
「む、昔はそう呼んでたらしい……じゃなくて、呼んでたんだ」
「くそっ!あの女、距離詰めやがって!」
「って、おい!押すな!」
俺はベッドの上に押し倒された。
陽菜は、そんな俺に覆いかぶさり互いの吐息がかかるほど顔の距離が近い。
「お、お前何してるんだよ?」
「別に、私も距離を詰めただけだ」
俺は緊張しながら陽菜の真っすぐな視線に目を奪われていた。
「結斗、見てろよ。私、あいつに……勝つから」
「え?ああ、学期末試験はもっと頑張らないと、だな」
「それだけじゃねーよ」
次の瞬間、俺の視界は急接近してきた陽菜の美しい顔で埋め尽くされた。
頬に柔らかくて温かい感触が伝わってくる。
「ちょ、今ほっぺにキスして────」
「別に!ただのマークキングだ!」
そう言って陽菜は、速足で俺の部屋を出て行った。
「マーキング……野生の動物か、お前は……」
その日、頬に感じた陽菜の柔らかい唇の感触が消えることはなかった。
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