第12話 想い
私は、幼い頃少し普通とは違っていたと思う。
端的に言ってしまえば泣き虫で短気、自己中心的……他人の気持ちを考えたり汲み取ることができない子だった。
六年ほど前。
私がまだ小学生だった時、母が務めている出版社で大きなパーティーが行われた。
会社の社員や作家、その家族などが多く集まったパーティーに私も参加していた。
「だって、あいつらが悪いんだろ!」
大勢の人が見ているのにも関わらず、私は大きな声で母に自分の弁解をしていた。
「陽菜!向こうに原因があっても手を出したらダメでしょ!」
パーティーに参加していた少し年上に見えた連中に揶揄われて、私はそのことが気に障った。
バイキング形式の豪勢な食事にがっついていた私をバカにする言葉だった。
気に入らなかった私はそいつらの尻や足を蹴りまくっていたところ母に見つかり、こっぴどく叱られた。
「あ、あいつらが悪いんじゃん。な、なんで私が、うっ……う、あぁあ!」
その少年たちの保護者に頭を下げに行っている母を尻目に私は会場の隅で一人泣いていた。
「大丈夫か?お前」
泣いている私に声を掛けてきたのは、私と同じ年ぐらいの少年だった。
「あーあ、鼻水も垂れてるぞ」
「なんだよ!うっ、お、お前も私をバカにすんのか?」
「え?しないよ。さっき揉めてた女の子か。ほら、これで顔を拭け」
彼が差し出してくれた可愛い花が刺繍がされているハンカチ。
私は、その時不思議と素直にそのハンカチを受け取った。
「使ってもいいのか?」
「いいよ。お前、今酷い顔してるぞ」
「お、お前とか言うな!」
「じゃあ、名前は?」
「ひ、陽菜……」
「陽菜か」
「呼び捨てにすんな!」
「なら、陽菜さん?というか、何年生?」
「は?……五年生。それが、なんだよ?」
「いや、俺も五年生なんだけど同級生で下の名前をさん付けって、言わないよな」
「なら、陽菜ちゃんって呼べ」
「え?お前、そんな呼ばれ方される柄に見えないけど」
「お前って言うな!」
「わ、わかったよ。陽菜ちゃん」
「……そっちの名前は?」
「俺は、結斗」
結斗と名乗った少年は、とても堂々していてその立ち振る舞いは自信に満ち溢れているように感じた。
「バイキング、食べにいかないのか?」
「行かねえよ!また、バカにされるかもしれないし……」
「はぁー、陽菜ちゃんは上手く取り繕うことを覚えないとな」
「なんだよ、それ。良い子ちゃんぶれって言うのか?」
「大人同士って楽しそうに話してるだろう?でも、ああ言うのって社交辞令って言うらしい」
「なに?結局、嘘ついてるだけじゃねーか!」
「嘘も方便だろ?特に、自分を守るための嘘は悪くないと思うけどな」
「自分を守るための、嘘……」
こういうイベント事や学校生活を上手く過ごすことができない私に彼がヒントをくれたような気がした。
ここで空腹だった私のお腹が音を鳴らしてしまった。
「やっぱり、お腹空いてるんじゃん」
「う、うるせーな!さっき少ししか食えなかったんだよ」
「よし、ちょっと来い」
結斗は私の手を引いてどこかに歩き出した。
着いたのは会社のエントランスにある自販機の前だった。
「何がいい?買ってやるよ」
「え?……でも」
「いいから。どうせ会場戻っても何も食べないんだろう?ジュースでも飲んだら少しは腹も膨れるだろう。ボタン押せよ」
「じゃあ、これで」
私は、大好きだった温かいおしるこを選んでボタンを押した。
「エアコンついてるから涼しいけど、よくそんな温かいもの飲むな」
「いいだろう!好きなんだから!」
「そうだな。俺もホットにしよう」
彼が選んだのは、温かいコーンポタージュだった。
「自分だって温かいの選んでんじゃねーか」
「いいだろう。好きなんだから」
「真似してんじゃねーよ!」
彼はパーティーが終わるまで、ひねくれている私に付き合って隣にいてくれた。
結斗は私がどんな不貞腐れた発言や態度を取っても真っすぐ遠慮なく言葉を返してくれる。
他愛もない話をたくさんして、こんなに楽しかったのは初めてかもしれない。
「結斗、そろそろ帰るわよ」
「はーい」
結斗に遠くから声を掛けてきた人は、とても綺麗な人だった。
「母さんが呼んでるから、もう行くな。じゃあな、陽菜ちゃん」
「あ!結斗!……また、会える?」
「お互い親が同じ会社なら会うこともあるかもな」
「あの!ハンカチは!?」
「あげるよ。またな、陽菜ちゃん!」
私は貰ったハンカチを握りしめて、彼が去っていく後ろ姿を見届けた。
「陽菜!ここにいたの?探したのよ!」
「あ、母さん」
「帰るわよ。あら、そのハンカチどうしたの?」
「ちょっと、友達に貰って……」
「そのハンカチの刺繍、桔梗の花ね。少し前に流行ったハンカチシリーズ」
「流行ったハンカチシリーズ?」
「ハンカチに刺繍されてる花には、花言葉の意味が込められていてね。それを相手にプレゼントするの。ちなみに桔梗の花言葉は……」
それを聞いて私の胸が高鳴った。
いや……もうすでに。
彼と一緒にいた時から、私の心臓はドキドキして仕方なかったんだ。
▽▼▽▼
結斗と出会って以来、私は学校での自分の立ち振る舞いを見直した。
中学生になった私は、周囲との関係を円滑なものにするために気品があって優秀な自分を演じた。
その結果、学校生活も悪くないものとなり素の自分を打ち明けた友人もできた。
相乗効果で勉強することも楽しくなり、有名な進学校の花蓮学園にも合格できた。
高校生になって、より私の優等生ぶりに磨きがかかり学園のアイドルとして扱われるようになった。
自分を変えるきっかけをくれた彼との再会を夢見ていたが、その時は突然やってきた。
二年生に進級した新しいクラスで彼を見つけた。
しかし、彼のその姿に私は落胆した。
教室で誰かと話すこともなく一人でただ時間が過ぎるのを待っている結斗の姿は、私の知る彼の姿ではなかった。
「はーい。クラスメイトの要望が多いので席替えを実施します。くじを引いて、対象の席に移動して下さい」
結斗は、すでにくじを引いて窓際後方の主人公席に移動している。
あの近くの席を引ければ……。
そう思ったが現実は甘くない。
私が引いたのは、廊下側の席だった。
「陽菜、どうだった?私は後ろの席だったよ。あの笠井君って人の隣かな」
「波留。誰かに引いたくじ見せた?」
私は誰にも聞かれないように小声で彼女に話しかけた。
「え?別に見せてないよ」
「可能なら私のくじと交換してほしい」
こうして私は意図的に彼の隣の席に座ることができた。
「笠井君、これからよろしくお願いします」
「あ、ああ。よろしく、西条さん」
私は結斗と会話がしたくて沢山話しかけた。
結斗は変わってしまったと思っていたが彼の瞳の奥に見える優しさは健在だと知り安心した。
もう一つ、わかったことがあった。
彼は私のことなんて、覚えてはいなかった。
▼▽▼▽
数年前に離婚した母の再婚が決まった。
相手の人が結斗の父親だと知り、口から心臓が飛び出そうなぐらい驚いた。
結斗の父親……孝之さんから共同生活が始まる前に、結斗のことを聞かされた。
母親が亡くなってから、記憶が混乱したこと。
周囲と距離を置くようになったこと。
そして、私と結斗の共同生活が始まった。
「なんで学校で優等生を取り繕ってるの?」
私は今の結斗が気に入らなかった。
「私の作り出した偶像の姿に踊らされてる奴を見るのがさ……まあ、滑稽で」
昔の結斗だったら、こんな私を怒ってくれるだろう?
「お前は、西条さんじゃない!」
そう。その堂々と言葉を発するのが結斗だよ。
「陽菜!俺のパンツを返せ!」
どんな形でも構ってもらえることが楽しかった。
「そのハンカチ、桔梗の花が刺繍されているんだな。懐かしい」
このハンカチのこと、結斗の記憶の中に少しでもあったんだと思うと嬉しかった。
「結斗が、そんなふうになったのは母親が原因なんじゃねーの?」
結斗の幼馴染のことが気に入らなくて、彼とその母親に八つ当たりをしてしまった。
「お前なんか……嫌いだ」
胸が張り裂ける思いだった。
その日も次の日も私は結斗に避けられた。
自販機で結斗の好きだった缶飲料を購入して彼の部屋の前で、ただただ彼が出てくるのを待った。
「っえ?陽菜、何してるんだ?」
「ゆ、結斗。昨日のことだけど……その」
「あー、先に洗濯物取り込まないと」
まだ、彼は私を避けようとする。
「結斗!」
私は、もう我慢が利かなくなった。
「ご、ごめ……ん。ごめ……ん…なさい。あぁっ、ごめんなさい!あぁぁあ!!!」
結局、こうやって泣き叫ぶことしかできない私は昔から何も成長していない。
それでも私は……結斗には……。
「うっ。ぎ、ぎらいに、ならないで────!!!」
結斗だけには、嫌われたくなかった。
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