第10話 怒り
俺は今、陽菜と共に墓参りに来ている。
他でもない俺を生んでくれた母さんの月命日で、学校が休みの日と重なると来るようにしている。
「もう、四年経つんだっけ?結斗の母さんが亡くなって」
「うん、そうだな。時間が経つのは早い」
線香を上げて墓石の前で手を合わせると短い墓参りを終えた。
「ぶっちゃけ孝之さんが再婚するって聞いた時、複雑だった?死別してるわけだし」
「いや、むしろ安心したというか……父さんは、母さんが入院していた時から一人で頑張ってたから。陽菜はどうだよ?夕子さんが再婚して」
「うちは仲悪くなって離婚だしな。私も実父は、そんなに好きじゃないし。孝之さんが相手で良かったって思ってるよ」
「そうか」
少し俯いていた俺の背中を陽菜が強く叩いてくる。
「ちょっ!?痛いって」
「そろそろ昼だろ?腹減った。ほら、早く帰ろうぜ」
もうすぐ、六月になる。
日に日に暑さを感じるようになってきた太陽の日差しを浴びながら、俺たちは帰路に就いた。
▽▼▽▼
「西条さん、惜しかったね。今回も学年2位だったんだよね!」
「いや、2位でも凄いって。それに今回は1位と僅差だったんでしょ?」
今日は先日行われた中間テストが返却されてクラス中が大いに盛り上がっている。
西条モードの陽菜の周りには、多くのクラスメイトが集まって彼女の成績に賞賛が送られている。
「いえ。今回も1位の北野さんには及びませんでしたし、大したことはありません」
陽菜の言う通り、今回も北野さんが学年1位の座をキープした結果となった。
ちなみに俺の順位は82位。
学年で約250人の生徒がいる中でこの成績は、まあ平凡だろう。
放課後になり帰り支度を済ませて、まだ騒がしい教室を出る。
自転車を押して学園の裏門で待機しているのだが。
(陽菜……クラスメイト達にあれだけ囲まれて周囲が盛り上がってたら、なかなか抜け出せないんじゃ……)
人気者は辛いなと思いながら俺は陽菜にスマホで先に帰る旨をメッセージで送った。
「笠井君!」
「え?あ、北野さん」
俺の名前を呼んだのは、自転車を押して近づいてくる北野さんだった。
「北野さんは、すんなり教室出れたんだな。結構、クラスメイト達に囲まれてただろう?」
「うん。用事があるから帰るって、嘘ついちゃった」
「まあ、嘘も方便だ。学年1位ともなれば人気者だな」
「そうかな……私が勉強できるようになったのは笠井君のおかげだよ」
「え?なんで?」
「昔、勉強が苦手だった私に凄くわかりやすく何度も教えてくれたでしょ?それで勉強が好きになって」
「そ、そうだったんだ。俺が北野さんに勉強を……」
「うん、そうだよ。だから、ありがとう。
「い!?あ、あの……その結ちゃん呼びはやめてほしいんだけど」
「二人だけの時はいいじゃない。結ちゃんも、この前みたいに名前で呼んで」
「え?いや、なんか今更……そんな」
「いいから呼んで!」
「わ、わかった。み、美──────」
「ゆい、笠井君!」
俺の言葉を遮って、バカでかい声が聞こえてきた。
声がした方角に目をやると、息を切らしながら走って近づいてくる陽菜の姿が目に入った。
「か、笠井君。良かった、間に合いました」
「大丈夫か?ひ、西条さん。だいぶ疲れてるけど」
「ハハ、走ってきましたからね」
派手に走ってきたせいで、額に汗をかいて制服は少し乱れている。
西条モードの陽菜らしからぬ姿である。
「さあ、帰りましょう。笠井君!」
陽菜は、そう言いながら俺の腕に自身の手を絡ませて密着してくる。
「おい、引っ付くなよ。暑いんだから」
「いいじゃないですか。これぐらい」
目の前に北野さんがいるのに、なぜこんな暴挙に出るのか……。
「あ、あの二人は……その、付き合ってはないんだよね?」
恐る恐る聞いてくる北野さんのことなんかお構いなしで、陽菜はより俺の体に密着してくる。
「そう見えます!?北野さん。実は私たち、付き合って─────」
「勿論付き合ってないよ。俺と西条さんは……まあ、友達だな。っていうか、離れろ」
「そっか……それだけ聞ければ十分。私、帰るね」
自転車にまたがった北野さんが、もう一度こちらを振り返った。
「結ちゃん。またね」
そう言って去っていった北野さんの姿が見えなくなった辺りで、俺の腹にボディーブローが突き刺さる。
「うっ!?何するんだよ!」
「うるさい!先に帰ろうとするし、あの女にはデレデレしてるし!なんだよ最後の結ちゃんって!?」
「いや、昔そんなふうに呼ばれてた……から、かな」
「チッ……もういい!早く帰るぞ!」
俺は、ご機嫌斜めな陽菜を後ろに乗せて自転車を漕ぐ。
後ろから俺の体にしがみ付く彼女の腕の力が、いつもより強く感じた。
▼▽▼▽
自宅に戻ると最初に洗濯物を取り込む。
以前に下着の件で揉めて以降、俺が男の衣類を、陽菜が女の衣類を率先して片づけていく方針に落ち着いた。
「おい、結斗。あの女……北野には気をつけろよ」
「一体、何を気をつけるんだ?」
「もしかしたら、あいつ。結斗の童貞を狙って襲い掛かってくるかもしれない」
「そんなことあるわけないだろうが!可能性で言うなら、陽菜の方がやりかねない」
「結斗……わ、私でそんな妄想してんのか?」
「してないわ!するわけないだろうが!お前なんかで」
洗濯物を畳んでいた陽菜の手がピタリと止まった。
「あーそうかよ!どうせ、私に色気なんてねえよ!あの女で想像して勝手に楽しんでたらいいだろうが!」
「な、なに怒ってんだよ」
俺は気を取り直して適当に洗濯物に手を伸ばして取ったのは、以前に陽菜が持っていたハンカチだった。
桔梗の花の刺繍がしてあるハンカチ。
このハンカチどこかで……。
頭の中でモヤがかかる。
「あ!返せよ!」
俺からハンカチを引っ手繰った陽菜は、それを大事そうに見つめている。
「結構、年季の入ったハンカチだな。そんなに大事なのか?」
「そうだよ!勝手に触んな!」
まだ、そうとう機嫌が悪いままである。
「あ、陽菜。そこにある俺のエプロン取ってくれ」
「あ?これか。いつも結斗が飯作る時にしてるやつ……チッ、こんなもの」
「って、おい!どこ投げてんだ!?」
綺麗に洗って取り込んだばかりのエプロンをリビングの隅に放り投げられる。
「ったく、仕方ないな」
本当に機嫌が悪いと何をするかわからない。
俺は、そのエプロンを拾って陽菜に声を掛けた。
「このエプロン、死んだ母さんが使ってた物なんだ。乱暴に扱わないでくれよ」
「え?あ、そうなんだ。ごめ…………ふん!なんだよ!そんな事にこだわりやがって。そんなんだから、いつまでもぼっちなんだよ。マザコンも卒業できてないんじゃねーか?」
「……そうかもな」
「結斗が、そんなふうになったのは母親が原因なんじゃねーの?その母さんも結斗と同じで小心者で臆病だったりしてな」
陽菜はいつも通りだ。
「……母さんのこと、悪く言うなよ」
今は、少し機嫌が悪くて口が軽くなってしまっているだけ。
いつもと違うのは……冷静になれない俺の方。
「な、なんてな!……じ、実は私もこのハンカチを大事な人に貰って、さ」
一緒に生活し始めてお互いに遠慮のない関係で大変なことも多いけど、それだけ信頼関係みたいなものが芽生えていた自覚はあった。
「お前なんか……」
それでも、この時ばかりは
「ゆ、結斗?」
込み上げてきた怒りが時間と共に引いていく前に、俺は心にもないことを口走った。
「お前なんか……嫌いだ」
そう言った俺自身が、その言葉を聞いて我に返った。
「……あ……え……?」
俺の言葉を聞いた陽菜は胸を押さえて唖然としているように見えた。
俺は、そんな陽菜を尻目に逃げるように自室へと入り扉を強く閉じた。
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