第9話 信頼
「
「陽菜、私はジュースじゃなくてお水もらってもいい?」
「おう、オッケー」
陽菜は抱えていたスナック菓子の袋を豪快に開けローテーブルの上へ置き、紙コップに水とジュースを注いでいる。
「ごめんね、笠井君。急にお邪魔して、陽菜に新しいお家を見せてって約束してたの」
「あ、うん。別にそれはいいんだけど……なんで俺の部屋に集まってるの?」
陽菜は注いだジュースを一気に飲み干して答える。
「私の部屋、こういう皆で囲えるテーブルないから不便だろ」
「リビング使えばいいだろう?」
「カップ麺食べるときにリビングの机散らかしたから消去法で、ここだ」
「どうやったらカップ麺食べるだけで机が散らかるんだ!?」
「うるせーな!机にスープ溢したら、部屋中がなんか凄い匂いになったから換気してるんだろうが!」
「確かにさっきリビングに入ったら妙な匂いがしたな……一体どんなカップ麺食べたのやら」
俺と陽菜のやり取りを目にした南田さんはクスクスと笑っている。
「笠井君って、面白い人なんだね。学校でもそんな感じでいたら良いのに。陽菜から聞いてた通りだ」
「え!?ち、ちなみに陽菜から聞いた俺の話ってどんな……?」
「えっと……最近聞いたのは笠井君のパンツを無理矢理履かされて妊娠させられそうになった話、とか」
陽菜のことだからとんでもない事を話していると覚悟したが、ここまで俺を悪者にして虚言をぶちまけているとは……。
「陽菜……どういうことだ?パンツを自主的に履いたのはお前だろうが!それになにが妊娠だ!?」
「あんな男臭そうなパンツ履いちまったら孕んでも仕方ねーよ」
「そんなことで妊娠するか!」
俺の話など、そっちのけで陽菜はスナック菓子を頬張っている。
「大丈夫だよ、笠井君。陽菜が冗談半分で話を誇張してるのは毎度の事だから。笠井君のパンツを本当に履いていたのは驚きだけど」
「俺も最初見たときは目を疑ったよ……南田さんは、陽菜が学校とは違う一面を持っている事を知ってたんだな」
「うん。私と陽菜は同じ中学で、その時にね」
俺が陽菜の本性を知る前から南田さんはそのことを認知していて、そのでも友達付き合いをしてくれてるということか……。
「陽菜!南田さんに感謝するんだぞ!」
「はあ?なにが?」
その後も、お菓子をつまみながら他愛もない話をして時間は過ぎていく。
「ねえ、笠井君って好きな人とかいないの?」
「え?と、唐突だな……特にいないかな」
「嘘つくなよ結斗!学校の私に惚れてるくせに!」
「別に惚れてないわ!今となっては不気味にしか感じられない」
「じゃあ、陽菜の本当の性格を知る前は好きだったってこと?」
「え!?いや……好き……まではいってないよ。少しだけ好感を持っていたのは否定できない、けど」
「だってさ陽菜。良かったね」
「べ、別に良くねーよ。こんなぼっちに好かれたって」
「……ぼっちで悪かったな」
陽菜に憎まれ口を叩かれるのも慣れたものである。
「陽菜。そのお菓子、私にもくれない。あっ!」
南田さんがお菓子に手を伸ばした時、彼女の肘が水の入っていた紙コップに接触し転倒した。
こぼれた水が、テーブルの上に広がっていく。
「ごめん!こぼしちゃった。なにか、拭く物は……」
「慌てんなって。私ハンカチ持ってるから、これで拭くわ」
陽菜がポケットから取り出したのは、使い込んで少し痛んでいそうなハンカチだった。
「そのハンカチ、桔梗の花が刺繍されているんだな。懐かしい」
……懐かしいってなんだ?
自分の口から出た言葉に違和感を覚える。
「笠井君、この刺繍が桔梗の花だってよくわかったね。なんで?」
「え?うん、なんでだろう」
自分でもよくわからない。
「……やっぱり洗面所からタオル持ってくる」
少し俯いて言葉を発した陽菜は、さっきまでお気楽に過ごしていた様子とは少し違う。
「陽菜、そのハンカチって────」
俺が言葉を最後まで言う前に、陽菜は部屋から出て行ってしまった。
「笠井君、凄いね」
「え?なにが?」
「陽菜がここまで羽目を外してるところ、あんまり見たことないよ。本気で遠慮なく言葉をぶつけて」
「いや、いつもあんな感じなんだけど……」
「それだけ信頼されてるってことだよ」
「信頼?単に陽菜自信が楽しむための
「きっと、そうじゃないよ」
南田さんは静かに微笑んで、そう答えた。
▼▽▼▽
「今日は、ありがとう。陽菜、笠井君。またね」
夕方になり南田さんは帰っていった。
「なんか南田さんって、思ってたのと違ったな」
「は?どういうふうに?」
「上手く言えないけど学校でクラスメイトと楽しく過ごしている南田さんよりも、さっきまでの南田さんの方が自然体に見えた。気を張ってないっていうか」
「へー、よく見てんな。……まさか、結斗!波留のことを狙ってるんじゃないだろうな!」
「そんなわけないだろう。今日、初めてまともに話したのに」
さっき陽菜の様子が少しおかしいと思ったが、今は通常運転だ。
単なる気のせいだったのか?
「それより、あの話忘れてないだろうな!?」
「え?何の話だ?」
俺の尻に、陽菜の膝蹴りが命中する。
「いって……おい、膝はいつもより痛いぞ……っていうか本当に何の話?」
「北野だ!北野美玖!一緒にファミレスまで行きやがって。なんで、ぼっちの結斗があいつと仲良いんだよ!?」
「地元が同じって言っただろう。昔から知ってるんだよ」
「それって……幼馴染ってやつか?」
「まあ、そう定義できるかもな」
「な、なにが幼馴染だ!」
今度は連続で俺の尻に蹴りが炸裂する。
「痛い痛い!ふざけるな!やめろ!」
ここで南田さんが言っていた信頼という言葉を思い出す。
(こんなのまったく信頼関係なんてないじゃないか)
陽菜の蹴りを回避していると、ポケットに入れてあるスマホが振動で震える。
確認すると父さんからメッセージが届いていた。
「陽菜。今日、父さんと夕子さん残業でかなり遅くなるらしいから夕食を適当に済ませてくれ、だってさ」
「……そうか。それは好都合だ」
「ん?何がだ?……そっか、焼飯食べたがってたもんな。それじゃあ、夕食に作るか」
「結斗、ファミレス行くぞ」
「え、なんでだよ?俺、昼ご飯ファミレスで食べたんだけど」
「はあ?だから?」
「いや、一日に二回も普通行かないと思ってだな」
「あの女とファミレス行ったくせに、私とは行けないのか!?」
胸ぐらを掴んで、そう言う陽菜の圧が凄い。
「わ、わかったよ。行けばいいんだろ?仕方ないな」
こうして俺は、少し不機嫌な陽菜と共に本日二回目のファミレスへ赴くことになった。
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