第8話 友人
五月下旬。
今日は中間テストの最終日。
三日にわたって行われたテスト期間も、ようやく終わりを迎えた。
「ようやく終わりましたね。笠井君」
「ああ。これで、一旦勉強から解放されるな」
相変わらずの西条モードで話しかけてくる陽菜は、ここ数日自宅でも大人しいものだった。
今回のテストに向けてかなり力を入れて勉強をしていたみたいで、その間俺は平和の時間を過ごすことができた。
「ねえ、陽菜。今日約束覚えてる?」
「はい、波留さん。楽しみですね」
陽菜と話をしているのは、
このクラスの学級委員長を務めていて、クラスメイトからも親しまれている。
恐らく陽菜が学園で最も親しい人物は、この南田さんだ。
休み時間など、よく一緒にいるところを目にする。
テストが終わり、この後の予定について盛り上がりを見せているクラスメイト達。
しかし、ぼっちの俺には関係のない話で……そんな騒がしくなってきた教室を一人静かに後にした。
いつものごとく学園の裏門まで自転車を押して、そこで少し待つ。
陽菜とは行き道は別行動だが帰り道は二人乗りで一緒に帰ることが日課となってしまっている。
……半ば強制的に。
「……来ないな」
教室で南田さんと何か約束があるような会話をしていたから、そのまま遊びにでも行ったのかもしれない。
「今日は、待たなくてもいいか」
独り言を呟いた時だった。
「誰を待ってるの?」
声がする方を振り返ると、クラスメイトの北野さんが自転車を押して近くまで来ていたことに気が付いた。
「あ、北野さん……いや、ちょっと一緒に帰る人がいたというか、いなかったというか」
「ふーん。もしかして、私を待っててくれてたり?」
「え、え!?いや、あの」
「ごめん、冗談。待ってる人って西条さんでしょ?」
「え……うん。なんでわかったの?」
「何度か二人乗りで帰っていくの見たことあったから……ね」
かなり周囲を警戒して行動していたのだが……まさか、見られていたとは。
「ゆ……笠井君。良かったら一緒に帰らない?方向同じだし」
「え?……うん。そうだな、帰ろうか」
俺たちはそれぞれの自転車に乗り、他愛もない話をしながら帰路に就いた。
「北野さん。テストどうだった?」
「うん。今回は少し難しかったけど数科目は満点の感触だったかな」
「俺は、いつも通り平均点より少し上ぐらいかな。北野さんは相変わらず凄いな」
「これでも、毎回学年一位の成績ですから」
帰り道の下り坂を駆け抜けるとあっという間に俺たちの地元に到着した。
その地元で有名な待ち時間の長い赤信号で俺たちは足を止める。
北野さんの家は、この信号を渡ったすぐの場所だった気がする。
「あ、あの笠井君。今、お昼前だね……もしよかったら、その……」
「あー、俺そういえば帰っても昼ご飯無いんだよな。北野さん、よかったらファミレスでも行かない?」
「う、うん。行きたい!」
清々しく承諾してくれた北野さんと俺は現在地からすぐそばにあるファミレスへ足を運んだ。
「俺は、ハンバーグ定食にしようかな」
「私は、トマトパスタにしよう」
平日ということもあってか、店内は空いていて注文した料理も短い待ち時間でやってきた。
「ねえ、笠井君と西条さんって……仲良いよね」
「え、そう?別に普通だと思うけど」
「よく教室でお話してるでしょ?」
「まあ、隣の席だしな」
「教室で二人のこと見てると楽しそうだなって思うよ。もしかして、その二人は……お付き合いしてたりするのかな?」
「え!?な、ないない!そんな事実ないよ!」
兄妹で付き合うなんて冗談じゃない。
「そ、そっか。……そうなんだ」
「俺って、ひ……西条さんと話してる時そんなに楽しそうにしてる?」
「逆かな?西条さんって他の人と話すとき淡々とした態度だけど、笠井君の時は自然体というか楽しそうに話してるよ」
あいつの自然体は、そんな生易しいものじゃない……とは言えない。
「笠井君も昔に戻ったみたいに見えるよ」
「え、昔?」
「あ、今のマイペースの笠井君を否定してるわけじゃないよ!でも、以前は勉強も運動も誰よりも頑張っててリーダーシップもあって何事にも一生懸命だった笠井君の顔つきに戻ってきてるような気がして」
そっか。昔の俺って、そんな人間だっだんだ。
「きっと、西条さんからいい影響を受けているんじゃないかな?」
「うっ、それは……まあ、勢いに巻き込まれているのは確かだな」
その後も、俺たちは昼食を食べながら談笑する時間が続いた。
▽▼▽▼
昼食を終えてファミレスを後にした俺たちは、今度こそ帰路に就いた。
「笠井君のお家、久しぶりに見た。相変わらず大きいね」
「うん。まあ、無駄に広いだけだけど」
「じゃあ、またね。今日は、ありがとう」
「いや、こっちこそ。ありがとう、
「え?」
自分でも彼女のことを、なぜ昔のように呼んだのかわからなかった。
「うん、またね!
思い出した。
女の子のようなその呼ばれ方が少し苦手だったことに。
彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから、俺は自宅の玄関のドアを開けた。
「遅い!結斗!どこで道草食ってやがった!?」
そこには、腕を組んでなぜか怒り心頭に発する陽菜が待ち構えていた。
「え、陽菜!?なんで家にいるんだ?どこか遊びに行ったんじゃ?」
「行ってねえわ!裏門まで行ったのに結斗の姿が見当たらなくてバスで帰る始末だし!帰ってきても昼飯は無いしで散々だ!」
「じゃあ、まだ何も食べてないのか?」
「仕方なくカップ麺食ったわ!折角、結斗の作った焼飯食えると思って待ってたのによ!」
「カップ麺作れたんだな。感心だ、兄は嬉しいぞ」
「バカにしてんじゃねー!」
最近、大人しかったことも相まって今日の陽菜の怒りのボルテージは相当高いように見えた。
「結斗……」
「なんだよ。焼飯なら今度作ってやるって」
「……さっきの女、誰だよ?」
「え?なんでそんなこと────」
「誰だって聞いてんだよ!ずっと玄関にいたから女の声がしたのは知ってんだぞ!会話までは聞き取れなかったけど!」
「え!?陽菜、俺が帰ってくるまでずっと玄関で待ってたのか?どれだけ焼飯食べたかったんだ?」
「うるせー!悪いか!」
大人しく待っていたなら忠犬のように可愛げがあるが、これではまるで駄犬である。
「北野さんだよ。同じクラスだから知ってるだろ?裏門でバッタリ会って一緒に帰ってきたんだよ」
「なんで私を置いて、そいつと帰るんだよ!?」
「お前、教室で南田さんと何か約束してただろう?だから今日は別行動だと思って」
「そうだとしても、なんであの女と!?」
「いや、地元同じだから帰る方角も一緒で。あと、北野さんとファミレスでご飯食べてきた」
「そ、そんなの放課後デー…………チッ」
「どうした、陽菜?思い詰めた顔して」
「あ、あの女。前から胡散臭いと思ってたんだ!」
「どこが?っていうか、陽菜にだけには誰も言われたくない思うぞ」
「北野……あいつ、教室でよく私や結斗のことチラチラ見てやがるんだ」
「あー、なんかそんなような事を言ってたな」
「やっぱりそうか!」
「別に見るぐらい良いじゃないか。北野さんは大人しくて優しい人だよ」
「うるせー!どうせ私はガサツで優しくねーよ!」
久々に陽菜の渾身の蹴りが俺のお尻に突き刺さる。
「痛ったい……陽菜!そういうところだぞ!まったく、そんなんだから─────」
俺の言葉を遮るようにインターホンのチャイムが音を鳴らした。
「来たか……結斗。話は、また後でだ」
陽菜は玄関の扉を開けて、客人であろう人物を招き入れる。
「お邪魔します。ここが陽菜の新しいお家か」
「え!?南田さん……?」
俺は家を訪ねてきたのがクラスメイトだったことに驚きを隠せなかった。
「あっ、笠井君がいる」
「いや、ここ俺の家だし」
「本当に笠井君が陽菜のお兄さんなんだね」
この時の俺は、陽菜と南田さんが深い関係の友人だということを知らなかった。
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