第7話 休日

 昨日、陽菜とデート?らしい外出をして酷く疲れた俺は深い眠りに落ちていった。


「…………っは!?ッ痛!?」


 パチンという大きな音と頬に伝わる強い痛みで俺は目を覚ました。


「おい!こら!起きろつってんだろう!」


 重いまぶたを開けると目の前には、パジャマ姿の陽菜が俺のベッドに腰かけて声を上げていた。


「ひ、陽菜?な、なんだ……頬が痛い」

「当たり前だろうが。ビンタして起こしたんだから」


 頬の痛みと陽菜の声で俺の意識は完全に覚醒した。


「なんて乱暴な起こし方するんだ!もっと優しくできないのか!」

「なんだ?ほっぺにチューしてもらえるとでも思ってんのか?この変態め」

「変態はお前だろう!っていうか、まだ7時じゃないか。日曜日なんだから、ゆっくり寝かせてくれ」

「起きろ、腹減ったんだ!今日は母さんと孝之さんが日曜出勤の日だろうが!誰が私の朝飯作るんだよ!」


 俺の胸ぐらを掴んで迫ってくる彼女に呆れてしまう。


「早くトースト焼いて、目玉焼きを作れ!私は朝に卵を食べないと気が収まらないんだ!」

「トーストぐらい自分で焼けるだろうが。卵は生のまま飲めば条件満たすだろう」


 指をボキボキと鳴らしながら、冷たい目つきで俺を睨んでくる。


「言いたいことは、それだけか?お兄様!?」

「……喜んで朝食を準備させていただきます。妹よ」


 ▽▼▽▼


 いつものように終わりのない言い争いをしながら、朝食を済ませた俺たちは家で二人きり。

 父さんと夕子さんは、いつもより早く仕事に出かけたようだった。

 今日は特に何も予定がない日曜日の休日。

 のんびり過ごすのも悪くないが……。


「さて、始めるか」

「ん?結斗。なにを始めるんだ?」

「庭の手入れと掃除だよ。いつもは父さんが定期的にやってるけど仕事忙しいし」

「あ~、この家無駄に庭広いよな。芝生とか植えてるし」

「そうそう。結構大変なんだよな」

「ふ~ん。仕方ねえな、私も手伝ってやるよ!」

「え、いいのか?二人でできれば確かに助かるけどさ」

「任せとけって!私、何でも器用にこなすからさ」


 そう言う陽菜と共に、庭の手入れを始める。


「じゃあ、雑草を端から抜いていくからな」

「はいはい。了解」


 なんだか素直に言うことを聞くなと思っていたが、それも束の間だった。


「あー!腰痛い。もう、無理!なんで手作業なんだよ?電動の草刈り機みたいなのないのか?」

「実はあるんだけど、調子悪くて……多分壊れてると思う」


 初めて10分ほどで音を上げて、だらけてしまっている。


「少し暑くなってきたが、あと少しだから頑張ってくれ」

「嫌だ!腰痛いって言ってんだろ!」


 さっきまでの威勢はどこへやら……。


「じゃあ、ホースで芝生に水を撒いてくれ。それぐらいなら、いいだろう?」


 明らかに不機嫌になりながらも、ホースを手に取って水を撒いてくれている。


「水の威力を弱めて優しく撒いてくれよ」

「わかってるって。このシャワーモードでやればいいんだろ」


 なんだかんだ言って協力してくれている事に感心していたのも、また束の間だった。


「う、うわ!なんだ!?」

「キャハハッ、全身水浸しだな。結斗」


 俺は背中から水を浴びせられたようで、びしょ濡れだ。


「陽菜!なにやってんだ!?」

「暑くなってきたって言ったじゃねーか。だから涼しくしてやったんだ」

「涼しい通りこして風邪引くわ!もういい!ホースを返せ!」

「あ!こら、引っ張るなよ!って、水がこっちにも」


 ホースを取り合った結果双方が水を浴びて、びしょ濡れになり庭の手入れは持ち越しとなった。


 ▼▽▼▽


「ふ~、サッパリした。ほらシャワー空いたぞ」

「もっと早く出て来いよ。こっちは、びしょびしょで待ってるのに」

「だから、一緒に入ろうって言っただろうが」


 戯言を言う陽菜を尻目に、俺は脱衣所に向かった。

 水で重くなった衣服を脱いで、温かいシャワーのお湯を全身で浴びる。


「まったく。これなら休日をのんびり過ごした方が良かったな」


 後悔の念に駆られながら、全身を綺麗に洗い終えて浴室を出る。

 脱衣所で体を拭き終えた後、衣服を着ようとしてのだが……。


「……ん?あれ……な、ない。パンツが……ない」


 昨日、下着替えで古いパンツは全部処分し新しく用意したパンツは洗って今はベランダに干してある。

 それでも予備にパンツを一枚、俺の引き出しに入れておいたのだが……。


「昨日間違って全部捨ててしまったのか……」


 さっき脱いだ濡れているパンツを履くわけにもいかず……苦渋の決断だったが、俺はそのままズボンと服を着て脱衣所を出てリビングへ向かった。


「おー、しっかり暖まったか?風邪ひくなよ」

「誰のせいで、こうなったと思ってんだ!?」


 まさか、今日をノーパンで過ごすことになるとは……。

 夕方には干してあるパンツも乾くから、それまで我慢だ。


「結斗、もじもじして何やってんだ?」


 何があっても陽菜に気づかれるわけにはいかない。

 もし悟られるようなことがあったら、俺は一生笑いものにされるだろう。


「……何か私に隠してないか?」

「は?え、なにが?何の話だ?」


 妙に鋭い陽菜が不敵な笑みを浮かべている。


「いや~もしかして、何か探してたのかと思ってさ」

「な、なんでそんな話になるんだよ。俺……自分の部屋で勉強してるから入ってくるなよ」


 これ以上話していると核心に迫られそうな気がした。


「結斗、私を見て……」

「……え?」

「私のこと、ちゃんと見て……」

「……ひ、陽菜?」


 少し気恥ずかしそうに、それでも真剣に俺のことを見つめながら話をする彼女から目を離せない。


「……え、え!?ちょっと、何やってんだ!?」


 突然、自分のズボンを下ろし始めた陽菜だったが流石にその姿を直視することはできず視線を逸らそうとしたが……。


「陽菜……なんで、俺のパンツを履いているんだ!」


 俺のパンツを身に纏って、堂々と仁王立ちしている姿に以前も似たような事があったのを思い出した。


「いやー、前から興味あったんだよな。これトランクスっていうんだっけ?男物の衣服って大きくてゆったりしてるから好きなんだよな」

「お前、どれだけ俺のパンツ好きなんだ!以前も頭に被ってたし!この変態め!」

「変態?どの口が言ってるのかな?知ってるんだぞ、このパンツが見つからなくて履くもの無かったんだろう?ノーパンの変態野郎」

「うっ!誰のせいでノーパンでいると思ってるんだ!俺のパンツを返せ!」


 パンツを奪還しようとしたが、前回と状況が大きく異なることに俺は気が付いた。


「そうだ!気づいたか?今回パンツを奪い返したかったら、結斗の手で私の下半身を露わにするということになるのだよ!」

「くっ、卑怯だぞ!」

「あ~あ。もしそんなことしたら、お兄ちゃんが強制わいせつ罪になるのか。もう私、お嫁にいけなくなっちゃうな~」

「……もういい」


 その時、俺の頭にさっきまであった倫理観は吹き飛んだ。


「陽菜、パンツは返してもらうぞ」

「え?何言ってんだよ?じょ、冗談だろ?」

「これは、わいせつ罪でも何でもない……。ただの治療なんだ。妹の捻くれた部分を取り除く治療だ」

「ち、近づくな!ノーパン!変態!」

「変態はお前だ!パンツを返せ!」


 もう、俺に躊躇はない。

 陽菜が履いているパンツに指を引っかけて力をこめる。

 

「ギャー!バカ野郎!本当にレディーのパンツを脱がせようとするやつがあるか!」

「何がレディーだ!しかも、これは俺のパンツだろうが!観念しろ!」


 そんな中、リビングの扉が開いたことに俺たちは気づかず激しいやり取りをしていた。


「ただいま、陽菜に結斗君。今日すごく早く仕事上がれて……って、なにやってるの二人とも!」


「「……へ?」」


 俺たちは、そこでやっと我に返り目の前に夕子さんがいることに慌てふためいた。


 その後、事情を説明することになり俺のパンツを履いている陽菜とノーパンの俺は正座をさせられて一時間程説教の時間は続いた。

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