第6話 デート

「結斗。週末の土曜日、出掛けるから空けとけよ」


 あれから数日経って今日は、その土曜日。


「結斗!準備できたか!?」

「だから部屋を入る前にノックをだな……」

「はいはい。本当に細かい奴だな」


 いつも通りのガサツな陽菜だが、そんな彼女の姿に一瞬目を奪われた。

 白いワンピースに身を包み、日よけ用の可愛いらしいハットを被っている。


「お!なんだ?見惚れちゃったか?」

「はぁー。これで性格に問題がなければ……」

「なにか言ったか?また、尻を蹴られたいのかな?」

「何でもありません……」


 つい心の声が口に出てしまった。


「あら、二人でお出掛け?」

「うん、母さん。これからデートに行くんだ」

「あら、そうなの。お熱いわね」

「こら、陽菜!誤解される言い方するな!」

「なにが?別に間違ってないじゃん」


 先日から、どういうつもりなのか……デートなんて言っているが。


「結斗と陽菜ちゃん、今から出掛けるんだね。今度どうかな?僕と夕子さんも交えてダブルデートなんてのは?」

「父さんまで、何をバカなこと言ってるんだ」


 呆れてこれ以上言い返す気にもなれない。


「陽菜ちゃん。残ったら返さなくていいから、楽しんできてね」

「はーい。ありがとうございまーす」


(父さんと陽菜、なんの話してるんだ?)


「ほら、行くぞ!結斗!」

「わかったから、腕を引っ張るな!」


 俺と陽菜は、両親に温かく見守られて自宅を後にした。


 ▼▽▼▽


 俺たちは電車に乗り、多くの人で賑わうショッピングモールに足を運んでいた。

 このショッピングモールは書店や飲食店、映画館などが多数あり老若男女を問わず人気の商業施設である。


「まったく!なんてつまらない映画だったんだ!」

「いや、お前いびきかいて最初からろくに見てないだろうが」

「冒頭三分ぐらいは見てたぞ。その間に私の心を掴めないなんて。駄作決定だな」

「……辛辣にもほどがある」


 ここに到着してすぐに見たい映画があると言うから付き合ったのに、この有様である。


「でも、あのキャラメル味のポップコーンは良かったな~」

「映画が始まる前に食べ終えて、その後寝てたんじゃ何しに行ったのかわからないな」

「うっさいな!美味いもん食えたんならいいじゃねえか!」


 それなら飲食店に入ったほうがコスパがいいだろうに……。


「それより良かったのか?お金、陽菜が出してくれてるけど」

「ノープロブレムだぜ。今は懐が温かいからな」

「ひ、陽菜……まさか遂に弱き者から喝上げでもしたんじゃ────」

「するわけないだろうが!どこまで信用無いんだよ!」

「冗談だよ。いつもの仕返しだ」

「結斗のくせに生意気な!……孝之さんに小遣いもらったんだよ」

「さっきの会話は、それか」


 俺のジョークで機嫌を損ねてしまったかと思ったが、彼女の表情はどこか柔らかい。


「あの、ずっと気になってるんだが……なんで急にデートなんか?」

「……そ、そんなの……い、言わせんなよ……」

「……陽菜。お前に恋する乙女のフリは無理があるぞ」

「おー!最近、私と過ごす中で先見の明が磨かれているようだな」

「おかげ様でな。もう、大抵の事では騙されないぞ……多分」


 今まで傍若無人ぼうじゃくぶじんのように振る舞っていた陽菜が真剣な表情で答えた。


「きっと……二人きりになりたいんだ……って、感じてな」

「もしかして、夕子さんと父さんのこと?」

「……いや、うん。再婚してからも仕事で忙しくしてるし。休日ぐらい家で二人きりに……な」

「それで邪魔にならないように俺を連れ出したんだな。良いところあるな、陽菜」

「だろ!?私、自分の気持ちに正直になりたいタイプだからな!」

「よく言うよ。学校での立ち振る舞いが正直な自分か?」

「本当に大切な気持ちと行動は一致しないものなんだぜ」

「んー?よくわからん」


 陽菜は、なぜか溜息をついてから俺の方をみて言葉を発した。


「今頃さ、二人きりで楽しいよ……って思ってるぞ」

「ああ。それなら、わざわざ俺たちが外出して二人きりにした甲斐があるもんな」


 次の瞬間、俺の背中に強い衝撃と痛みが走る。


「い……った!?え、なんで叩く!?」

「やっぱり結斗は、まだまだだな!」


 そう言った陽菜は、俺の手を取って駆け出した。


「ほら、昼飯食べて洋服屋に行くぞ。結斗の私服ダセェからな!」

「おい、背中痛いんだ。強く引っ張るなよ」


 ジャンクフードが食べたいとせがむ陽菜に付いて行ったり、俺の私服を選ぶ名目で明らかに不自然な服装を試着させられたりと散々玩具おもちゃにされて時間は過ぎて行った。


「う~ん、うまっ!このソフトクリーム!」

「はあー、疲れた」

「これぐらいで、バテるとか情けない。結斗も早く食べないと溶けるぞ」

「俺の心は溶けたいって言ってるよ」

「は?意味わからん。シャキッとしろ!」


 またもや俺の背中に痛みが走る。


「痛っ!いい加減暴力はやめろ!身が持たん」

「はあ、美味かった!まだまだ食えるな」

「聞いてないし。って、もう食べたのか?」

「おい、結斗のソフトクリーム溶けてるぞ。仕方ねえな」


 俺のソフトクリームを持つ腕を強引に掴んできて、豪快にクリームをかぶりついてくる。


「ん!やっぱり美味いな~」

「おい、勝手に食べるな!ほとんどクリーム無くなったじゃないか!」

「いいじゃん。私みたいな美女と供食できるなんて凄い光栄だろ?その残ったコーンも美味しいんだぜ」

「なにが美女だ!まあ、確かに凄いな。一口でクリーム丸のみだ……下品なサメがいいところだな」

「そうか……サメか。言い忘れてたけど私、人食いでもあるから……」

「え?何のことだ?って、痛い痛い!やめろ!」


 追い打ちをかけるように残ったコーンに俺の指も巻き込んで、かぶりついてきた。


「手に歯形付いたじゃないか!相変わらずとんでもない奴め!」

「人食いザメの歯の感触はどうかな?」

「そうだな!こんな都会にもサメがいるとは迷惑な話だ!勿論、お前は駆除捕獲の対象だ!」

「ほいほい、かかってこいよ!ぼっちのハンターさんよ!」

「あ、こら!店内で走り回るな!」


 それからショッピングモールで逃げ続ける陽菜を追いかける鬼ごっこが、しばらく続いた。

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