第2話 一方、勇者たちは――――
セリカが追放された翌日。 場所は教会。
勇者と聖女が、この町を拠点として魔族やモンスターを戦う事を宣言したため、2人のために作られた教会だ。
だから、この教会には勇者アーサーと聖女リアの2人しかいない。
「勇者さま、もっと可愛がってください」
「よしよし、良い子だ」
2人は1つの椅子に座っている。
向かい合った状態。 アーサーの膝上にリアはお尻を落として、彼の体に抱きついている。
「可愛い奴め」
そんな彼女を愛しそうな目をしながら、アーサーを頭を撫でるように、彼女の後頭部を掴み、自分の胸元に押し付けている。
「あぁ、ダメです。そんなに力を入れては呼吸ができなくなってしまいます」
「そうかい? それじゃ呼吸の仕方を教えてあげなきゃいけないね」
少しだけ、2人の間に空間が生まれる。 互いに見つめ合い、口と口とが――――
「――――おっと、失礼。教会で口づけとは、結婚式のリハーサルでも行っていたかね?」
いきなりの声、2人は驚き、弾かれたように離れた。
入って来た男は黒い服。どうやら神父のようであった。
「いやいや、続けて貰っても結構。 この地に住まわれる神々も、御2人を祝福されているでしょう」
「あまり、ふざけるなよ。キラン神父!」
アーサーに続いて、リアも抗議の声を出した。
「無礼ではありませんか? 立場をわきまえなさい」
勇者と聖女の2人の声には少なからず、怒気のようなもの籠っていたが、キラン神父と言われた男は肩をすくめて受け流してみせた。
「どうやら、我々のご忠告通りにセカイ・イノリを追放してくださったようですね。大変ありがたい」
「あぁ、それより本当だったのか? アイツのスキル――――『魔物食い』 その正体が、300年前の……」
「おっと、勇者さま。いくら、2人だけの教会だからと言って誰が聞いてるかわかりません。発言は慎重に」
「お、おう」とアーサーは、いまさらも他に人がいないか確か目始めた。
それが終わると、
「その教会に遠慮もなく、入り込んでいるキラン神父、お前は何だ?」
文句を言い始めた。 キラン神父は「これは失礼をしました」と誤りならも、心内で――――
(やはり、わかりやすい方だ。共に戦う仲間ですら性欲の対象としかみず、それを邪魔されると怒りを隠さない。 人間を超越した力も持ちながらも、非情に人間的だ)
――――そう馬鹿にしていた。
「しかしながら、外で仲間の方々がお待ちの様子。今日からは新しい仲間が合流する予定だったのでありませんか?」
「なに、もうそんな時間か。たしか、今日はダンジョン攻略の日だったな」
慌てて時計を確認する。そのまま、
「行くぞ、リア」と聖女を連れて、外に出て行った。
「いってらっしゃいませ」とキラン神父は頭を深々と下げた。その顔は2人を馬鹿にするような表情だったのは、誰にも見えない。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
「待させたな。神父の奴がする話が長くてよう」
教会の外には、神父が言っていた通り、魔法使いのエリスと弓使いのリュークが待っていた。
それに加えて、黒髪の女性が待っていた。
「よう! アンタが、レオン・ミカヅキか。強いだってな」
「強いかは自分じゃわからない。 私は抜刀術と高速移動を生かして前衛と後衛を――――」
彼女、レオンは挨拶もそこそこに、自分の得意なポジションや戦術の話を始めた。
これから、ダンジョンに潜るのだ。最重要の項目だったはずが――――
「いいよ、いいよ。そういうの」とアーサーはヘラヘラしながら手を左右に振った。
「それは、どういう意味で?」
「いきなり言葉で説明されても伝わらないって、ダンジョンで戦いながら確認と調整して行けば問題ないでしょ?」
「え? いや、しかし……」と続けるレオンの話しを誰も聞いていなかった。
(本当に良いのだろうか? こんな・・・・・・まるでピクニックでも出掛けるように緊張感がなくても?)
そんなことを考えていると、彼女の背筋に寒気が通った。
「今のは? 何か妙な視線を・・・・・・」
その視線の正体はアーサーだった。 舌舐めずりをしながら、レオンの後ろ姿を眺めている。
(良いよな。こういうプライドが高そうな女をベットの上で屈服させてやりたいぜ。セリカ・イノリも好みのタイプだったが、真面目過ぎて
彼はレオンをエロい目で見続けていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
勇者アーサーは、このダンジョンの完全制覇を目指している。
事前の調査で把握されている最深層は100層。
しかし、すでに彼らは、階層ごとに拠点を作りながらも90層まで攻略。
なんなら、今回のアタックによって完全攻略すら考えていたのだが・・・・・・
現代 ダンジョン攻略開始から7時間後。
アーサーたちは第56階層に到達。その階層の1体出現する階層主――――いわゆる、ボスと交戦を開始していた。
第56階層 階層主 『獅子頭の黒士』
ライオンの頭をした巨人。それが『獅子頭の黒士』という名前のボスだった。
大剣を振り回しての攻撃。時折、地面を踏み揺らし、地面に亀裂が走っている。
――――とは言え、勇者パーティが苦戦する相手ではない。
そのはずだった……
「おい! どうしたエリス! 魔力の威力が下がってるぞ!」
「そんなことを言っても! 詠唱をする隙が少ないのよ!」
「リューナは罠と遠距離攻撃で後衛へのヘイトを散らせ! レオン、お前は何をやってる、もっと前に出ろよ!」
新しく加入したレオンは、困惑していた。
「くっ!(なんだ、これは?戦線が崩壊目前じゃないか。これが本当に勇者パーティなのか?)」
「だったら、ここは強引に行かせてもらう――――真鳴流抜刀術 鳴走り」
中衛。前衛と後衛と前後を移動して、パーティのバランスを取っていたレオンだったが、ここで初めて攻撃に集中する。
神速と言える高速移動から放たれる抜刀術。 瞬時に『獅子頭の黒士』まで肉薄すると、その胸に刺突――――剣を突き付けた。
彼女の突きが転機になった。
リューナは、弓から矢を放った。 無論、ただの矢ではない。
矢先に爆薬を仕込んだ特殊な矢だ。 それが『獅子頭の黒士』の頭部に着弾。
強い衝撃と爆音が叩き込まれ、『獅子頭の黒士』が大きくバランスを崩して倒れた。
「・・・・・・おっ! 今だ! エリスは魔法を叩き込め、俺も前線で攻撃に集中する!」
こうして『獅子頭の黒士』は倒されたのだが・・・・・・
勇者パーティたちはその場で座り込んだ。
休憩と言うよりも、激しい疲労から動けなくなったようだ。
そんな様子にレオンは不信感を抱く。
(聞いていた話とずいぶんと違うではないか? まだ、56層だぞ)
これでは、100層の完全制覇どころか、90層まで到達することなんて不可能としか思えなかった。
だが、レオン以上に困惑していたのは、勇者たち本人だった。
「どういうことだ? 思ったように戦えない。敵も妙に強く感じる」
理由は単純だ。 専門の前衛がいないからだ。
迫って来るモンスターに対して、重装備の前衛が体当たりをしてでも動きを止める。
それだけでも、パーティ全体の安心感は大きく変わって来る。
しかし、彼等はそんな事にも気づかない。 なぜなら、前衛という馬鹿にしていたからだ。
彼らは、こう考えている。
『モンスターを相手に力で動きを止める。それって本当に必用か?』
なまじ、彼らは勇者パーティに選ばれた精鋭である。
魔法使いのエリス 聖女のリア 弓使いのリューク。彼女たちは後衛であれ、単騎でも強敵と言われるモンスターを相手に1対1で戦うこともできた。
そのためにチームプレイ―――― 前衛の重要さが抜け落ちていたのだ。
しかし、それでもセリカ不在の大きさに気づき始める者もいた。
「なぁ、やっぱりちゃんとした前衛が必用だったんじゃないか?」
それは弓使いのリュークの発言だった。
「さっきの階層主、罠を使っての足止めが有効だったから良かったけど、さらに下の階層主になったら罠を見破る賢い奴に、そもそも物理的な罠が無効なんてふざけた奴も・・・・・・」
彼女は元狩人だ。 良くも悪くも、前衛を囮に見立てて戦う戦法には秀でていた。
「おいおいおいおい! 何を勘違いしてやがる!」
しかし、勇者アーサーはそれを認めることすらしなかった。
「俺たちが
「理由って言われても・・・・・・」と詰め寄られてリュークはタジタジになっていた。
「俺たちは強い。そこらの階層主だって1人で倒せる。でも、何が起きるのかわからねぇのがダンジョンだろ? それを補い合うのが仲間じゃないか!」
仲間を鼓舞するような振る舞い。それは、まるで演説だった。
「きっと何か別に原因があるはずだ。さぁ! みんなで協力して困難に立ち向かおう」
言っていることは無茶苦茶だ。
しかし、セリカを追放した事が失敗だったと彼、勇者アーサーは認めたくなかった。
そのため、問題を原因不明の不調とすり替えてしまったのだが、不幸にも彼には勇者として強い
「そうよ、セリカがいなくなっただけで、ここまで私たちが戦えなくなるはずがないわ」
「た、確かにエリスさまの言う通りです。もしや、聖女である私にも知覚できない呪いが存在しているのかもしれません。調べて見ます」
「なるほど、それじゃ私は毒物が打ち込まれていないか調べる。エリスは、幻覚魔法について調べてくれないか?」
「もちろん、すぐにやるわ!」
「み、みんな・・・・・・」と仲間たちが協力している光景に感動して涙まで浮かべていた。
そんな様子を1人離れて見ていたレオン・ミカヅキは・・・・・・
(なんの茶番だ、これは?・・・・・・こ、これが、こんなのが勇者パーティ? 本当に大丈夫なのか?)
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
3日後、ダンジョン完全制覇を宣言していた勇者パーティが町に帰還。
しかし、前回の90層どころか、60層での帰還であった。 ダンジョン完全制覇は失敗に終わる。
この日を境にして、勇者パーティの活躍は鳴りを潜めていくことになる。
本来ならば、修復も可能であった小さな歯車の欠片。 それが大きな矜持によって、認められず、やがて大きな崩壊が訪れることになるのだが、それはもう少しだけ後の話になる。
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