追放女騎士 地上最強の料理人と旅をする(宗教上の理由で追放されました)

チョーカー

第1話 前衛女騎士は追放される 宗教上の理由で

「セリカ・イノリ! この勇者パーティから追放する」


 冒険者ギルドに隣接した酒場。 そこで彼女は追放を告げられた。


「どうして! なんで私が――――」


「そう激昂するな。目立つだろ」


 追放を告げた彼――――勇者 アーサーは、そう言って窘めた。


 セリカは前衛の女騎士。その屈強な体は長身であり、190センチある。


 確かに彼女が勢いよく立ち上がれば周囲から視線を集めてしまう。


「――――っ!」とセリカは言葉を飲み込み、座り直した。


「追放する理由…… それはつまり…… 」


 アーサーは言いずらそうだったが、やがて覚悟を決めたように、短く言い放った。


「宗教上の理由だ」


 その言葉にセリカは唖然とした。


「それは何かの冗談で私を馬鹿にしているのか? それとも――――本気で私を馬鹿にしているのか?」 


 しかし、アーサーは首を横に振った。それから、自分の横にいる聖女リアと目を合わせた。


「今日、教会から使者が来て教えてくれた。最近、君が会得したスキルが、教会の教えに背くものだと…… あとは、わかるね?」 


 スキル――――要するに特殊能力の事だ。凶悪なモンスターを倒すなど、特殊な条件で身につく事がある。 


 しかし、勇者の言葉はセリカに取って屈辱だった。


「私は……君たちの事を大切な仲間だと思って来た。君たちの判断なら従う。しかし、それが――――教会の使者に言われたからだと? 他者から言われて私を追放すると言うのか?」


「君だって理解していたはずだよ」とアーサーはため息をついた。 


「我々は教会から、大きな支援を受けている。 加えて、教会最大の人材と言える聖女であるリアを仲間としての同行を許して貰っている」


「それを理由に、仲間である私を追放するのか? 同行を許さないと言っているのか!」


 それは裏切りに他ならない。 彼女は感情が制御できずに再び立ち上がる。


 だが――――相手は勇者パーティだ。 彼女の怒気に、素早く反応して武器を構えて臨戦態勢を取っていた。


 勇者 アーサー・レイア


 真面目で正義感の強い……とされている。


 だが、女性関係にだらない。加えて、権力や金銭に従順な所がある。 


 戦闘では剣術と光魔法を駆使し、指揮官として冷静に仲間を導く存在になるのは事実だ。

 

 聖女 リア・セラフィム


 優しく穏やかな性格でパーティの癒し手(?)。治癒魔法と支援魔法を使い、仲間を回復し戦場をサポートする。


 魔法使い エリス・フォルティス


 知識豊富で冷静な思考の持ち主(この人の評価は本当)。氷魔法と雷魔法を操り、遠距離から的確な魔法攻撃を行う。


 弓使い リューク・バーナ


 明るく快活で俊敏な戦士。精密な弓術で遠距離攻撃を担当し、狙撃と情報収集に優れる。


 そんな彼ら勇者パーティと斬り結ぶ。 戦いという日常が、激怒していたセリカを急激に現実に引き戻していった。


(私は何をしようとしているのだ?)


 ほんの数時間前まで、一緒に戦っていた仲間。 数年間、共にした仲間たちと武器を交えようとしている現実。


 激高していた感情から彼女は冷静さを取り戻した。


「わかった」と彼女は剣から手を離す。


「君たちとは、これでお別れだ」


 しかし、それで終わらなかった。


「いや、君の装備はパーティの共有資産だ。返してもらおうか?」


「――――君は私に裸になれと言ってるのか? こんな公衆の場で?」


「まさか、俺たちは勇者パーティだぜ? 決して悪党じゃない。武器と鎧だけで良い……今はな?」


 アーサーはゲスな笑みを浮かべていた。 前記した通り、彼は紛れもなく実力者であるが、女性に対して非常にだらしない性格をしている。 


 こんな時ですら、セリカの裸を想像していたのかもしれない。


「ちっ!」と舌打ちだけを返し、セリカは剣と鎧を素早く外して突き返した。


 彼女の装備は最上位の物だ。


 勇者パーティは毎日のようにダンジョンに挑み、最奥の部屋で『アイテム』を得る。また、世界中の鍛冶師が、最新の武器を献上してくれる。


(最高最新の装備だったが……幸いにして、装備に愛着を持つ前だった)


 そんな事を考えながら、セリカは酒場を出た。何か勇者たちが怒声を放っているようだが、関心を失った彼女には届いていなかった。


 夜道を歩きながら、セリカは自分の腕を見た。


「宗教上の理由……かぁ」と彼女の腕には刻印が刻まれていた。


 これは彼女が特殊スキルを手に入れた証明だ。 皮肉な事にその スキルが――――


『魔物食い』


 ――――だったため、勇者パーティを追放させられたのだ。


 ・・・


 ・・・・・


 ・・・・・・・・・


 それから3か月後。彼女は砂漠にいた。


 それは、ある噂の真偽を確かめるためだ。なんでも――――


『モンスターを調理する地上最強の料理人がいる』


 ただの料理人が何を大げさな。 最初、セリカもそう思っていた。


 しかし、彼――――『シロウ・ムラサメ』の噂を追い始めると、納得した。


 曰く――――武術と料理の融合者


 曰く――――世界唯一、ドラゴン調理師免許保持者


 曰く――――全生物無差別級の料理王


 曰く――――近代ダンジョン料理の最高峰


「ここまで来ると脚色され過ぎていると思うのだが――――」


 そんな異名が呼ばれ、否定する者がいない。それがシロウ・ムラサメの実力を裏づけている。


「少なくとも、私にとって必要なのは――――モンスター料理の専門家。どうしても彼に会わなければ……」


 ――――こんな砂漠にまで来た意味はない。


 太陽はカンカンと照りつけている。 ジリジリと皮膚を焦がすように強烈な紫外線。


 無料提供されているはずの空気は灼熱に変わり、猛毒の食事のように喉にダメージを与えて来る。


 直射日光を遮るために羽織ったマント。焼けつくような日差しを防いではいるものの、砂漠の熱気がこもり、体内の熱が増していく。


 熱気が逃げ場を失ったかのように、全身が汗でじっとりと包まれていく感覚がした。


「まるで、自然が人間を拒んでいるような大地だ。 けれども――――」


 彼女は足元を見た。 そこには自分以外の足跡が残っている。


 人工的な遮蔽物が皆無な砂漠でありながら、まだ風で足跡が消されていない。


 自分より、少し前に人が歩いていた証拠だ。 こんな場所でも人間が生きて暮している。


「凄いなぁ……砂漠の民か。人間の底力は、どんな場所でも関心させられる」


 そんな感想を述べ、また歩き始めたセリカであったが、急にその足が止まった。


 そのまま「むっ!」と身を低くした。


 視線の先、確かにあったはずの足跡が消失していた。


「罠か?」と警戒心を持つ。  最初に連想したのは盗賊。しかし、すぐに掻き消す。


 こんな開けている場所で隠れることのできる盗賊はいない。


「ならば――――」と彼女は取り出したナイフを投げた。 狙いは足音が消えた辺り。


 ゴッゴッゴゴゴゴゴゴ――――と大地が揺れ始めた。


 地面に潜むソレが攻撃を受けた事で怒り狂っているのかもしれない。


 そして、ソイツが地面が姿を現した。地下に潜んでいた魔物の正体。


 そのモンスターの名前は――――


 砂漠蛇竜デザートワーム


 蛇竜とあるが、その全貌はドラゴンというよりもミミズに似ている。ただし、巨大なミミズだ。


 体長は30メートルはあるだろう。 いや、それ以上か?


 そのサイズ感――――とても、人間が1人で戦うようなモンスターではない


 顔は、東洋妖怪ののっぺらぼうのように目も鼻も口もない。


 だが油断してはいけない。その顔には凶悪な顎と牙が隠されているのだから・・・・・・。 


 きっと、砂漠の地下に潜み、自らを罠として獲物を丸のみにして生きてきた。 そういう怪物だ。


「これは幸いと言うべきだろうか? どうやら、まだができるようだ」


 自分の前を歩いていた足跡の持ち主。 きっと、砂漠蛇竜デザートワームに丸のみされて腹部に収まっているに違いない。


 旅の間、前を進む足跡を見て、奇妙な仲間意識が芽生えていた。 だから――――


「ここで逃げの選択肢はなし。ならば、助け出してみせる!」


 セリカは腰の武器を抜いた。 彼女の武器は刺突専門の剣だ。


 しかし、フェイシングで使われるような細剣ではなく、むしろ逆。


 刃の部分は、丸太のように太い。そのため切味はなく鈍器のように使う武器。


「久々に使うが、やはり手に馴染むな」


 彼女は装備の全てを勇者たちに返却した。しかし、この武器は、勇者パーティに加入する以前の武器。


 強敵との戦いで手に入れた武器であり、


『その武器は勇者の仲間として見映えが悪い。なんと言うか・・・・・・狂暴な見た目をしている』


 そう勇者たちに言われて、使うことを止めていた武器だ。 


 それを迫り来る砂漠蛇竜デザートワームに向かって――――


「叩きつける! それから吹っ飛べ!」


 グチャ。 売れた果実が地面に落としたような音。それが連続して――――


 グチャ。


 グチャ。


 グチャ。


 セリカが鈍器を振り回して、蛇竜に打撃を与えている音だ。


「ほう! 予想以上に生命力が高い。これでも動き続くことができるのか!」 


 今度は蛇竜が反撃する番なのだろう。 


 その隠していた口を開き、牙を見せる。 セリカを一口で飲み込むように――――だが、できない。


 彼女は後ろに取れるように牙を避け、その下顎に向けて蹴りを放ったからだ。


 口内から牙が折れる音が聞こえた。


「可哀想、もう何も食べれないわね」と彼女は続けて、手にした武器の本来の使い方――――


 つまり、刺突を放った。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


「おかげで助かりました」


 頭を下げているのは砂漠蛇竜に飲み込まれていた家族たちだった。


 想像通り、彼等は砂漠の民であり、自分たちの集落に招待してくれたのだが……


「本当に食べれるのですか、それ?」と彼女は、準備されている料理の材料から目が離せなかった。


 なぜなら、その材料は彼女自身が倒したモンスター、砂漠蛇竜だった。


「心配しなくても大丈夫です」


 そう言うの家族の主人だ。 今、調理してくれているのは彼自身だ。 彼は、ニコリと笑顔を見せながら――――


「この地方の伝統的な料理です。それにドラゴンは極上の肉を言われています」


「いえ、それはドラゴンと言うより蛇竜ワーム……」


 だが実際、彼の手際は良かった。 慣れた手つきで、砂漠蛇竜の体から砂を取り出していく。


 それから、蛇竜の肉を味付けのために調味料につけている。


 鍋には、グツグツと油が熱しられている。


(揚げ物? しかし、油で揚げただけで、この香り・・・・・・)


 漂ってくる料理の香り。それは彼女の意思を無視して、「くぅ~」とお腹を鳴らせた。


(だ、誰に聞こえてませんよね? 恥ずかしい・・・・・・)


 顔を真っ赤に染めていると――――


「はい! 完成しましたよ。この集落では獲物にとどめを刺した者が最初に食べる決まりがあります。どうぞ、遠慮せずにお食べください」


 机に並べられて料理――――『蛇竜ワーム揚げ物フリット


 切り取れた肉が衣に覆われている。 


 それだけなら、まるで鳥の唐揚げにしか見えない。


 原料を知っていながらも、これなら美味しそうに思えて来るのは不思議だ。


「あぁ、それではいただくとしよう」


 覚悟を決めて口に運ぶ。 その味は――――


「~~~ッ!」と彼女から語彙力を奪い去って行った。 


「っ、っ、っ! あぁ、これはいけません。想像以上に美味しいです」


 サックサクの衣。 噛むと「私はジューシーです」と主張するように旨味が広がっていく。


「あぁ・・・・・・! ご飯は? ご飯はありませんか!?」


(出された料理以上の物を要求するのは失礼。わかっています! えぇわかっていますとも! でも、仕方がないでしょ!)


 主人は、柔和な笑みを見せながら、ご飯を運んできてくれた。


「あぁ、最大限を感謝を! ふぅ~~~」


 彼女は口内に広がる唐揚げ味――――生姜やニンニクによる下味が爽やかな風味を産み出し、凝縮された旨味が舌の上に広がってくる。


 それを、ほんのりと甘味のある白米で、


 送り込むように、


 送り込むように、


 送り込むように・・・・・・ 止まらない。 


「・・・・・・ん~! 唐揚げに白いご飯がよく合います!」


 皿にある、ほっかほかの唐揚げがなくなるまで、長い時間は必用なった。 


「ごちそうさまです。大変、素晴らしい料理でした」


「ありがとうございます。そう言っていただくと幸いです」 


「それにしても、この砂漠蛇竜を伝統料理にしているとは……まさか定期的に狩っているのですか?」


「はい」と主人は頷いた。 しかし、それは凄いことである。 


 上位冒険者なら砂漠蛇竜を倒せる者は少なくない。 だが、普通の人々が創意工夫を武器に蛇竜を狩っているなら、それは驚愕すべき事だ。


「この集落に砂漠蛇竜の狩り方と調理法を考えてくれ者がいたそうです。彼の名前は――――」


 シロウ・ムラサメ


 その名前はセリカの尋ね人の名と同じ物だった。


「シロウ・ムラサメを知っているのですか! 私は彼に会うために、ここまで来たのです!」  

 

「え? それは、難しい事だと……」と主人は激しい動揺を見せた。


「彼、シロウ・ムラマサが砂漠蛇竜の狩り方と調理法を、この地に伝えたのは100年近く前です」


「え?」とセリカは、その言葉の意味が理解できずに聞き返した。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 一方、その頃――――『王家の墓ダンジョン』


 砂漠の地下に隠されたダンジョンに1人の男が挑んでいた。


 黒い髪に、黒い瞳。 まだ未発達な少年のように小柄な体の持ち主。


 白い衣服に身を包んだ彼の姿は料理人そのものだった。


 そして彼の足元には、戦いに敗れた砂漠蛇竜が数匹も倒れている。


 そんな彼――――シロウ・ムラマサは、何かに気づいたように天井を見上げた。


「……へぇ、1人で蛇竜を倒せる者がいるのか? 目的の物を手に入れたら、会ってみるか」


 誰に聞かせるわけでもなく、小声でつぶやくと、ダンジョンの奥を目指して歩き始めた。

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