第3話 地上最強の料理人とスーパーファラオ

 現代 


 王家の墓ダンジョン 最深層にて


 黒髪の少年、シロウ・ムラサメは戦っていた。 


 小柄な彼が両手に掴んでいる大きな武器は────斧槍ハルバート


 斧と槍が一体化した武器であり、対人戦闘用に鎌もついている。ある意味では豪華な武器であるが、扱いは簡単ではない。


 そんな武器を振り、戦う相手は────3匹の獣。


 薄暗いダンジョンでは、全貌は分からないが、


 大型猫化動物に良く似た形状。それでいて頭部には奇っ怪な仮面。


 すなわち、獣の正体は―――― いや、正体の考察をする時間すら与えられないようだ。


「流石に速いな」とシロウは後方に下がり、獣の攻撃を避けた。


「それに不規則で、しなやかな動き・・・・・・厄介な敵だ」


 獣たちは、一直線に向かってくるのではなく、左右前後に素早く入れ替わりシロウを翻弄するようにコンビネーションを使ってくる。


 そして、飛び上がるとシロウの頭をめがけて────


「だが、攻撃の瞬間は単調だ。噛み付きか、爪による切り裂きだけ」


 キンと甲高い金属音が響く。 斧の部分で牙と爪の連続攻撃を弾くと、その弾いた勢いを利用して、斧槍を反転。 棒術のように柄の部分で打撃を与え、地面に叩き落とす。


「まずは1匹、そして2匹目だ!」


 次に攻めてきた獣の牙。迫り来る顎であったが、彼はその中心を目掛けて、槍先を走らせた。


 だが、問題は3匹目だ。 機動力の高い獣は、既にシロウの真横。


 彼の武器は2匹目の獣に深々と突き刺さっており、すぐには抜けなかった。


 獣とは言え、知能は高いらしい。絶対の勝機に笑みが顔に浮かんでいる。


 シロウはその顔に向け、斧槍から離した片手を向けると────


放たれよ炎ファイア


 彼の手に凝縮された魔力が短詠唱によって、火の光に変わった。


「約束通り、これで3匹目だ。出てこい、古代王ファラオよ!」


 火属性の攻撃魔法によって、薄暗かったダンジョン深層に灯りが生まれた。


 それにより倒された3匹のモンスターの正体が明らかになった。


 王家を守護する神秘の怪物、すなわちスフィンクスであった。


「ほう、スフィンクスを葬り去るほどの魔法も持っていたか。ただの墓荒しではないようだな」


 その声はシロウの頭上から聞こえてきた。 


 部屋の上部を旋回するのは、巨大な、それでいて黄金の輝きを持つ鳥。


 ハヤブサを神聖化した神の化身。 それに乗っているのは、黄金の仮面を付けた王。


 このダンジョンの主――――ファラオだった。


「良いだろう、墓荒らし。褒美として、俺様と手合わせする権利を与えよう」


 ファラオは杖を構える。 それは神々の力ネチェル・ヘカと呼ばれる杖。


 膨大な魔力の渦を作り、周囲に黒い稲妻を走らせている。


「見せてもらうぞ、その神の秘術。人の位置まで叩き落してやる」


「……」


「……」


 両者、無言で睨み合う。 緊張の糸が切れた瞬間、激しい戦いが開始されるだろう。


 しかし――――


「……」とシロウ。


「……」とファラオ。


 不自然なくらい無言が続いていた。


「なぁ、お前も気づいているだろ?」


「あぁ、なんだあれは? 墓荒らし、貴様の友達か?」


「いや、アンタの従者じゃないのか?」


 部屋の隅、柱の影で様子を窺っている女性――――セリカ・イノリが隠れていた。


「えっと……? 何の用件だ?」


「えっ! 私ですか!」


 慌てた様子にセリカが影から飛び出して来た。


「シロウ・ムラサメさんですよね? 私はセイカ、セリカ・イノリと申します」


「あぁ、俺がシロウ・ムラサメで間違いないが……」


「実は、シロウさんに師事させていただきたい事がありまして――――」

 

 がっははははは・・・・・・と大きな笑い声。 それはセリカの声をかき消すほどに大きかった。


「墓荒しごときに弟子だと? 面白いではないか、もしも俺様に勝てば、その願いを叶えてや────」


 ファラオは最後まで言えなかった。 


「その言質、いただきます!」


 彼女は見えない階段を駆け上るように、ファラオの位置まで近づいて武器を手にしていたからだ。


「なにっ! 何だ、その武器は!」

 

 流石のファラオも、丸太のような武器を向けられて冷静さを失う。


「おのれ!」と周囲に出現させた黒い稲妻を、まるで質量のある剣のように変化させ、一斉に放出させた。


 着弾。


 それらは、セリカの体に接触すると同時に、黒い稲妻に戻った。


 稲妻に込められた膨大な魔力は、爆弾と変化して、周囲を爆風に包んだ。 


「……やったか?」とファラオは笑った。疑問符の言葉とは裏腹に勝ちを確信しての笑みだった。


 しかし――――


 爆風から抜き出た黒い影。 無論、セリカ・イノリの影だ。

 

 セリカは無傷であり、今も――――


 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」と獣じみた咆哮を発しながらも、ファラオに向かって、空中を走っていた。


「なに! なぜ、どうやって俺様の攻撃を防ぎ切った!」


「答える道理は、一切ない!」と彼女は鈍器をフルスイング。


「ぬっ!」とファラオの周囲に魔力の防御壁が構築された。


 だが、それに意味などあったのだろうか? 


「その防御壁ごと、吹き飛べ!」


 カッキーン! 


 そんな快晴音が鳴り響いた。 


 ファラオは、防御壁ごと天井に叩きつけられ、そのまま地面に落下していった。


 こうなると、いくら周囲を魔力の壁で囲ったところで、中にいるファラオにも大きなダメージが入るだろう。


 しかし、ファラオは立っていた。 代名詞である杖で体を支えながら、辛うじて立っていたのだ。


「や、やるではないか、弟子希望の女。こ、ここまで俺様が追い詰められたのは、数千年ぶりだ。誇れ、今から本気を出す!」


「くっ!」と追打ちを仕掛けようとしたセリカは攻撃を止めた。


(どうやら、ハッタリではないようですね。ボロボロだったファラオに膨大な魔力が流れ込んでいくのがわかります)


 ここは『王家の墓ダンジョン』だ。 砂漠に埋もれているから、外見ではわからないが、逆ピラミッドの形をしている。


 つまり、最深層になるにつれて小さく……ダンジョンが生み出すエネルギーを効率よく最深層にいるファラオに送りやすく作られた人工ダンジョンだ。


「見せてやるぞ! これが本物のピラミッドパワーだ……すなわち、俺様こそがスーパーファラオだ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……とダンジョンが揺れる。 力をファラオに譲るように、動いているのだ。


 その力を得た超ファラオは、黄金の輝きを得た。


 その姿、ここから更なる激戦を予感させる。 一方、それを離れた位置で見ているシロウは――――


「うむ」と戦いを肴にして、何やら琥珀色の液体を手酌で飲んでいた。


「俺は、別に弟子にするとは一言も言っていないのだが……」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


 セリカとファラオの闘争が始まって3時間が経過している。


「超ピラミッドパワー!!!」とファラオは叫ぶ。


 ダンジョンから供給され続けている膨大な魔力は、肉体にも変化を与えていた。


 魔力による擬似的な筋肉を得て、マッチョになった彼の動きは瞬発力スピードが常人離れしている。


 しかし、それでも────


(────っ! おのれ、簡単には近寄れぬか!) 


 人間の目では、捉えることも困難な超スピードで翻弄しながらの攻撃。


 だが、それもセリカには届かない。 間合いに入る瞬間に彼女の反撃が飛んでくるのだ。


(大降りの武器を持ちながら、なんと言う反射能力! 一瞬の速度だけなら俺様の速度すら凌駕している。 だが、何か妙だ・・・・・・)


 セリカはカウンターに徹している。 反撃を放つ一瞬まで微動だにせず、目を閉じている。


 だからこそ、3時間という長丁場の戦いを実現させている。ファラオは、そう思い込んでいたからこそ、違和感に気づくのが遅れたのだ。


(どれだけ体力を温存させているとは言え、殺し合いは精神の削り合い。心体ともに疲労がない? そんな馬鹿な)


「・・・・・・ならば試すか」とファラオは、物理的な攻撃を止めると距離を取り始めた。


 魔力を解放する。 


 最初に見せた黒い稲妻が彼を覆う。 ただし、量も、威力も、範囲も格段に上がっていた。


 その稲妻は、


 ガガガガガと


 地面を噛み砕いて前進する巨大生物のように、セリカに丸のみにした。


「うむ、杞憂であったか。これを避けれぬようでは、どちらにしてもお前の弟子には相応しくなかろう、なぁ? 墓荒し」


 ファラオは悠々と、酒を飲んでいるはずのシロウをみた。しかし、すぐに異変を感じ取った。


「どうした? なぜ、震えている?」


「古代の王、ファラオよ。この圧力、この魔力、お前は思い出さないのか?」


「なに? ・・・・・・いや、待てよ。これはまさか」


 ファラオはセリカの方を見た。 今も黒い稲妻はその場に留まり、荒れ狂っていた。


しかし、確かに稲妻の内部から声が聞こえてきた。


「────極悪スキル『魔物食い』発動!」


 風が吹いた。ダンジョンの最深部には風の通り道など、存在しないはずなのに・・・・・・


 次の瞬間、セリカを包んでいた黒い魔力が膨張、大きく膨らんだと思った次の瞬間には、弾けとんだ。


 姿を見せたセリカ。砂が混ざった風が、彼女を守るように包んでいる。


 それを見たファラオは、笑った。 高らかに笑い声を響かせた。


「これは傑作だ。本物の『魔物食い』の能力・・・・・・貴様、砂漠蛇竜を食らったのか!」


「笑わないでください、少しだけ不快です」


 セリカは「ムッ」とした表情を見せた。 もしかしたら、少しだけ恥ずかしかったのかもしれない。


「魔物を食べる事で力を得るスキル・・・・・・」


 ファラオは過去を思い出すように語り始める。 


「だが、それは能力の一部に過ぎない。 本来は、食した魔物の特徴を魔法によって再現する力。お前、いくつ魔法をストックしている?」

  

「人のスキルをペラペラと好き勝手に言ってくれますね。ないのですか、デリカシー?」


「ふん、使えるのは砂漠蛇竜の力だけではなかろう。その驚異的な怪力に加えてスタミナやタフネスは何を食らった? オークか? それともトロールか!」


「失礼な。普通に鍛えた結果です」


「・・・・・・それは、普通に化物の部類ではないか」


 ファラオには余裕があった。 広範囲、高威力の攻撃魔法。ダンジョンから供給させ続けられる肉体強化。 それ以上に、彼が自信があるのは鉄壁の防御壁。


 何人なんびとにも侵されない聖なる領域。


 だから、どれほど攻撃を受けてもダメージを受けることはない。


 少なくとも、彼はそう考えていたのだが・・・・・・


「その自信と共に、防御壁を打ち砕かせていただきます。────吶喊とっかん!」


 ファラオは目前のセリカが消えたように見えた。 


 それほどまでに鋭い踏み込み。大きく体を沈ませてから、加速した彼女の肉体から突きが放たれた。


 刺突。


 防御壁が削られ、溢れ落ちた魔力が火花に変わる。


 そして、突きの先端から防御壁に亀裂が走った。


「むっ!」とファラオは亀裂に向かって手を伸ばす。 


 物理的に抑えるためではない。直接、触れて魔力による補修を試みたのだ。


 しかし、このチャンスを逃すセリカではない。 


「もう一撃────吶喊!」


 すぐさま、2撃目が叩き込まれる。 今度は突きに、大きな捻りが加えられていた。


 ガガガガガガガガッッッ  


 まるで削岩機のように音を上げて、今度こそ


 ファラオの防御壁を破壊し尽くした。 そして、無防備になった体を貫いてみせた。


「うむ」と確認するように自信の体を見る。


「忘れていた。これが1万年ぶりの死か」と諦めた。


「見事と言うしかあるまい。 人の力を凌駕するスキル『魔物食い』を持ちながら、人の力で俺様を討ち滅ぼすか」


 ファラオは、シロウの方を見た。


「約束通り、この娘を師事してやるがよい」


「・・・・・・なに?」


「魔物食いのスキル、お前とは因縁深いものであろう」


「・・・・・・」と無言で答えるシロウだった。


「俺様とて、今となってはモンスターの分類に過ぎぬ。再び甦るにしても1万年後か、明日かもしれない。今生の別れ、最後の頼みというやつだ」


 ファラオは、この国を支配する王であった。 しかし、繁栄した王国は暴走した。


 より強く、より長く、民は完璧な支配者を望み。王はそれに答えようとした。


 禁術に次ぐ禁術の重ね合わせにより、不老不死の王は誕生した。


 民は歓喜した。歓喜・・・・・・それは狂乱であり、やがて狂乱は国を滅ぼし、不死身の王を地下に封じ込む。 もう少しだけ、もう少しだけ、禁術に蝕まれた王が人間でなくなっている事に早く気づけば、歴史は変わっていただろう。 


 それがファラオというモンスターのストーリー。あるいは堕ちた英雄伝であっ

た。 

 

「なぜだ? あの『スキル』を持っているとは言え、初めてあった女に、そこまで肩入れする義理があるとは、とても思えないが・・・・・・」


「わからぬのか? ただ、面白いからだ」とファラオは心底呆れたような表情になった。


「おそらく、これは運命や宿命と言われる物。それは俺様の命で結びつけるなど・・・・・・これ以上の傑作はあるまい」


 それだけ言うとファラオの体は崩れ始めた。 その姿が保てなく直前に


「俺様は喝采するぞ。ファラオたる者、討つ者に呪いを与えるのが常套だというなら、俺様は従わん。ただただ、勝者に祝福を」


 それだけを叫び、彼の姿は消えた。 その最後は、まるで砂漠の砂のようであった。

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