第25話

九月に入り二週間ほどで防具と道着が届いた。

朝練のうちに届いた道着を服飾部から借りてきた洗濯板を使って洗う。

道着を洗う朱利たちの手はみるみるうちに青く染まっていった。

「結構青くなるでしょ。昔は体が青くなるのが面白おかしくてはしゃいでたけど、授業もあるからね」

朱利たちは頃合いを見て道着を広げ、日に透かしてみた。

「あれ、朱利の道着黒くない?」

朱利が茅と黒の道着を見る。二人とも同じ紺色の道着。

「洗い足りないのかな」

「いや」と言いながら志姫が道着を見る「カラー番号を間違えた感じだな」

それを聞いた朱利の顔から血の気が引く。

「結構慌てたよね」

「どうしよう。茅みたいにもう一着頼んだ方がいいかな」

「あれは個人戦用の白道着――て、気いちゃいない」

呵々と志姫が笑う。

「大丈夫、大丈夫。紺も黒もそんな変わんないよ」

「――はい」

朱利が青くなりながら返事を返した。

昼食になり、そぼろおにぎりに味噌汁それと雑炊を平らげ朱利が横になる。

「――寝たね」

相も変わらず気持ちよさそうに寝ている志姫をみてそう呟き、朱利は更衣室に向かった。

同じように茅と黒も更衣室へと向かい、自身の木刀を手に外に出る。

「考えてることは一緒かぁ」

茅が木刀を使って伸びをしながら言う。

「一緒、か。じゃあさ試合に向けて思ってること、言ってみようよ」

せーの。と朱利たちが息を吸う。

『勝ちたい』

少しずれたが、三人の声が重なった。

ふふ。と黒が最初に笑い、股割り素振りの構えをとる。

朱利と茅も構え、いつもより遅く志姫が起きてくるまでひたすらに竹刀を振るった。

朝に手洗いし干していた道着は放課後にはすっかり乾いていた。それを取りこみ朱利たちが袖を通す。

「お、おぉ。変な感じ」

「動かないでね。んで、この紐を――」

狭い更衣室内で志姫が一人一人着付けしていく。

「まだ、着られている、て感じだけど。うん」

呵々と志姫が笑う。

朱利たちもお互いに道着姿を見合っては「似合ってない」と口々に言って笑った。

「よし、じゃあ鍛錬をはじめようか」

『はい!』と朱利たちが返す。

「お互いに、礼」

朱利たちと志姫が向き合い一礼。

ふぅ。と一息置いて志姫が胴、垂、面の具足を身に着ける。

「――竹本先輩が防具着けたところはじめてみた」

体を強張らせながら朱利がぼそりと呟く。

志姫は疾うに立っているというのに朱利たちは立てないでいた。

「どうかしたか?」

その言葉にハッとして慌てて朱利たちが立ち上がる。

「それじゃ――朱利構えて」

志姫の前で朱利が構える。

呵々と志姫が笑った。

「怖がるな、臆するな。私は風吹きゃ倒れる案山子だ。朱利は烏じゃないだろう?」

朱利が一度大きく深呼吸をする。

「よしよし。それじゃあ改めて剣道の有効部位はこの籠手と胴、そして面だ」

志姫が構え、朱利の竹刀と振れる。

「踏み込み練習したよね。あの感じで打ってきて」

竹刀を大袈裟にずらし、志姫が籠手を晒す。

そこへ竹刀を振りかぶり、ぺちりと朱利が叩いた。

「そんなんじゃ蚊も殺せないぞ。強く、しならせて、そして打ったら『コテェー』と腹から」

再び朱利が振りかぶり「こてぇー」と打ち込む。

志姫はうなずくと竹刀を茅に向けた。

「こてー」と茅が打ち込むと志姫はうなずき黒へと構える。

「こてぃ」と黒が打ち終わると再び竹刀を朱利に向け、頭を垂れ面を打たせ、両腕を上げては胴を打たせた。

一通り打たせたところで志姫が竹刀を納め、面を脱ぎ小体育館の隅に置かれた小太鼓前に移動した。

「よし、今有効部位を打った感覚を忘れないうちに面を打つことを意識しての正面素振り百本、胴を意識しての左右素振り百本、籠手を意識しての股割り素振りを百本。どれからでもいい、自分のペースで私が太鼓を鳴らすまで素振りはじめ!」

志姫が一の太鼓を鳴らした。


朝洗ったというのに、おろしたての道着は汗を吸っては体を青く染めていく。

朱利が顎にたまった汗を袖で拭きとったときだった、志姫が二の太鼓を鳴らした。

「蹲踞。納め刀」

『ありがとうございました』と三人が言った後、朱利は天井を仰いだ。

「どう?道着を着るといつもより身が引き締まるでしょ」

志姫が冷えた麦茶を朱利たちに手渡しながら言った。

「なんというか、今までのは準備で。むしろ今からはじまりなんじゃ、そう感じて」

「そっか。ただね、黒が打ち込んできたとき感じたよ。日々の素振りしっかり意識してるんだな、て。そう思わせる力がある黒は私からみれば、はじめから一歩先に進んでるよ」

呵々と志姫が笑い朱利と茅を見た。

「もちろん二人もね」

朱利は眉を下げたかと思えばわざとらしく頬を掻き。茅は嬉しそうに目を輝かせた。

「あのさ」と上機嫌で着替える茅の横で朱利が言う「竹本先輩の竹刀と自分の竹刀が触れたとき力の差、みたいなものを感じてさ。竹本先輩はああいってくれたけど本当のところはどうなんだろう」

朱利の問いに誰も答えられなかった。

十月某日。朱利たちは竹刀一本と木刀一本を竹刀袋に入れ、市民大会が開催される運動公園の競技場へ門無と共に向かった。

「競技場はあっち。けど、志姫はあっちだかんら」

門無に連れられ朱利たちは運動公園の端、像を模った滑り台がある公園へと向かった。

そこに志姫がいた。土の上、素足で股割り素振りをしている志姫のまわりの土は汗に濡れ泥と化してた。

「志姫」

門無が呼びかけ、振り向いた志姫に手拭いを投げる。

「サンキュー」

志姫はペットボトルの水を頭からかぶり汗を落とし拭いて朱利たちの方を見た。

「おはよう。連絡してた物、持ってきてくれた?」

「はい。えっと、大学ノートと書けるもの、あと竹刀と木刀でいいんですよね」

「大丈夫だね」

志姫は残りの水を飲み干した。

「それじゃあ、行こうか」

改めて競技場へと向かう。中にいる人は中学生から老人まで幅広い。

各自が素振りや調整をしてる中を志姫が迷わず進む。

志姫が手招く方へ朱利たちが「すみません」と人と人の間を縫い進んでゆく。

進んだ先、志姫が何人かの人と話しては頭を下げている。

「こちらの方たちは県の警察官。で、今からアップをするんだけど、その中に雑じっての素振りをお願いしたから。私は着替えてくるからなにかあったら門無に言って」

改めて一礼し、志姫が女性更衣室へと向かった。

「よ、よろしくお願いします」

朱利たちは木刀を取り出し警察官と共に素振りをはじめた。

ほどなくして道着に具足を身に着けた志姫が姿を見せた。まわりが紺や黒色の道着の中、白い志姫の姿は目立った。

「急な申し出、受けて下さりありがとうございました」

志姫が丁寧に一礼すると警察官の方たちは笑顔で答えた。

「どうだった」

試合場に移動する中で志姫が朱利たちに聞いた。

「力強かったです。あ、いや性別がどうとかじゃなくて」

「力を抜くところ、入れるところが明確でした」

朱利のフォローをするように茅が言った。

「足腰の使い方も違いました。なんというか柔軟で」

「三人とも、もう立派な武士だな。足りないこと違うことちゃんと意識できてる」

呵々と志姫が笑った。

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