第23話

六月も過ぎ、日も伸び暑さが増す七月。

額一面に汗をかき、汗を垂らし素振りを続ける朱利たちの形はよくなっていた。

「蹲踞。納め刀」

『ありがとうございました』と一礼する朱利たちの頬を汗が伝い床を濡らす。

「それにしても」と朱利が茅の頭を見る「短く切ったね」

肩のあたりまでだった髪を茅は短く、ボブカットにしていた。

「暑くなるし、それに面をつけるんだし」

「私も、もう少し短くしようかな」

ウルフミディアムな黒が癖毛のある髪を梳いた。

「ちょっといいかな」

三人が談笑しているところに志姫が声をかける。

「明日からの日程ね」

鎬原高校の夏休みが明日からいよいよはじまる。

「部活は基本朝四時からで十時ごろには終わる感じだから」

「朝四時って、早朝四時ですよね?」

朱利が掛け時計を見た。

「そう。いわゆる暑中稽古って奴。涼しいうちに集中して鍛錬しよう、てこと。まあ、いるだけ顧問だから熱中症になったらヤバイとかもあるんだけどね」

呵々と志姫が笑う。

「それに、三人の宿題もあるしね。バイト、気を付けてね」

「竹本先輩ありがとうございます。ほんと、朱利のせいでいくつ落ちたか」

「私のせい?」

大袈裟な朱利を見て黒が鼻で笑った。

釣られるような形で茅が笑い朱利が笑う。

「おし、着替えて掃除しようか」

『はい!』と朱利たちが返事を返す。


朱利たちが掃除してる中、志姫は狭い更衣室を掃除していた。

「肥えて狭くなるだけ、て言ったんだけどな」

綺麗に折りたたまれた竹刀袋を手に取り志姫が呟いた。

「竹本先輩、掃除終わりました」

「あいよ」と朱利の声に返事をし、竹刀袋を三つ手に持ち更衣室を出る。

外に出るや否や朱利たちに竹刀袋をみせる。

「それは?」

「あいつら――私の友人が使ってた竹刀袋だ。防具とかと一緒に置いていきやがってな。これで竹刀を持って帰って、自分で中結とか結んでみな」

どこか嬉しそうに志姫が言う。

まずは。と志姫が黒に一枚を手渡す。

「これは一番忍耐強かったヤツのだな」

「ありがとうございます」

黒が感慨深い表情をみせる。

次に茅に一枚。

「こいつは一番博識だったヤツのだな」

「大切に使わせてもらいます」

茅は受け取ると腕一杯に抱きしめた。

「――京紫」

志姫が手渡す前に朱利が竹刀袋を見て呟いた。

「この竹刀袋はいつも私を支えてくれてるヤツのだな」

「――大事にします」

竹刀袋を持ち、神妙な顔持ちをする朱利たちに対して呵々と志姫が笑う。

「余計な一言を付け加えたかもしれないが、使わないって置いてった奴なんだし。なんならカレーうどんの汁でもこぼしてやれ」

志姫がそういうと朱利たちの顔が少し柔らかくなった。

素振りに加え摺り足や踏み込みといった、足の稽古もはじまった暑中稽古。

足裏の皮が捲れ。マメをつぶし。ひたすらに竹刀を振り続け、気が付けば八月も末。

始業式が近づく中、朱利ははじめての給料を下ろしていた。

「うわ、え、すご」

入部前に比べ厚くなった指で封筒の中にあるお札を何度も数える。

「たぶん、足りるよね」

そう何度も呟きながら、封筒の入った肩掛け鞄を守るようにして志姫たちを待った。

集合場所近くの音響信号機が鳴る。ちらりと朱利が目をやると、荷を置いて呼吸を整えている和服姿の老婆がいた。

朱利は視線を上に向ける。朱利の場所は日陰だが、照り付ける日光はそれ以外の場所を容赦なく焼いていた。

再び朱利は老婆に視線を向けたかと思えば、視線をあちらこちらに泳がせ逡巡した様子で足を出してはひっこめた。

下に向けていた顔を上げ日向の方へ一歩踏み出す。

駆け出そうとした朱利の先で老婆は青年に連れられ、無事に横断歩道を渡り切っていた。

日光が立ち尽くす朱利を焼く。

「お、早いな」

志姫が後ろから声をかける。

「そこにいると暑いだろう。こっちに来な」

「はい」と声を落として言う。

「――責めるより一歩踏み出した自分を褒めなきゃ」

志姫は誰に言うわけでもなく、姿勢を楽にして言った。

「お、来た。よし、行こうか」

志姫に続いて朱利も日向を歩き出した。

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