第21話

「もう良くなったんだ」

四時限目の終わり提出物がある茅を待つ間に、朱利が黒の左手に出来たマメを覗き見て言ったかと思えば、自身の左手を見て右手を見た。

「どうかしたの?」

「右手にもマメが出来ちゃってるな、て。意識しないと力抜けなくて」

「――あのとき根性論で素振りしなくてよかった。きっと変な癖がついたと思う」

ほどなくして来た茅と共に小体育館へと向かうと煮炊きしているような匂いがする。

朱利が鼻を利かしながら中へ入ると志姫が電子コンロの熱加減を調整していた。

「お、来たね」

志姫はそういいながら電子コンロの上、黒い鉄器の木蓋を持ち上げお玉でかき混ぜた。

香りが小体育館へと広がってゆく。

「もしかして、味噌汁ですか?」

「そ、正解」

朱利は鉄器を上から覗いた。茄子の入った味噌汁が沸々と煮立っている。

電子コンロを囲むように座布団を敷き座り込む。

志姫が購買部から持ってきた椀に味噌汁をよそり朱利たちへ箸と共に手渡す。

「もう温かいじゃなくて熱くなってきたからね、きな粉牛乳代わりの味噌汁ということで」

『いただきます』と朱利たちが冷ましながら一口。

「――おいしい」

そう、声を漏らしたのは黒。

「別に特別なことはしてない、市販の味噌を溶かして購買部から貰った野菜の端材を入れただけだよ」

呵々と志姫が笑う。

「でも、黒の言う通りおいしいです」

ね。と朱利が黒に言うと「うん」とどこか嬉しそうに答えた。

各々がおにぎり、サンドウィッチを頬張り味噌汁を啜る。

「悪いな茅、事前に言っておくべきだった」

「そんな、気にしないで下さい。私、パスタとご飯が一緒でも大丈夫ですから!」

「――それ、ドリアとかリゾットなんじゃ」

ぼそりとこぼす朱利に対して茅が睨みを利かす。

呵々と志姫が笑う。

「とにかく大丈夫なので。それで、お味噌汁の方をお代わりしてもいいですか?」

「ごめんな、残りはシメに使うんだ」

「シメ、ですか?」と聞き返す茅の前で、志姫がタッパーの最前列の塩にぎりを味噌汁の中に放り込んだ。

「で、こいつを入れる」

野菜の端材と共に貰った卵を溶き入れ木蓋をし、電気コンロの熱を強める。

「もしかして雑炊ですか?」

「そ、味噌雑炊。下品に思うかもしれないけど昔から汁かけ飯が好きでさ。特にこの味噌雑炊が好きなんだ」

黒の問いに対して嬉しそうに志姫が答えた。

「なんだか林間学校を思い出します」

「飯盒か。うまくできた?」

「べちょべちょでした」

はは。と朱利が笑う。

「私も門無に指さされて笑われたよ『米が針山』て」

黒がちらりと朱利を見た。朱利は視線には気づかず志姫の話に耳を傾けている。

「ああいう細かい、微細なことは門無の方が一日の長があるからね。いや、米炊きの事で大袈裟か」

呵々と志姫が笑う。

泡ぶき木蓋の抑えが利かなくなってきたところで電気コンロを切り少し蒸らす。

「あ、そうだ」と、志姫が雑炊を取り分けながら言う「防具揃えなくちゃな」

「防具、大体いくらぐらいになるんですか?」

黒が椀を受け取りながら聞いた。

「大体、十万ぐらいかな。でもあいつらが残していった防具があるし、入るやつ取り繕えば大丈夫だって」

志姫は雑炊をずずっと掻き込んだ。


三時限目の終わり朱利が慌てて席を立った。

「どうかしたの?竹本先輩に用事?」

「ううん。ただ、ちょっとね」

すぐ戻るから、と朱利は教室を飛び出した。

「あの」と息を切らしながら教室を覗き見る「門無さんはいますか?」

「お、朱利ちゃんじゃん。どしたん?志姫にでもイジメられたん?」

「いえ、違くて。えっと」

「あー、もち冗談だから、とりま落ち着こ。はい、吸って吐いてー」

言われるがまま朱利が深呼吸を繰り返す。

「それで、ほんとにどったん?」

「あの、私たち防具をそろえよう、てことになって。その、門無さんにとって防具、てなにかなって。えっと、急に変なこと聞いてすみません」

「うんや、いいよ。要は竹刀が刀だとすると防具はなんなのか――いんや、そんな堅苦しい話でもなくて防具を買おうか悩んでる、そんなところっしょ」

「はい」と朱利が答えると門無が大笑した。

「簡単に言えば防具は戦場における具足。んで、最悪その具足を着こんだまま死ぬんしょ?だから私にとって道着も防具も死装束」

門無はそういうと端末を取り出し一枚の写真をみせた。

そこには京紫に染めた道着姿の門無が写っている。

「派手っしょ。まあ、それが私の死装束。死装束が選べんなら、やっぱ綺麗に着飾りたいじゃん?まあ、その分値段は張るけどさ」

四時限目開始前の予鈴が鳴る。

「おっと。じゃあ私から一言、悩んでるなら買っちゃえ。三年、いや二年間自分を綺麗に見せるファッションだと思えば安いもんしょ?」

「門無先輩、ありがとうございました」

朱利が一礼をし廊下を駆けだす。

「――立派なマメが育ってんじゃん。がんば」

そう、ぽつりと門無が朱利の背へ呟いた。

「へえ、門無先輩がね」

四時限目の終わり、小体育館へ向かう前に朱利は門無に相談したことを茅と黒にも話した。

「死装束、ね。確かに死んだ後に着せられるのが古着っていうのは嫌だな」

「えっと、それで。みんなで新しいものを買おうと思ってるんだけど」

「いいじゃない。私も防具はともかく道着は買いたかったし。でさ、朱利ってお金あるの?」

「――ない」と朱利が足を止める「貯金、ないです」

はぁ。と茅がため息を吐く。

「じゃあ、それも含めて竹本先輩と相談しないと」

小体育館へ着くといつも通り志姫が白い道着に着替えていた。

その普段通りの姿を朱利がまじまじとみつめる。

「ふふ、なにか用があるんだね」

目を細めながらそういう志姫に対して朱利が素っ頓狂な声を上げる。

まごつく朱利の背を茅が押した。

「あっと、その、防具の事なんですけど。自分たちで揃えよう、て話になって」

「いいじゃない。あいつらの防具を取り繕って、菊池寛の『形』みたいになったらどうしようか、とは思っていたから」

呵々と志姫が笑う。

「あ、はい。で、その、買うお金がないのでアルバイトをしたいんですけど。いいですか?」

「もちろん」と志姫が軽くうなずく「それならいいバイト先があってね、神社の御子なんだけどさ」

志姫がそういうと朱利だけ視線を少し下げ、一度目を閉じたのち顔を上げた。

「ありがとうございます。ただ、バイトを探すところからはじめたいんです」

一瞬、眉を少し上げたかと思えば憂いの晴れた表情を志姫がみせた。

「うん、それがいい。さて、形に負けない実力を身につけないとね。今日から股割り素振りをやっていくよ」

はい!と朱利たちが返事を返した。

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