第18話
「玉竜杯?」
朝練の為、ジャージに着替えていた茅が朱利に聞き返した。
「高校剣道三大大会の一つなんだって」
「それがどうしたの?」
「でようよ、私たちで!」
朱利がそういうと黒が鼻で笑った。
「でれるわけないじゃん。自分で言ったでしょ『高校剣道三大大会』だって」
「そりゃ、そうだけど」と朱利が口ごもる。
「そもそもなんで急に玉竜杯にでよう、なんて言いだしたの?」
「実はさ――」
そういって朱利は端末を取り出し、画面をみせる。
『たまりゅう 剣道』という検索複歴が残っていた。
「座布団とかしまってある、あの小部屋の中で『目指せ、玉竜』て書かれた和紙を見たんだ。もしかしたら竹本先輩はでたかったんじゃないかなって」
「ああ、なるほど、繋がった。昨日の話ね」
「なんのこと?」と黒が茅に聞く。
茅は昨日の帰り道での話を黒に話した。
「――なるほど。この話また後でしようか」
そうだね。と外で待つ志姫の元に朱利たちは急ぎ、動的ストレッチからのランニングをはじめた。
走りから戻って、息を整え、膝立ち伏せをはじめる。
じわりと汗ばむ手を拭きながら十回、二十回と腕を曲げては伸ばす。
「さ、三十!」
やりきるなり反動をつけ起き上がり、朱利が長く息を吐き仰いだ
そんな朱利の隣、腕を後ろにまわし足をだらんと投げて茅が荒く呼吸をし、黒がお腹を押さえている。
「よし、もう一セットやろうか」
志姫がそういうと朱利と茅は息を呑み、汗を手拭いでぬぐい「はい!」と声を上げた。
朝練を終え、着替えを済ませた朱利たちに志姫が「ちょっと」と声をかける。
「地獄茶を用意したんだけど、飲む?」
「地獄茶、ですか」そう、朱利が一歩引いて聞く「それって漫画とかであるスペシャルドリンク的な奴ですか?」
呵々と志姫が笑う。
「ごめん。地獄茶は私なりの冗談。これは金瘡小草茶だよ」
「金瘡小草、キランソウ――確か昔、植物図鑑でみたような」
茅が頭を軽く叩く。
「薬草かなにか、なんですか?」
「そうだね。民間薬で使われることが多くて、お腹の調子を整える効果があるって教えてもらったんだ」
黒がまっすぐ志姫を見て「いただきます」と小さめの湯飲みに口をつけ一気に飲み干した。
飲み干した後もケロッとしている黒をみて朱利と茅も湯飲みに手を付ける。
「もし、体調が悪くなるようだったら言ってね。それじゃ、昼に」
朱利と茅が一礼し出ていく中、黒が足を止め振り返った。
「竹本先輩。気にかけていただき、ありがとうございます」
「心配はしてないんだけどね。黒はちゃんと自分のこと理解しているみたいだから」
黒は嬉しそうにし、小さく一礼をした。
「道本さん、どうしました?」
四時限目も後半、まだかまだかとそわそわしていた朱利は英語科の先生に指摘された。
「あ、いえ」と若干裏返った声で朱利が言うと、クラス内の視線が一瞬集まる。
おもむろに教科書を立て、朱利は顔を隠した。
英語科の先生が丁寧に一礼し顔を上げるとちょうどに、四時限目終了のチャイムが鳴る。
待ってましたとばかりに朱利が席を立ったかと思うと、脛を机の足にぶつけた。
「いっ!」
「さっきからなにやってるの」
茅が呆れた様子で言う。
あはは。と足をさすり、机に掛けてあった鞄を手に朱利が立ち上がる。
教室を出るとちょうど向こうの方から黒が歩いてきた。
「それで」と朱利が朝の話をふる「どうしたらいいと思う?」
「玉竜杯はあまりに実力不足すぎて話しにならないけど、試合で結果を残すていうのはいいと思う」
「となると、一年生大会とか?」
朱利が端末を取り出し「剣道 一年生大会」で検索をかける。
端末をみつめていた朱利が眉を寄せた。
「どうしたの?」と茅が足を止めた朱利に言う。
「うんと。一年生大会の結果とか新人戦の結果とか、そういうのはヒットするんだけど、肝心の大会日とかわからなくて」
朱利は端末をしまい駆け足で茅たちにより、歩を合わせる。
「それは、竹本先輩に聞いてみるしかないでしょ」
そんなことを話しながら歩いていると、小体育館前で志姫先輩とオドオドした女子生徒が話し込んでいた。
「――部長さん?」
「誰?」と朱利が茅に聞く。
「写真部の部長さん。志姫さまと何話してるんだろう?」
志姫と話していた写真部の部長が何度か頭を下げ、朱利たちの方に向き直った。
「あ、茅ちゃん」
茅の方に小走りで寄るが、なにもないところでつまずきそうになり、茅が体を受け止めた。
「部長さん、変わりないですね」
「うぅ、頼りない先輩でごめんね。わたしがもっとしっかりしてれば」
茅は写真部の部長の肩から手を放し、頭を振った。
「部長さんのせいじゃありませんし、頼りないなんて思ってません。私が剣道部と写真部で迷ったとき、相談に乗ってくれたじゃないですか」
「茅ちゃん」と、写真部の部長は笑顔を見せる「なんだか大きくなったね」
ところで。と茅が志姫となにを話していたか聞く。
「大したことじゃないんだ。茅ちゃんのことが気になってね。でも、志姫ちゃんと一緒なんだから心配する必要なかったんだよね」
「部長さん。ありがとうございます」
それじゃ。と手を振る写真部の部長に茅も手を振り返す。
「いい部長さんだね」そう、黒が言って目線を部長に向ける「また、転びそうになってるけど」
はは。と茅が笑みをこぼす。
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