第17話
「遅れました!」と息を切らしながら茅が小体育館に入ってくるなり、竹刀を持つ朱利を見て口をパクパクと動かした。
「この泥棒猫!」
「いや、意味わかんないし」
ちょうどこのやり取りの中、黒も小体育館前に来ていた。
「外まで聞こえてきたけど。なに、修羅場?」
一礼して入ってくるなり、黒はそう呟く。
呵々と志姫が一つ笑うと三人にジャージに着替えるように言った。
更衣室から出てきた朱利たちを、志姫が用意していた竹刀の前に座らせる。
「この前話したけど竹刀は刀、武士にとって魂。もう武士なんていないけど、こうして形に残っている」
朱利たちがまじまじと目先の竹刀をみつめる。
「それじゃ、持ってみようか」
「はい」と朱利たちが竹刀を手に取り立ち上がる。
志姫は竹刀を持つ手を見ては嬉しそうにうなずいた。
「しっかりと見取り稽古の成果がでている」そういって黒の方を向く「黒、朱利たちの持ち方をみて」
黒は朱利の方を見て、野球のバットを持つようにくっつけていた右手と左手を離した。
「竹刀の持ち方はそう。次に構え」
志姫が木刀で構えを作り、それに倣い朱利たちも構えをとる。
「黒、力み過ぎだ、力を抜いて。茅は右手の親指が上を向いてる内へ握るように。朱利は構えが下過ぎて剣先が高くなってる、左手はヘソの当たり」
志姫が一人一人をみてまわり、再び朱利たちの前で構えた。
「腕の動きだけを真似して。左手を中心に頭の上まで振りかぶって、ヘソの辺りまで振る」
志姫の動きに合わせて朱利たちも振りかぶっては、振り下ろした。
呵々と志姫が笑う。
「はじめてにしては上出来。後は悪い癖がつかないように、いいところを見て、盗んで、振るだけだ。よし、ゆっくり五十本振ってみようか」
「はい!」と朱利たちが返事を返す。
ゆっくりと振りかぶって振る。それがかえって緊張感を作り出していた。
じんわりと汗を掻きながらひたすらに剣を振る。
「四十五、四十六――五十!」
真っすぐな志姫の剣に対して朱利たちの剣はブレていた。
休憩を挟みながら時間の許す限り、ゆっくりなじませるように剣を振るう。
志姫が掛け時計を見た。
「蹲踞――」
志姫に合わせてふらつきながら朱利たちは、爪先立ちで八の字になるよう膝を曲げる。
「納め刀」
構えていた竹刀を返し鍔の上、峰の部分を左手で持ち一礼した。
ふぅ。と黒が深く息を吐き漏らす。
「大丈夫か?」
「はい。ただ、こんなに体を動かすことなかったので」
「そっか。無理はしないように、あくまで部活なんだし学生の本分は探求と追求なんだから」
黒は「はい」と返すと掃除の為に朱利たちの後を追った。
部活も終わり、その帰り道。疲れからか、いつもより沈んでいる朱利の肩を茅が叩いた。
「どう?『義』はみつかりそう?」
「ううん。今はまだ、でもそれでいいんだって」
朱利がそういうと茅が再び肩を掴んだかと思うと激しく揺さぶった。
「こーの、泥棒猫!やっぱり志姫さまと話してたんだ、二人きりで!」
「やーめーて」
されるがままの朱利がそういったかと思うと「ふふ」と笑い出し。茅も釣られて笑い出し、肩から手をどけた。
「ごめん」
「いいよ。本当に竹本先輩好きなんだね。でも諦めたんでしょ?」
「それは卒業した後。今は、ね」
「卒業」と朱利が茅の言葉を繰り返す「ねえ、竹本先輩に恩返し、じゃないけど返せるものあるかな?」
「そういえば今朝も竹本先輩のこと聞いてたね。うーん、返すモノか」
朱利と茅はその場で考え込んだが結局いい案は思いつかなかった。
「ただいま」
そう、明らかに疲れた声色で言いながら玄関を締める。
自室に向かうなり鞄を放り投げ、自身も引きっぱなしの布団の上に飛んだ。
枕を抱え丸くなる朱利の視線の先には姿鏡が。
だるそうに朱利は起き上がり、姿鏡の前に立つと拳を固め突き出した。
当然、鏡の朱利もやり返してくる。
「負けないぞ――て、戦ってどうする。ラブだよ」
一人ボケてツッコミんだ朱利は、背中から布団に飛び込むと端末を取り出しいじりだす。
ふと、朱利の手が止まったかと思えば「これだー!」と叫んだ。
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