第15話


朱利たちが小体育館に向かうと、入り口前の踊り場でジャージ姿の茅が膝に手を置き頬杖をついていた。

「あれ」と朱利が辺りを見渡す「竹本先輩は?」

「ん」と茅がふくれっ面で小体育館横を指さした。

蔦が絡みついた金網の向こうに朱利が目をやる。

姿はみえないが竹本先輩の声がした。

「この向こう、て?」

「プールみたい。はぁ、せっかく組んず解れず、二人っきりでストレッチしてたのに」

朱利たちが来ないため、茅は志姫とストレッチをしていたが、今年から始動する水球部が掃除をはじめると、人手が足りないということで志姫はそっちに向かった。

「そういえば手首の方はどうなの?」

「少し痛むけど、大丈夫」

「そっか」と朱利は茅からプールの方へ視線を移す。

「呼んだ方がいいのかな?」

「そうね」と茅が立ち上がる「竹本先輩、朱利たち来ました!」

若干、猫なで声まじりな声音で茅が呼ぶと濡れた様子の志姫が姿を見せた。

「おう、今そっちに行く」

水球部に戻ることを伝えた志姫が金網をよじ登り小体育館側へと飛び降りてきた。

手についた土を払い、捲っていた袖を伸ばし朱利たちをみる。

「遅れてすみませんでした。道本は体調の悪くなった私のことを診ててくれて」

黒はそういって頭を下げた。朱利も慌てて頭を下げた。

「今はどう?大丈夫か?」

「平気です。よくなりました」

「なら、よし!」

志姫は呵々と笑った。


小体育館に一礼して入ると志姫は朱利に三人分の座布団を用意するように言った。

『心技体』を背にするように志姫が座り、その前に朱利たちが座る。

黒が腕まくりしだしたのを制して志姫が言う。

「今日は座学をやろうと思ってね。だから姿勢も楽なものにして」

志姫はそういうと正座を崩し安座になった。朱利たちも倣い、各々楽な姿勢をとる。

「黒は知らないと思うけど、今朝一悶着あってね。それで、て訳でもないんだけど、ちょうど部活動見学も終わるし『剣道』について少し話そうかなって思ってね。朱利には一度『心技体』の『心』について話したと思うけど、その続きね」

志姫が一つ息を吐く。

「剣の道と書いて剣道というように元々は刀、木刀、蟇肌竹刀を使った剣術の稽古で、木刀を使った稽古では死人もでていた。そこで蟇肌竹刀が開発され、防具の発展と共に竹刀が生まれたんだ。そして剣術の稽古は廃刀令後も紆余曲折の道をたどって、今日まで至り現代剣道になった。でね、こっからは私の妄想なんだけど、剣道が続いてきた理由は『武士道』を肌で感じられるからなんじゃないかなって思うんだ」

「武士道――」と朱利がぼそりと言う。

「言葉自体は聞いたことがあると思うんだ。『武士道』は儒教の五徳、仁義礼智信が基盤とされている。基盤故に絶対ではない、だから『武士道』は人それぞれ思想が異なる。だけど、異なる思想の中でも合致するものがあって、それを真似ようとする人が現れる。例えば弱きを助け強きを挫く、とかね。そんな思想や倫を含んだ『武士道』は世の中にとけて当たり前となっているけど、当たり前すぎて軽視されてしまう。剣道はそんな『武士道』を肌で感じ、呼び起こさせるものだと思ってるんだ」

「でね」と志姫が改めて朱利たち一人一人をみる「三人には自分なりの『義』を見つけて欲しい、そしてそれを貫いて欲しい」

真っすぐな視線、炯眼の眼を持って志姫がそういったかと思うとパッンと手を叩いた。

金縛りから解けるように朱利たちがハッとする。

「今、堅苦しく言ったのが武道としての剣道ね。本質としてはこっちの剣道を重視して欲しいんだけど、現代剣道はスポーツとしての側面が強いからね。どっちがいい、とかはないんだけどさ、スポーツのフェアプレー精神も『武士道』だし。で、結局なにが言いたいのかと言うと剣道を楽しんで欲しい、てことなんだ」

志姫は言い切り、唇を少し舐め頬を掻いた。

「ごめんね、説教みたいになって。これでも門無に丸ちゃんはもらったんだけど」

「いえ」と口を開いたのは黒だった。

「あたりまえのことですけど、スポーツって起源があって意味があって。竹本先輩の話じゃないですけど、当たり前で流してたところがあったな、て」

隣で朱利が軽くうなずいた。

「調べてみると結構面白いよ。こういうことは茅も知るところなんじゃないかな?」

「カメラ、写真のことなら任せて下さい!」

鼻息を荒げ、茅が前のめりになる。

「追々お願いね」と志姫が言い、掛け時計を見た。

「少し走り込み行った後に掃除して今日は終わろうか。顧問の先生にも今日は早く上がるって言ってあるし」

はい。と朱利たちは返事を返した。


「米、麦、粟、豆、黍または稗」

「それ五穀でしょ、そういうボケはいいから。志姫さまが言ってたのは五徳」

帰り道、餅菓子屋の前で朱利は端末をいじっていた。

「ちょっと入力間違えただけだもん」

拗ねながら、もたつきながら朱利が入力し直していると、隣りで草団子を頬張っていた黒が「ん」と端末を朱利たちにみせた。

「うわあ、活字が押し寄せてくる」

朱利が端末から距離を取る。

そんな朱利の肩から茅が顔を覗かせた。

「仁、義、礼、智、信。志姫さまからの宿題の『義』は――」茅が黒の端末をスワイプする「義理、筋。正しい生き方、か」

「つまり、正義の味方?」

ちょうど餅菓子屋の前、横断歩道の先で幼稚園生ぐらいの子がヒーローごっこをしてる。

「大雑把に言えばそうじゃない?ただ、ヒーローは悪がいるから正義の味方を名乗れるけど、私たちは別に悪と戦うわけじゃない。正義の味方で話を進めるなら、どんな『義』に味方するか、そう竹本先輩は聞いてるんでしょ」

「うわーん、頭痛くなってきた」

黒は草団子の串を店員に手渡すと「それじゃ」と席を立った。

餅菓子屋から少しして茅とも別れた朱利は、買った金平糖を夕空にかざす。

「私の『義』か――」

朱利は金平糖を一噛みした。

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