第14話
四時限目の授業が終わり、茅は大きくため息を吐いて手首をさすった。
「茅、お昼行こ」
朱利がそういうと茅は小さく首を振る。
少し間を置いて「はは」と茅が渇いた笑いをした。
「先輩の言うことを無視して怪我して、バカじゃん」
「茅――」
言いそびれた朱利の視界に志姫が映る。
ちょい、ちょい。と手を振る姿を見て、朱利は茅の捻ってない方の手をとった。
「行こ!」
「え?どこに?ちょっと、朱利――」
洟を啜り、涙声の茅を教室の外へと朱利が強引に連れ出す。
「あ――」と茅が志姫をみて息をもらした。
茅の視線が段々と下がる。
気まずい雰囲気の中「――あの」と茅が口を開いた。
「今朝はすみませんでした。先輩の言うことを無視した挙句、怪我までして」
茅がそういうと志姫は呵々と笑った。
笑い声を聞いて茅が顔をあげる。
「気にするな、そう言いたいところだけど、今度から私の言うことを聞いてくれると助かる。ただ、私も教える、ていうことがはじめてなんだ。だから雑な所もある。そんなときは今朝みたいに言って欲しい。持ちつ持たれつ、一所に勉強していこう。と、言っても急に腿上げされたりすると困るけど」
志姫がそういうと潤んだ瞳の茅が笑顔を作り「はい!」と答えた。
「それじゃ、お昼に行こうか」
小体育館前に行くとすでに黒がいた。
「体調はどう?」そう、志姫が鍵を空けながら聞く。
「大丈夫です。あの、ありがとうございます」
一礼し、小体育館へと入り、きな粉牛乳を用意し弁当を広げる。
「あの、竹本先輩――」と変わりなく茅が志姫にサンドウィッチを進めてる中、朱利は自分の弁当箱をみつめていた。
「米だけ?」
突然、黒にそう聞かれ朱利が弁当の蓋を閉じた。
「見る気はなかったんだけど、なんかマズそうに食べてたから気になって」
「そ、そう?おいしいよ」
朱利は弁当の蓋を開け掻き込んだ――かと思えばむせた。
その姿をみていた黒が手を伸ばし「よこせ」と言う。
ためらい、また弁当箱の蓋を閉じようとする朱利から、黒が弁当箱をふんだくると米の上に水筒の中身を注いだ。
「味噌汁か」
「今日は、たまたま」
志姫の問いに黒がそう返し弁当に口をつけるとずずっ、と口の中に流し込んだ。
「ごちそうさん。あとで洗って返す」
「あ、うん」
朱利と黒のやりとりを終始みていた志姫は「よっぽど美味そうだったんだな」と言ってタッパーを朱利の前に出した。
「ただ、朱利の昼がなくなっちゃったな。ほら、午後も授業あるし部活もあるんだから、一個ぐらい食べな」
朱利は目の前の綺麗な三角のおにぎりを一つ手に取ると小さく「いただきます」と小声で言った。
放課後になり朱利は黒のいる教室に訪れていた。
教室内を見渡すと黒が机に突っ伏し、お腹を押さえている。
まわりに生徒がいるが誰も声をかけようともしない。まるで、そこには誰もいないというように。
朱利は「失礼します」と小声でつぶやき教室に入ると、駆け足で黒の元へ向かう。
「黒」と声をかけ肩に触れ「大丈夫?」と声をかける。
顔を擦る様にして黒が朱利を見る。驚いた、と目を丸くしたかと思うと、苦悶の表情へと変わってゆく。
「なんだ、道本か」
「その。大丈夫?保健室に行く?それとも呼んでこようか?」
朱利がそういうと黒がお腹を押さえながら体を起こし「大丈夫」と言った。
「少しすればよくなる。いつものこと」
「もしかして、私の弁当のせい?ごめんね」
「弁当?日の丸弁当以下のしょっぱいあれが?」
痛いところをつかれた。そんな表情を朱利がみせる。
「あれは、その――」
「おにぎりの残骸。そうでしょ?」
「え?」と朱利が声を上げる。
「私も」と黒は呼吸を整えた「最初はそうだったから」
黒は椅子に深く座り込んだ。
「うちさ、お父さんが早く死んで、いわゆる母子家庭でさ。忙しい中、お母さんが作ってくれる弁当を残して捨てるのが悔しくて、自分で米を研いで、炊いて、弁当を作ろうと思って。案の定、米は針山みたいに炊けるしで、できたのは日の丸弁当以下のなにか」
落ち着いた様子で黒はそういい、椅子を引き、立ち上がり朱利の方を改めてみた。
「ラップ。慣れないうちはラップに塩を少々振って握るといいよ」
「え?あ、うん。ありがとう。行き当たりばったりで、そういうの考えつかなかった」
「いいんじゃないの?最初から出来る奴なんていないよ。竹本先輩だってきっと針山か粥みたいな米を炊いてる」
「うーん、想像できないな」と朱利が呟いて笑った。
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