第12話
放課後、荷を更衣室に置いた朱利たちは黒色で白いラインが入ったジャージに着替えていた。
一礼し小体育からでるが、待っているはずの志姫の姿がみえない。
「おーらい」と、どこからか志姫の声がする。
朱利たちが探すとソフトボール部に雑じってノックを受ける志姫の姿があった。
「竹本先輩!」
そう朱利が声を張る。
ソフトボール部に一礼し志姫が朱利たちの方へと駆けてきた。
「いやー、ごめん。流れ弾拾ってそこからずるずると、ね」
「謝る必要なんてありません!私たちが遅れたのが悪いんです」
どこか熱の入っている茅をどうどう、と志姫がなだめた。
それじゃあ。と志姫がアキレス腱を伸ばすように朱利たちに言い動的ストレッチをはじめる。
「よし、ランニング五周と、ウォーキング三周に行こうか」
茅は志姫の横につき、後ろに朱利と黒が並び走り出す。
朱利たちが三周目から呼吸が乱れだしたのに対して、志姫は「ほ、ほ」と、軽快に足を動かし、涼しい顔をしている。
「後二週、頑張ろうか」
志姫が隣の茅を、後ろの朱利たちを見て言う。
返事を返さず朱利たちは足を動かす。
五周目の後半から徐々に勢いを落とし、呼吸を整えながらウォーキングへと入った。
ゆっくりと歩き終え静的ストレッチに入る。拭きだした汗が傾きだした日に照らされ映える。
「おっつー。中に入って水分補給しようか。それからいつも通りで」
失礼します。と一言、一礼と共に入る志姫と違い、朱利たちはうなずくようにして入った。
浴びるように水筒の中身を呑む朱利を見て、志姫は呵々と笑う。
「麦茶の用意もしておかなきゃな」
志姫はそういいながら更衣室に入り着替えをすませ、出てくるなり手にした木刀を八の字に振り回した。
おし。と正眼の構えから納刀し、正座を組み『心技体』の額に一礼した志姫は朱利たちの方を見た。
「合わせて一礼して」志姫に言われ、朱利たちも少し遅れる形で礼をする。
『よろしくお願いします』
「それじゃ、立って。で、私みたいに足幅広げて、そう。そのまま私の股割り素振りに合わせてスクワットね」
志姫が木刀を構え、大きく振りかぶり床すれすれまで下ろす。
木刀を下すろす際の屈伸に合わせて朱利たちも屈伸する。
大きく振りかぶるのに合わせ腰を上げ、振り下ろす。
「ぃっ!」と朱利たちの誰かが小さく言った。
「今が五回。あと五回、姿勢を崩さず行こう」
「はいっ!」と朱利たちが答える。
「――これで十回。よく頑張った。安座していていいから、朝みたいに掛け声をだしながら見取り稽古ね」
志姫はそういうと構え直し呼吸を整えた。
大きく振りかぶっては、すれすれまで下す。
それを朱利たちと一緒にやっていた時よりも素早く繰り返した。
「百、と。とと――」
百本振り終え、足元の汗で転びそうになった志姫が立て直す。
その後志姫は正面素振りを延々と振り、締めに跳躍素振りを百程振った。
「ふぅ」と息を吐き切り、正眼の構えから蹲踞し刀を納める。
「お疲れ。掃除しようか」
「あ、竹本先輩タオルを――」
茅がタオルを渡しに行っている間に朱利が黒に説明して小体育館をでる。
「雑巾がけとか、小学校のワックスがけ以来だよ。いかにも剣道部らしいというか」
「――なんでなんだろうね」とアルミバケツに雑巾を入れている黒に対して朱利が呟く。
朱利がハッとしたかと思えば、言ったことに慌て、しどろもどろになりながら言う。
「いや、ほら。掃除なら体育館を使う部活もしてるし、外の部活ならグランド整備だってしてる。けど、なんで、こう剣道部らしいって感じるのかなって。そう思って」
特に答えが出ないまま水場まで行く。
体育館ではモップ掛けが、グランドではトンボ掛けがはじまっていた。
「雑巾、だから?」
朱利が蛇口を締め、水の中に沈む雑巾を見て言った。
「違うでしょ」そう、黒が返す。
「朱利、黒」と茅が後ろから「なにしてるの?」と声をかける。
「ちょっとね――」と朱利がバケツを持ち上げながら言う。
「なんで剣道部らしいか?」
茅が唸り、視線を上げる。
「言われてみれば確かに『らしい』というか、しっくりくるというか。あ、ほら、アレ。お寺とかを掃除してる人に似てるから、かな」
あー。と気の抜けた声を上げる朱利の横で「似てるか?」と黒が言う。
水をこぼすことなく入り口まで持ってきたところで、着替えを済ませた志姫が姿を見せる。
志姫は朱利たちに礼を言うと腰を下ろし、両手をバケツの中に沈めた。
「冷てぇ、気持ちいい」
ふぅ。と一息つく志姫に朱利が聞いた。
「あの、その。変な話というか、なんていうか。剣道と掃除て関係あったりするんですか?」
もっと聞き方があるだろう。そう、言わんとばかりに茅が頭を抱えた。
志姫は静かに右袖を捲り、雑巾一枚を水から掬う。
「一掃除二信心、て言葉が禅にはあるんだけど知ってるかな?」
「いえ」と朱利が言う。
「言葉どおりなんだけど、信心よりも第一に掃除てことなんだけど、この掃除っていうのは汚れているから掃除する、ということじゃなくて、自身を磨くという修行の一つで、心を澄ませ、それから信心するということなんだ。剣道、いや武士道に通ずるものがあるから『らしい』と感じるんじゃないかな?」
ギュッ、と雑巾を絞っては志姫が山にしてゆく。
朱利たちも腰を下ろし水の中へと手を伸ばし雑巾を掬う。
「あの、竹本先輩。これも『心』なんですか?」
「そうだね。これも『心技体』の『心』だね。ま、らしいことを言っておきながら、滑ることを楽しんでるんだけどね、私は」
呵々と志姫が笑うと朱利も釣られて笑う。
掃除を終えた後、志姫は黒に声をかけた。
「どう?やっていけそう?」
「はい。他の部活よりは、なんとか」
「そう。まあ、ここへは寝に来て、自分にあった部活を探す、ていうのもありだからさ」
ありがとうございます。と黒が頭を下げた。
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