第11話
「んでさ、めっちゃバク上げでさ――」
小体育館の中、門無が志姫のおにぎりに手を伸ばしながら言う。
「掛け声を合わせる、か。いいかもね」
「だしょ。盛り上がるからやってみ。で、肝心のアレについてなんだけど、武道としての剣道でもスポーツ剣道でもなくて、志姫、あんたの剣道を教えてあげなよ」
志姫は安座の上で頬杖をついた。
「私の剣道といっても――」
「いまだ道半ば、剣の道に引退無し。志姫の口癖。道場でよく言ってたよね」
「正確にいうなら、私のお父さんの口癖だな。続いて、知行合一まだ至らない、て。お父さん『武士道』に感化されてるから」
志姫が腕を組み眉をひそめる。
「私が思うにさ、難しく考えすぎなんよ。朱利に茅それに黒は、あんたの弟子じゃないっしょ?言葉にするなら、友達ぐらいっしょ?なら、あーだこーだ教えるよりは、ありのままの志姫を
みせて、感じさせるのが一番だと思うんよ。それに、そっちの方が楽しいと思うし」
門無が四個目のおにぎりを三口で食べきり、手についた米を口に運ぶ。
わかった。と軽く目をつむり、息を吐いた志姫がそういう。
「門無が『楽しい』というなら、そうしよう。相談に乗ってくれてありがとうな」
「いいって。私も一応、元副部長だし。これも社会勉強ってヤツ?」
なんだそりゃ。と志姫が笑うと釣られるように門無も笑った。
志姫と門無が談笑する中「――失礼します」と、どことなく遠慮した声で、小体育館の入り口から朱利が顔を覗かせた。
よっ。と志姫が手招きをする。
「んじゃ、私はおいとまするわ。おにぎりゴチね、相変わらずおいしかった」
門無と入れ替わり茅たちが入ってくる。その際に門無は小さく茅たちにサムズアップをした。
「あの、もしかして邪魔しちゃいましたか?」
「違うから安心して。さ、ごはんにしよう」
志姫が立ち上がり、小部屋に向かおうとした足を返して黒をみた。
「えっと、キミが忍足黒、かな?」
「あ、はい。すみません、言いだす機会がなくて」
「いいって、弦や門無から聞いてるからさ。それで、黒は乳製品とか大豆て大丈夫?今からきな粉牛乳作るんだけど」
黒はお腹の辺りを少しさすった。
「少な目でお願いします」
「おけまる」と志姫は小部屋に向かう。
「毎日飲んでるの?」
弁当を広げている朱利と茅に黒が聞いた。
「そう、だね。部活入ってからは呑んでるね。剣道部の伝統みたいで」
「へえ」と軽く返事を返した黒は、鞄を置き輪の中に加わった。
ねえ。と弁当箱の蓋を空けながら茅が黒に向かって言う。
「黒はどうして剣道部入ろうと思ったの?もしかして経験者だったり、それか志姫さま目当てとか?」
「――竹本先輩目当ては茅ぐらいでしょ」
朱利がぼそりと呟くと茅が睨んだ。
逆に――と、黒が朱利たちの会話に割って入る。
「あなたたちは、なんで剣道部に入ろうと思ったの?」
「私は、勢いそのままに、て感じで」
朱利が人差し指同士を突き合せながら言う。
「私は志姫さまとの縁があって入ろうって。それで黒は?」
「私は――」と黒が言ったところで志姫が帰って来て一人一人に湯飲みを渡してゆく。
「はい、黒の分。これでも多かったら残していいから」
志姫がそういいつつ黒に身を寄せる。
「――入部のことは弦、生徒会長から聞いてるから。朱利たちには適当言っておきな」
「ありがとうございます」と黒が小声で返す。
志姫が安座を掻き手を合わせ「いただきます」と言うのに合わせて朱利たちも『いただきます』と胸の前で手を合わせた。
「竹本先輩」と茅がピクニックバスケットを持って志姫にすり寄る。
ふたを開けた中にはライ麦パンのサンドウィッチが丁寧に並んでいた。
「あの、よかったらどうですか?こっちが玉子サンドで、こっちが鶏肉のささみを使ったサンドウィッチなんです」
「へえ。もしかして、これ全部手作り?すごいね」
「はい」と茅が明るく答える。
志姫と茅の会話を聞いていた朱利が自身の弁当を見る。
お母さんがお父さんの分と一緒に作った弁当。今日は白米の上に鶏肉のそぼろが乗っていて、おかずは冷凍ハンバーグに付け合わせのミニグラタン。
ハンバーグをつまんだまま、しばし硬直していた朱利が隣の黒をチラリとみる。
黒の弁当はというと、アルミホイルで巻かれたおにぎり。
形は不揃いでそれがタッパーの中に入っている。
「黒の弁当て竹本先輩と同じでおにぎりなんだ。もしかして手作り?」
朱利がそれとなく聞いた。
「そうだけど。私、体調によって食べれるときとそうじゃない時があるから、親が作った弁当を捨てるのもなんか癪だし」
「そうなんだ」と改めて朱利が自身の弁当を見た。
箸が完全に止まってる中で志姫が朱利と黒に声をかける。
「二人ともよかったらおにぎりどう?て、黒もおにぎりだったか。朱利は?」
「あ、はい」と同様のあまり、おにぎりに手を伸ばそうとして、スカートの上にハンバーグを落としてしまう。
慌てながらハンバーグを弁当の蓋に拾い上げた朱利は、志姫の大きなタッパーからおにぎりを一つ手に取る。
朱利は呆けた様子で手にしたおにぎりをみつめた。
「え?なに、ここではおにぎりに感謝して食べなきゃいけないわけ?」
黒が朱利と茅を見て言う。
「へ?あ、そんなことないよ」
朱利は作り笑いでそう答え、おにぎりにかぶりつく。
昼食後、いつものように志姫たちは座布団を枕代わりに横になった。
志姫は言わずもがな、黒も性に合っているのか寝息をたて眠りだす。
「ねえ」と朱利は体を横に向け現像した写真をみている茅に聞いた。
「さっきのサンドウィッチ、本当に手作り?」
「そうだけど」
朱利は天井を、茅は相も変わらず写真をみて会話を続ける。
「下ごしらえは晩にやったの?」
「まあ、ささみの筋を取ったりね」
「朝はやっぱり早く起きるよね、そりゃ」
うん。と勝手に納得する朱利を見るように茅が寝返りを打つ。
「どうしたの?もしかして志姫さまに弁当を作ろうとか?」
「ううん、そういうんじゃないんだけどさ」
朱利はそういうと茅の視線とは逆方向に寝返りを打った。
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