第10話

「キミが黒ちゃん?」

正門前、疎らな集団に雑じらない一人の女子生徒に門無が指さし、気さくに話しかけると女子生徒は身を守るように背を丸め前屈みになった。

指さしてた人差し指を折り門無が続ける。

「私、剣道部の元副部長なんだけど。あーと、人違い?」

「え、あ――」と女子生徒がおどおどしては目線をあちらこちらに向ける。

それに合わせて門無が揺れ動く。

堪忍したのか女子生徒が溜め息を吐き重々しい城門のような口を開く。

「えっと。忍足黒、です」

「ビンゴ!ねえ、今から朝練なんだけど一緒に行かね?せっかくなんだし、ねえねえ」

答えるのを待たずに門無がグイグイと黒を押す。

気が付けば小体育館前に。

鍵が開くのを待っていた朱利と茅が驚きのあまりに手提げ鞄を抱きかかえ立ち上がった。

「えっと、誰ですか?」

「剣道部元副部長の門無峰、よろー。で、こっちが今日から入部の黒ちゃん」

え?という表情を黒がみせる。

呆気にとられている三人をよそに門無が小体育館を開ける。

「とりま入ろ」と門無が三人を手招く。

一礼する門無に続いて朱利と茅が礼をし、黒は辺りを窺いながら入ってゆく。

「で、朝練てなにしてる。やっぱ走り込みからの素振り?」

茅が肘で朱利を小突いた。

「あ、はい。走り込んで見取り稽古を」

「おけまる、おけまる。んじゃ、今日は見取り稽古だけしよっか。準備よろー」

そういわれ朱利は小部屋に向かい座布団を三つ手に取り茅と黒に手渡した。

「あ、えっと。私は道本朱利」

朱利が黒にそういい、茅へ助けを求めるように視線を向ける。

「私は白花茅。あなたは?」

「黒。忍足黒、です」と目線を、声を下げて黒がいった。

朱利たちが自己紹介している間に門無はパチリパチリと、伸ばし綺麗に整えてあった爪を短く切っている。

おっし。と切り終わると更衣室に入りジャージに着替え木刀を持って出てきた。

朱利たちは座布団の上で足を組みなおし背を正す。

「あはは、そこまで気負わなくていいよ。楽にしてていいから」

門無はそういうと爪先立ちで上下に動きながら木刀で八の字を描くように振り回す。

ピタリと動きを止め、一度深く深呼吸をし『心技体』の額へと向きなおり一礼をし抜刀から正眼の構えをとる。

その構えを見て朱利が自然な形で姿勢を正す。

門無が素振りをはじめる。華奢で細くみえた腕はしなやかで力強く、志姫と比べても謙遜なくむしろ『鋭い』まである。

「セイ、セイ!」という掛け声は先ほどまでの甘えたような声が嘘のような力強さ。

汗が頬を伝い門無がそれを拭う。

一度呼吸を整えると朱利たちに言った。

「一緒に声だししてみよっか?」

「はい」と朱利たちが返事を返す。

再び門無が構え木刀を振るう。

「セイ、セイ!」という力強い声とどこか腰が引けた「セイ、セイ」と言う声が小体育館に響いた。

「ラス五十いこっか!」

門無の顎から汗が滴り落ちた。

「セイ、セイ」と段々と朱利と茅の声に気迫がこもる。

最後の一振りを終え、ゆっくりと正眼の構えをとりそこから一呼吸を置き納刀をし一礼。

振り返り『心技体』の額に一礼をし改めて門無が朱利たちの方を見た。

「おっつー。いい声でんじゃん」

すでに呼吸を整えている門無に対して朱利たちは肩で息をしていた。

「どう?ライブみたいで気分アガったしょ?」

「あ、はい。あのー、お化粧の方が崩れてるのですが」

茅が黒い汗をみて言った。

「マジ?マジじゃん。あはは、ついメイクしてきちった」

門無は目元をさっと撫で、滲んだメイクを見て大笑すると木刀を片しトイレに駆け込んだ。

トイレの扉が閉まるのを見て茅は息を吐き切り軽く腰を曲げた。

「疲れたね」

「掛け声出してただけなのにね」

一言いった茅に朱利がそう返した。

ね。と茅が返してチラリと隣を見ると黒がお腹を押さえてうずくまっている。

「えっと、忍足さん、だっけ。大丈夫?」

「大丈夫です。いつものことなので」

黒は決して良くはない顔色でそう答えた。

朱利たちが駄弁っている間にも『ヤバ』だとか『ぱない』と、大笑と共に聞こえてきていた声が止み門無がトイレから出てきた。

「ゴメン、脅かせたっしょ?マニキュアとかしないように気を付けてたのにドジ踏んだわ」

門無は顔を手拭いで拭くとそれを首にかけ朱利たちの前に安座した。

「あれ?黒、どしたん、大丈夫?」

「――はい」と黒が顔をあげる。

「無理はナシね。んで、時間は――あるね」

門無は目線を掛け時計から朱利たち一人ひとりへと向け前後に軽く揺れ動きながら言った。

「三人は剣道部に入ったわけだけど、どう?正直な感想が聞きたいんだけど」

茅が朱利をの方を見る。朱利は目線を下げ少し経って言った。

「正直、剣道をしてるという実感はないです。まだ一週間経ってなくて、見ることしかできてないので」

「私も入ったばかりで。ただ、どんなに厳しくても竹本先輩についていきます!」

茅が意気込む隣で再び黒がお腹を押さえ沈んだ。

「そっか、そっか。んじゃ、その志姫についてなんだけど、一緒にいてどう?よく笑う変な奴だけど」

その質問に対しては茅がいの一番に口を開いた。

「かっこいい、と思ってます。男なりせば、そう思ってしまうほどに」

茅が少し頬を赤くしていった。

私は――と朱利が口を開く。

「なんだか、おじいちゃんを思い出します。なにを考えてるのかわからないですけど、堂々としていて。あ、いい意味で、いい意味で、です!」

慌てて訂正する朱利を見て門無が大笑した。

「うん、二人が志姫のこと、どう思ってるかわかった。あんがと。ちなみにだけど私のうるさい笑い声、志姫にうつされたものだから、三人も気を付けた方がいいよ」

朱利と茅はクスリと笑い『はい』と答える。

朝練から時間が経ち時刻は昼休み。朱利は茅と一緒に黒のいる教室を訪ねていた。

教室の中を見渡すと黒が一人弁当を広げている最中。

駆け足で朱利が黒の席まで行って声をかける。

「これからお昼?」

「そう、だけど」

黒は顔をあげず、目線だけ上にして答えた。

えっと――と、朱利が指を突き合せながら言う。

「私たちもこれからお昼で。朝集まった小体育館で、竹本先輩と一緒に食べることになってるんだけど、どうかなぁ、て。あ、強制とかじゃないし、竹本先輩に後々なじられるとかそういうのは絶対ないから!」

「――朝の会話を聞く限り、竹本先輩という人は変わってるようだけど、慕われているみたいだからそこは別に」

黒の目線が泳ぎ、ため息を一つ吐くとお腹を押さえた。

「教室で一人、昼食を食べている方がなじられる――それすら稀薄か」

朱利が首をかしげる。

「その、もしかして『イジメ』られてる、とか――」

「は?」という声を漏らした黒の鋭い視線に朱利がたじろぐ。

「――いや、無視も『イジメ』か」

ぼそりと呟きながら黒が弁当箱を包んでゆく。

「行くんでしょ?」

「あ、うん」

面食らった朱利と黒は教室を出て茅と共に小体育館へと歩き出した。

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