第9話

志姫が床に就こうという時に端末が鳴った。門無からだった。

「門無か。話すのは久しぶり、かな」

「どしたん、テンション低くね?あ、時間的にスミ―だったり?」

「まあ、そんなとこだけど。門無の声聞いたら眠気飛んだ」

端末の向こうで門無が大笑する。

門無は剣道部の元副部長で先鋒を務め、おちゃらけた性格で部のムードメーカでもあった。

志姫とは小学校から競っていた中であったが「運動の中でも華やかさを」と、メイクアップアーティストの道を進むことを決心して剣道から一歩引いた。

「あはは、マジワリィ。んじゃ巻きで。弦がさ明日の朝に会いたいって」

音無弦(おとなしつる)は元弓道部部長で現在生徒会長を務めている生徒。

生徒会は部活加入が必須になるにあたって作られた組織で、部費の帳簿作成、大会や練習試合等、遠征の調整。さらに各部の部員の把握、部長に伝達と部活以外でも多忙な先生の荷を肩代わりする、いわば中間管理職のようなもの。

すでに先のことが決まっている弦に白羽の矢が立ち、弦も二つ返事でそれを承諾した。

「そう、弦が。でもなんで門無がそのことを?」

「いやね、今日の帰りに偶然弦と会ってさ、お疲れみたいだったから、お好み焼き誘ったのよ。

したら、この話になってね。私も久しぶりに志姫の声聞きたくなかったから『任せて、おけまる』てね」

「なるほど。私も門無と話せてよかったよ。それじゃ、お休み」

通話を切ろうとする志姫の端末から引きとめる門無の声が響く。

「本当にどしたん?こんなに塩っぽい志姫ははじめてだし。つらたんなことでもあった?」

しばし黙っていた志姫が口を開いた。

「――実はさ剣道部に『変わりたい』という子と『強くなりたい』て子が入部して来てさ、スポーツ剣道と武道としての剣道どっち教えたらいいのかなって」

そう低い声で志姫が言うと門無が大笑した。

「いや、マジごめん。ただ、いつもの志姫で安心したっていうか?で、スポーツ剣道か武道の剣道か、でしょ?部活ならスポーツ剣道でしょ、て言いたいけど――」

うーん。と門無の唸り声が長く続いた。

「あ、ヒラメイちった。明日の朝、志姫は弦と会うじゃん?で、私が朝練でてその子たちに会ってみるよ。続きはそれからでもおけまる?」

「おけまる、おけまる。だけど勉強の方は大丈夫なのか?」

「今はだめぽ。それもあって体を動かしたい、ていうか?」

わかった。と志姫は笑みを作って言った。


次の日、志姫は赤いコーンが置かれ立ち入り禁止となっている弓道場の前に来ていた。

弦が生徒会長となったことで弓道部の部員がいなくなり廃部となると、老朽化していた弓道場は取り壊されることとなった。

そんな弓道場を見上げている弦がいる。

志姫は声をかけず横に立った。

「まったく、弦は酷いよ。喝上げが行われていることを知ってて私をあそこに行かせるなんて」

「さあ、なんのこと?私は空いている掲示場所を教えただけなんだけど」

「私は弦の助さん格さんじゃないんだけどなぁ。で、門無から聞いたけど、話って、なに?」

そこまでいって志姫は目線を弦へと向けた。

弦も一呼吸おいて志姫の方へ目線を向ける。

「ただ一人を除いて新入生の入部が確定した。それで、その一人を剣道部に入部させたいんだ」

志姫はなにも言わず眉を上げる。

なにか言ってくると思ったのか弦は間を長く開けて続けた。

「その子はどうも引っ込み思案らしくて、見学しては首を横に振ってを繰り返して、仕舞いには体調を崩してしまった」

「で、どうしてその子を剣道部に入れようと思った?」

志姫の短い問いに弦は目線を再び弓道場へと向け言った。

「その子が入れば新入生が三人になる。そうすれば新人戦にもでれる、部が続いていく。そうであろう?」

「なるほど。ご隠居様のお節介、というわけだ」

「――確かにお節介だな。だがな志姫、こうは思わないのか?『あと一人いれば部が続く』と。伝統が歴史が続く、と」

「思わないね」そうはっきりと志姫は言った。

「そうか、本当にすまなかった。この話は忘れてくれ」

矢継ぎ早に去ろうとする弦を志姫が止める。

「後悔してるのか、弓道部部長を辞めたことを」

「そんなことを言える立場じゃない。私は逃げたんだから。志姫、一つ言っておく。教える、繋ぐというのは難しい、と」

「確かにな、私もちょうどそれで悩んでいるし。ただ、誰もあなたを責めないよ、弓道部を残したかった、その思いがあるだけマシって奴だ。弦に言われるまで私が抜けたら廃部、なんて考えもしなかったんだから」

志姫が呵々と笑う。

弦も軽く息を吐き笑みを見せる。

「弦、さっき私はきっぱり『思わない』と言ったが、ありゃ取り消しだ。とりあえずその子に会って、七難八苦を相手取ってみるさ。で、その一年の名前は?」

「新入生の名前は忍足黒(おしあしくろ)。志姫、お節介爺の話を聞いてくれてありがとう」

二人の笑い声が東風に乗り響いた。

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