第8話

志姫が正座をし、そっと太ももの上に手を置いては深呼吸を繰り返す。

静かに目を開き、正面へ礼をし木刀を帯刀し立ち上がる。

木刀を振りかぶっては打ち下ろし、振りかぶっては打ち下ろした。

汗が頬を伝い、息をすれば肩が上下に動く。

「――駄目だな。心も体もブレている」

志姫は正面の『心技体』をみた。

ふぅ。と出し切るように息を吐き切る。

「――失礼します」

今だぎこちない礼で朱利が小体育館へと入ってきた。

どこか明るい表情になった志姫が挨拶を交わす。

「それじゃあ、ジャージに着替えてもらおうかな」

「はい」と朱利が更衣室に入ってゆく。

扉が閉まると志姫は再び暗い顔をみせる。

朱利が更衣室から出てくると志姫は座布団の上に座らせた。

いつもとどこか違うと思ったのか、朱利が不安げな表情みせる。

それをみて志姫が呵々と笑ってみせるがいつものような覇気はない。

「そんな固くならないで。ちょっと朱利に聞きたいことがあってさ。朱利が思ってる剣道ってどんなものなのかなって、思ってさ。臭い、とか、痛い、みたいに単語でもいいからさ」

「えっと――」と朱利が考え込む。

「痛い、もそうですけど、厳しい、とか。ごめんなさい、あんまりピンとくるものがなくて」

「いや、私も急に聞いたからね。ありがとう」

呵々と笑う姿はいつもの志姫だった。

「それじゃ、今日もいつもので。暇になっちゃうだろうけど」

「そんなことないです」と朱利が座布団を持って隅へと移動する。

志姫も座布団を片し『心技体』の額を背に素振りをはじめた。

朱利が来る前と違い表情に憂いはなく剣先にもブレがない。

球のような汗が顎へ貯まりそれを袖で拭う。

「休憩しようか」

「――あ、はい」

少し遅れて朱利が返事を返し、立ち上がったとき茅が顔をのぞかせた。

「茅。どうしたの?」

「あ、うん。ちょっとね。志姫さま――竹本先輩はいる?」

朱利が更衣室の方に顔を向けると中から志姫が汗を拭きながらでてきた。

茅が鞄から一枚の紙を取り出し志姫の元へ駆ける。

「よ。どうかした?」

「あの、これ――入部届です!」

茅が髪を両手で持って頭を下げた。

「あれ、茅って写真部じゃなかった?もしかして兼部?」

「えっと、写真部の部長さんに言って入部は取り消してもらいました。あの、今朝のとは関係なくて、その――」

茅が顔をあげる。頬が若干赤い。

「私、強くなりたいんです!竹本先輩の様に!」

志姫が黙って紙を受け取る。

「――強く、か。茅、一つ聞いてもいいかな?ああ、別にテストとかじゃないから気を楽にね」

はい。と茅が言う。

「茅が思ってる剣道ってなにか聞かせて欲しいんだけど。痛い、とかの単語でもいいからさ」

茅の視線が若干下がり、少しして志姫の目を見て言った。

「迫力、でしょうか。私のお父さんは写真家で、学校の依頼とかで部の大会とかも撮影するんです。その中を探したら剣道の写真もあって、すごい迫力があって、私もこんな試合とかできたらなんて」

「なるほど――」

志姫が小さくぼそりと呟く。

あの。と茅が声をかける。

「私、間違ったこと言いましたか?」

「ん?ああ、ごめんちょっと考え事。で、話はちゃんと聞いてたし、どんな風に思ってるのかなぁ、て聞きたかっただけだから正解とはないよ」

志姫が今一度、顔の汗を拭きとった。

「よし、鍛錬を再開しようか。茅、今日からよろしく」

「はい。よろしくお願いします!」

茅が頭を下げた。


朱利の隣に座布団を敷いて茅が正座で座り込む。

「驚いたよ。茅が剣道部に入部するなんて」

「朱利が剣道部に入部、の方がインパクトあるから大丈夫」

「――竹本先輩のこと好きになっちゃた?」

朱利がそういうと茅の顔がみるみる赤くなってゆく。

茅は体を朱利の方に寄せ、二の腕をつまみ睨み付けながら言った。

「この事は絶対に志姫さまに言わないでよ。わかった?」

「いたた、わかった。わかったから。でも茅のそういうのわかりやすいから竹本先輩も気づいてるんじゃない?」

「え?ということは両想い?」

うわぁ。と朱利が抓っていた茅の手を嫌なものを遠ざけるかのように払った。

「でも、いいの?中学の時からの彼は?」

「アイツ外見だけだったから。二ヶ月で別れた」

茅がきっぱり言って前を見る。志姫が素振りをはじめた。

朱利は崩していた足を組みなおし背を正す。

「――ねえ、本当にみてるだけでいいの?」

視線はそらさず茅が朱利に聞いた。

「うん。見取り稽古、なんだって。みて学ぶ稽古、て竹本先輩が言ってた」

志姫が素振りをはじめる。その姿を朱利と茅がまじまじと見つめる。

西日が差し込み、小体育館を朱色に染め上げて行く。

振りかぶり振り下ろし、息を吐き切りながら静かに正眼の構えをとる。

「蹲踞。納め刀」

志姫は真正面に礼をした後振り返り『心技体』の額へと礼をした。

「午後の鍛錬終了。二人ともお疲れ」

「お疲れ様です」と茅が準備していたタオルを手に志姫に駆け寄る。

「朱利、この後のこと任せていいかな?茅も一緒に」

「――あ、はい。掃除の準備してきます」

朱利が足を摩りながらふらふらと立ち上がり、茅にとやかく言われながら外に出る。

二人が出た後志姫は溜め息を吐いた。

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