第4話

端末にセットした時間になりアラームが鳴る。

朱利は掛布団を深くかぶり腕を伸ばして端末を手に取った。

時刻は昨日よりも三十分早い。

「うぅ」と声をもらしながらモゾモゾと体を動かしては寝返りを打った。

三分程立ってようやく体を起こし伸びを一つ。

「あら、早い」

朱利は「ん」と階段下の母親にそう返事を返した。

「早く起きるならそういいなさいよね」

朱利の母は脱衣所で洗濯機を回したかと思えば、急ぎ足で台所へと向かった。

入れ違いになるように脱衣所へと朱利が入り、顔を洗い歯を磨き髪を梳く。

「部活決まったの?」居間に入るなり朱利の母親がそういった。

「まだ。ただ、気になってるのは、ある」

そう朝餉を受け取りながら朱利は言った。

「いただきます」と味噌汁を軽く混ぜ一口、ベーコンと分けた半熟の目玉焼きはご飯の上に乗せ、醤油を垂らしゆっくりと黄身を割り口の中へ。

ベーコンに軽く胡椒を振り海苔巻きの様にごはんを包み込む。

「ごちそうさまでした」と胸前で手を合わせる。

「ハイ、お弁当。気を付けてね」

「うん、行ってきます」と入れ替わるように居間に入ってきた朱利の父にもそういい、朱利は家を出た。

昨日は一年生で賑やかだった正門も今日は静か。

「朝練の見学はみんな来ないのかな。曇りだし」

朱利は正門を抜け一人ごちるとあたりを見渡した。

校内からは楽器の音がグラウンドからは熱気が聞こえる。

朱利はグラウンドの方から小体育館を目指した。

小体育館内の電気はついていない。朱利の足が止まる。

ようやく片足を後ろに下げたとき後ろから「よっ」と気さくな声がした。

「竹本先輩おはようございます」

「おはよう。もしかして朝練の見学?殊勝だね」

気を付けて。と再び走り出そうとする志姫を朱利が呼び止める。

「いやぁ、まさかうちのところだったなんてね」

志姫が小体育館前の水場で水を被りながらいった。

「とりあえず入ろうか」

一礼し入る志姫を真似て朱利もたどたどしく一礼し中へ。

「明かりは点けないんですか?」

「朝のうちはね。ほら、贅沢に冷蔵庫も使わせてもらってるから」

志姫は更衣室から持ってきた木刀で大きく伸びをした。

「で、剣道部の朝練なんだけど基本的にはランニングと素振りかな」

志姫が木刀を構え振るいだす。一挙手一投足、集中し振るう、それが場に緊張感を作り出す。

まわりの音すら気にせず振るう木刀は度々風を切り音を上げた。

火照る体へと汗が滴り落ち濡らす。

「ふっ」と大きく息を吐き、静かに構え直し蹲踞からの納め刀をし一礼する。

「と、まあ、こんな感じ?今のは正面素振りていう基礎なんだけど」

「あ、はい」と朱利が思わず後ろの掛け時計をみた。入室してから十分は経っている。

「もうこんな時間なんですね」

呵々と志姫が笑う。

「いい集中力だ。それは朱利の強みだね」

朱利が照れる。

朝練も終わり、小体育館の鍵を閉める志姫に朱利が聞いた。

「あの、竹本先輩。私も、その、剣道できますか?」

「できるよ。資格とかそういうのはないしね」

呵々と志姫が笑う。

そうじゃなくて。と朱利が人差し指同士を突き合せる。

「私、運動はどちらかというと苦手で。体力もセンスもないですし。こんな私でも剣道できますか?」

「――朱利、顔をあげて」

段々と下を向いていた顔をあげ朱利が志姫をみた。

「いいかい剣道において大事なのは『ここ』心だ。弱気に負けない心、その心だけあればいい」

「その心がなかったら?」

「作ればいい」炯眼な目を持って志姫は言い切ったかと思えば「簡単なことじゃないけどね」と言い呵々と笑った。

朱利は一度深く顔を下げたかと思えば、鞄の中からクリアファイルとボールペンを取り出し、踊り場の小石と砂利を払い入部届に名前を書きだす。

書き終わった入部届は強く握ったせいで少し皺になった。

「あの、竹本先輩。よろしくお願いします!」

「――こちらこそ。よろしく朱利」

志姫と朱利は顔を見合わせ笑うとホームルーム開始の予鈴と共に走り出した。


「朱利、昨日はごめん。言い過ぎた」

昼休み、茅が朱利と向かい合うように座りそういった。

「ううん。本当のことだし」

「それで、あの後みてまわったの?」

「うん、まあ」と弁当の包みを開けながらいう。

茅も紙パックにストローを挿し購買部で買ったサンドウィッチを取り出す。

「なにかできそうなのあった?」

「それはなかったんだけど、やってみたいなぁ、できたらいいなぁ、ていうのは見つかってね」

朱利が人差し指同士を突き合せる。

「どの部活?」そう茅が聞いたときのこと。廊下から朱利を呼ぶ声がした。

「すみません、この教室に道本さんが――」

いたいた。と志姫が手招きをする。

「ちょ、ちょっと行ってくるね」

朱利が慌てて席を立つ。

「ごめんね。お昼中だった?」

「あ、いえ。これからで。なにか用ですか?」

「いや、たいした用じゃないんだけどお昼一緒にどうかな、て」

朱利の顔が若干明るくなり「聞いてきますと」駆け足で茅の元へ。

「あの人は?」

「部長さん。それでね、お昼一緒にどうかな、て」

「行ってきな。行って、しごかれて来い」

笑顔でそういう茅に朱利も笑顔で返す。

「で、結局なに部なの?」と茅が慌てて弁当箱を片す朱利に聞く。

「剣道部、なんだ。行ってくるね」

「剣道部――えぇ?」

驚き強く握りしめた紙パックからジュースが噴出した。

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