第2話


「なんで起こしてくれなかったの?もうー」

鶯の鳴き声より騒がしい声が家の中で響く。

「起こしたわよ。それより高校生にもなって「お母さん起こして」なんて。ああ、恥ずかしい」

「初日に遅刻の方が恥ずかしいよ!」

道本朱利(どうもとしゅり)は片足飛びしながら靴下を履き切ると、慌てながら短い髪を梳いた。

『続いての注目ニュースは話題の高校生作家――』

居間からのニュースが朱利にも届き洗面所から顔を覗かせる。

「朱利、行かなくていいの?」

「ああ、ヤバイ!」

行ってきます。と朱利が慌ただしく家を飛び出る。

満開の桜並木の中を駆ける朱利は、正門前の人だかりをみて段々と歩幅を小さくしていった。

「オーイ、朱利」

朱利は人込みをかき分け声のする方へ。

「おはよう。初日から走ってきたんだ」

「うん、まあ、いろいろあって」

ふーん。と白花茅(しらはなちがや)は乱れている朱利の髪を整えた。

朱利と茅は幼稚園の頃からの付き合いで、気さくに話せる間柄。

「ほらそこ立って」

そんな茅に急かされながら朱利が正門の学校名の前に立つ。

「早くして!はずい!」

視線が泳いでいる朱利に対して茅がカメラを向けシャッターを切った。

「恥ずかしかった」

「朱利が約束通りの時間に来ないからだよ」

「茅はずっと待ってたんだよね。ゴメン!あとで飲み物奢るから」

はいはい。と正門を抜け教室へ。

教室につくなり朱利が端末を取り出し机に肘をついた。

「もう先生来るよ?」

「うん。ねえ茅はこの人知ってる?」

「ん?ああ、高校生作家の――」

そう。と額を机に押し付ける。

「なに?もしかして比べてるの?」

「比べてる、ていうか。同じ高校生なのにどうしてこうも違うのかなって」

「比べてんじゃん。それにその人は二歳年上でずっと書いてたんでしょ?」

先生来た。と、にわかに教室が騒がしくなり朱利も端末をしまい込んだ。

「――よし、全員いるな。廊下に並べ」

出席をとり廊下に並ぶ。

朱利が前にいる茅にぼそりと呟く。

「私が中学一年から書いてたとしてもなれっこないし、やっぱり才能なのかな?」

「ネガティブモードになるのは勝手だけど耳元でぼそぼそ喋らないで。気持ち悪いから」

むぅ。と朱利が顔を引っ込める。


退屈。その雰囲気に包まれた全校集会が終わり、壇上に三年生の先輩、各部活の部長たちが登壇し、代表として元弓道部部長現生徒会長がマイクを手に取った。

「今年から我が校、鎬原高校は一年生の部活動加入が必須になりました。これは学校説明会でも散々言って来たことですが、先輩と後輩それぞれにいい刺激になると考え、社会に出ても通用するコミュニケーションを育むのが目的です。中学の時から続けてきた事をさらに磨くもよし、新しいことをはじめるもよし。我々で部をひいては学校を盛り上げていきましょう」

生徒会長の礼に合わせて部長たちが一礼する。

「――そうだ変わるために私はこの高校に来たんだ」

今の今まで上の空だった朱利の表情が引き締まった。

全校集会が終わり、教室へ戻ると入部届が配られる。初日の授業はこれで終了となり、この後は各々で部活動を見学することになっている。

出し物の準備が終わったのか外から廊下から勧誘の声が聞こえだす。

「ちがやー」

朱利の甘えた声を遮るように茅が入部届を突き出す。

「写真部、茅はそうだよね。ねえ、茅は私に出来る部活はなんだと思う?」

「知らない。自分のことでしょ?」

「そう、なんだけど。自分がなにをできるのかわかってないというか、どの部活なら自分を変えられるのかなぁ、て」

朱利が人差し指同士を突き合わせながら言う。

「要するに?」と茅が睨む。

「私と見学に付き合って下さい!」

まるで告白するように朱利が右手をだす。

茅はため息を持って返した。

「それでどこからみてまわるつもりなの?」

「全然そこらへんも考えてなくて」

茅は朱利のおでこを指で弾いた。

朱利が展示されている絵を睨む。

茅の案で写真部や文芸部、いわゆる文化系をみてまわることになり今は美術部へ。

「うーん、相変わらず絵の善し悪しとかわかんない」

「善し悪しというか価値を決めるのはパトロン。描いてる人は偉大な絵を描いてやるとかそんなこと考えてないと思う」

「そっか。じゃあ私が絵を見てなにも感じないのは普通なんだね」

「感性死んでるんじゃない?」

はう。と朱利が胸を押さえたところで次の部へ移動することに。

音楽研究部、購買部、演劇部。それぞれみてまわったがどの部活に対しても朱利は首を縦に振らなかった。

体育館に繋がる渡り廊下。そこにある自販機で飲み物を買い一息つくことに。

「はい」と朱利が緑茶を茅に渡す。

「どうですか、お眼鏡に適うものはありましたか?」

茅が少々圧を加えながら聞く。

「音楽と演劇はパス。購買部は行けそうかな。中学の時包丁で指切って流血事件起こしたけど」

朱利はうつむくと人差し指同士を突き合せた。

「じゃあ購買部に決定するの?」

朱利が茅から目をそらす。

はぁ。と茅がため息一つ。

「もう帰宅部作りなよ。部員三名確保できれば一年生でも部を作れるって」

呆れるように、どこか突き放すように茅がそういったかと思えば、自前のカメラを取り出し拭きはじめた。

「それじゃ中学の時と何も変わらないよ――」

「――あれもダメこれもダメ。でも変わりたい、変わるんだ、て言葉だけじゃん」

茅の言葉を聞いて朱利がスカートを強く握り皺ができた。

「今日はありがとう――」

唇を震わせながら朱利がそういって立ち上がる。

「先に帰ってて――」そういうなり、鞄を乱暴に手に朱利が体育館側へと走り出す。

「――言い過ぎた」

茅は一人うつむいた。

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