萌えろ撫子
万年一次落ち太郎
第1話
「正面に礼」
その掛け声と共に二人の武士が一礼を交わす。
白い道着袴に黒い防具が浮かんでみえる武士の面金から覗く炯眼が、対峙する道着袴共に紺色の武士をとらえて離さない。
そんな炯眼にとらわれた紺色の武士が一つ、大きく深呼吸をする。
ゆっくりと、ゆっくりとお互いが中央の白線へと向かって歩き出す。
先ほどより近づいた炯眼の眼が見開き、紺色の武士を飲み込む。
白い武士が竹刀を抜刀する。
「正直、今怖いです」
「なら、やめるか」
「いえ」と紺色の武士が竹刀を抜刀する「止めません。勇み、参ります!」
そうは言うものの、紺色の武士の剣先は微かに震えていた。
「はじめ!」
蹲踞から立ち上がり、紺色の武士が勇む。
だがまるでそれを蛮勇とでも言うように白い武士が哮。
それでも紺色の武士は勇み、間合いをはかる。
一瞬、ほんの一瞬、紺色の武士の剣先が下がったところを白い武士が差し込む。
「メェーン!」
「一本!」
紺色の武士も抜き胴を打って出たが、鍔より上で軽く振れたにすぎなかった。
「面あり!勝負あり!」
三年生の白い武士と一年生三人の一本勝負。先に勝ったのは白い武士。
「――ありがとうございました。気後れするなんて、ほんと」
紺色の武士がため息交じりの笑い声をもらす。
「先輩。私、この部で一番強くなってみせます。その時は、また」
紺色の武士が大きく一礼をすると白い武士が呵々と笑い「楽しみだ」と言った。
白い武士の前に次の一年生が立つ。
一年生の道着はコサギのような純白で、白い武士と同じだが雛鳥のようなどこか初々しさを感じさせる。
先ほどの紺色の武士と同じく純白の武士が深呼吸をしたかと思えば叫んだ。
「先輩、大好きです!大、大、大好きです!」
それに対して白い武士が照れを隠すように呵々と笑う。
どこか吹っ切れたかのように純白の武士が中央の白線へと歩を進めた。
白い武士と純白の武士、まるで親鳥と雛鳥。
双方、一礼から抜刀し蹲踞する。
「はじめ!」
蹲踞から立ち上がり、純白の武士が啼いた。
間合いを図りつつ白い武士へ向かって籠手を打って出る。
だが、白い武士の竹刀を揺らすことすらかなわない。
じりじりと間合いを詰められる中、白い武士が半歩でて沈んだ瞬間に純白の武士が再び籠手に向かって打って出る。
それを読んでいたのか、はたまた誘蛾灯のように誘いだしたのか、白い武士は即座に左足を少し下げ竹刀を大きく振り上げると右足と共に強く打ち込んだ。
「面あり!勝負あり!」
蹲踞し、納め刀から下がり一礼するところを純白の武士は動かないでいた。
「――先輩、諦めきれません。私、もっと先輩と一緒にいたいです!もっといろんなこと教えて欲しいです!もっと、もっと――」
純白の武士は面金の中で目を赤くし、震えながらそういう。
白い武士がそっと近づき、やさしく抱きしめると純白の武士は酷く泣いた。
落ち着いた純白の武士が下がり、立ち代わり黒い道着袴の一年生が白い武士の前に立つ。
「先輩。私自身、変われたかどうかと聞かれたらきっとなにも変わってないんだと思います。他人を羨んでそれでみじめな気持ちになって。でも、そんな自分でいいんだって思えるようになりました」
黒い武士が猛りを抑えるように一つ深呼吸をして続ける。
「そんな私の『義』は『好く』ことです。自分を相手を思いやる、当たり前のことですけど」
「当たり前を意識することがどれほど難しいことか。それにしても、やさしい『義』だ」
白い武士がそう言い、小体育館に飾られている『心技体』を見た。
「さあ、こい!」
白い武士が一歩出る、黒い武士も同じくして出る。
「はじめ!」
剣先が触れ合い、間合いを探る中で黒い武士が檄を飛ばす。
じりじりとした攻防の中、白い武士が籠手を狙い懐に飛び込む。
紺色の武士が受け流す際に大きく反った竹刀を手早く戻し、鍔迫り合いから引き面を打ち込んだ。
哮り、詰める白い武士に対して、黒い武士も半歩前にでる。
だが白い武士は下がるどころか逆に前にでた。
間合いは非常に近く、腕を伸ばせば鍔迫り合いに持ち込めるほど。
紺色の武士は鍔迫りではなく、牽制からの後退をとった。
そのとき白い武士の竹刀が閃き、黒い武士の竹刀を這ったかと思えば巻き上げ吹き飛ばす。
手元の竹刀が吹き飛んだ黒い武士は、咄嗟に大きく後ろへと下がった。
竹刀を拾い上げ、審判と白い武士に一礼し黒い武士が深い深呼吸と共に構える。
再開から一分をとうに過ぎたところで白い武士が鋭く差し込む。
黒い武士は押されはしたが、構えを大きく崩すことなく受け切ってみせた。
それは白い武士がみせた鉄壁の正眼の構えとは違う、極度の緊張か集中によるもの。
鍔迫りを組みほどき十分な間合いをとると、白い武士が面金の中でかすかに微笑んだ。
「いくぞ!」そう言わんばかりに哮り、必殺の間合いから床を抉り、恐ろしく、速く差し込む。
「いきます!」そう返すように黒い武士が檄を飛ばし、寸分違わず踏み込み、弾けるように、あらん限りで打ち込む。
「一本!勝負あり!」
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