第2話 苦情
朝、出社すると夜勤明けの人が、磯崎さんのデスクへ来ていた。磯崎さんはまだ出社していない。私は、見て見ぬふりをして自分のデスクについた。面倒事はごめんだった。
パソコンを立ち上げ、パスワードを入力し、業務画面を開いた。メールを確認すると、磯崎さんからメールが来ていた。
『病院寄ってくから、よろしく』
何がよろしくなのかわからないが、とりあえず『ごゆっくり』と返しておいた。フレックスなのだから好きにすればいい。いや、管理職だから出勤時間など関係ないか。そして、夜勤明けの人に磯崎さんが遅くなる事を伝えなければならない。
総務人事といえば、丸ごと個人情報の塊のような部署なのだ。部外者にウロウロされては困る。万が一、個人情報の事故でもあれば、それこそ面倒どころの騒ぎではなくなってしまう。
「あの、磯崎さんでしたらまだ出社されませんよ。病院に寄ってから出社されるそうです」
「え? 本当に? 困ったな。俺たち、もう限界なんだけど」
「何がですか?」
「磯崎さんから聞いてませんか? ……出るんですよ。おじさんの幽霊が……」
「気のせいです」
私は即答した。
「今の科学では、そういった霊現象は、脳の誤作動だと証明されてきていますよ。気にしなければ大丈夫です」
そう、この前もテレビでやっていた。昔は盛んだった心霊番組が、いまや見る影もないのは科学のお陰だろう。なのになぜ、ここの機械はお祓いをするのか。
「そんな事言われても、昨夜だってマシンルームからうめき声が……」
「気のせいです! 機械の音です!」
「寒気がして、しょうがなくて」
「マシンルームは寒いものです!」
「端末の画面が一瞬暗くなったり」
「無停電装置の異常かもしれません!」
「知らないおじさんがいて……」
「警備員を呼びましょう。あそこは外部の人間は立ち入り禁止です!」
「じゃあ火浦さん、確かめて下さい。ご実家が神社だと聞きました。アレが生きた人間なら、俺たちも警備員を呼びますよ。でも、いくら探してもおじさんは出てこないんです」
「私、残業しないので。いや、上司の許可がないと出来ませんので」
……許可された。
どうやら夜勤者が複数人、辞めたがっていて困っているらしい。私としても退職者が出たり、求人を掛けるとなると作業が増えて嫌なので、少しだけ協力することにした。
そうでなくとも人手不足なのだ。求人を掛けたからといって、誰かが来てくれる保証など何も無い。今いる人を大事にしよう。
「見るだけですよ。お祓いはしませんからね」
あれは、体力を使うのだ。
そうして私は、夜のマシンルームで一夜を過ごすことになった。
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