6

「うわぁ……」


 カフェというと基本的にコンセプトを統一させるものだが、たまゆらの店内は奥行もそれなりに広く、和と洋をかけあわせた内装になっている。庭のあるお座敷から内側にかけてモダンテイストの家具が多くなり、落ち着いた空間を演出していた。

 その中でも明良が仰天したのは、お座敷から見える庭だ。今の季節は春も終わり、だんだんと暑くなってくる頃。なのに、その庭には真っ白な雪景色が広がっている。

 本物だろうか、と地面に積もった雪に触れてみると、しっかり冷たい感触がある。摘まめば溶けて水滴へと変わったそれに、感嘆の声を抑えられなかった。


「すごい! 妖力でこんなことができるのか……」

「疑似的な神域だよ。『巫女』がいれば簡単にできるさ」


 とことこと縁側を伝って歩いてきたウカの言葉に、明良は瞠目した。


「『巫女』って、妖族が一族復興のために喉から手が出るほど欲しがるっていう……?」

「そう。さすがにこの話は知ってたんだね。安心したよ」

「俺、何度か間違われたからね。幼なじみに教えてもらった」

「ふん……なるほどね。間違えたやつらがどういう人間か、だいたい想像がつく」


 ウカの声は刺々しく、雪よりも凍えるような冷たさがあった。ぴょんと縁側から雪の上に飛び下り、前足で何度か白い地面をもんだあと、行儀よくお座りする。


「『巫女』は運のいい人間の前にしか現れない。明良は悠里に感謝するんだね」


 ウカの意味深な言葉に、明良は料理をしている慶一と悠里に目を向ける。

 事情がだいたい呑み込めてきた。つまり明良は、すでにウカのいう『巫女』に会っているということだ。

 明良は縁側に膝をつき、ウカに顔を寄せて声を小さくした。


「つまり俺……知らないうちに大物と出会ってたってこと……!?」

「そういうこと。ちなみに……このことを誰かに口外したら慶一に殺されるから、覚悟してねー」


 真面目な話から一変して楽しそうな声音でニッと歯を見せるウカに、明良は縁側から転げ落ちそうになった。


「それなら最初から教えないでくれ!」

「黙ってればいーじゃん。貧弱モヤシでも、それぐらいできるでしょー?」

「あーっ! またモヤシって!」

「にゃははは! ……あ」


 誰かが笑殺するウカを持ち上げる。明良がウカに合わせて視線を上に向けると、そこには双子が突っ立っていた。ウカを抱っこしているのは白い着物の少女の方だ。物言いたげな無感情の瞳に、明良はゆっくりと姿勢を正した。


「えっと……なにか用かな?」

「明良、ウカ、見ろ」

「傑作できた」


 呼び捨てかよ、と呆れながら、二人が指を向ける方に目を向ける。

 そして、明良はあんぐりと口が開いた。


「えっと……なにあれ……?」

「「雪だるま」」

「いや、でかすぎ……ってか多すぎ!」


 大きな胴体の玉の上に、石と葉で顔を作った小さな玉を乗せる。そこまではいい。問題はその大きさだ。明らかに高さが双子の三倍はある。それが一体、二体、三体、四体……もう数えられないほど庭の半分を埋めていた。


 ――いつの間にこんな大量に……!?


 遊んでいるのは視界の端で捉えていた。その時はまだしゃがみ込んで雪玉を丸めているだけだったと思う。もしかして、これは妖族としての能力だろうか。

 寒さに耐えながら、明良は自分の背丈ほどある雪だるまに近づいてみる。


「なんか……こんなにたくさんの雪だるまに囲まれると、今にも動き出しそうで怖いなぁ……ねえ、この短い時間でどうやって作ったの?」


 明良の質問に、双子はお互いに顔を見合わせてから身振り手振りを大きくして説明した。


「たくさん、妖力使う」

「ばーんって使う、体が軽くなる」

「でも、小さい雪ウサギも作りたいね」

「勝手に大きくなるから、仕方ないね」

「……そうか。二人とも、まだ妖力のコントロールが上手にできないんだね」


 双子は大きく頷いた。明良はようやく悠里の言動の謎が解けた。最初に悠里が声をかけてきたのも、おそらくこの二人のために違いない。そう考え、双子の手から解放されたウカに目を向ける。ウカはブルブルと体を震わせ、ぴょんと明良の肩に飛び乗った。


「この双子は慶一の知り合いの子だよ。雪女の妖族で、学校で妖力を暴走させてしまったらしい。そのせいで学校にも行けず、ここで過ごして帰ることになってる」


 耳元で囁くのはウカなりの配慮だ。双子が置かれた状況を理解し、明良は静かに頷いた。

 これは昨今の社会問題でもよくある事例だ。妖族の妖力の暴走は、普通の人にトラウマを植えつけてしまう。学校側の措置として、最悪の場合は転校を促すこともある。そういう妖族の子どもを、研修期間中に何度も見たことがあった。


 それなら、と明良は双子の前に膝をついた。


「俺、指導員の資格持ってるんだ。知ってる? 妖力をコントロールするのを手伝う人のこと」

「うん、知ってる」

「でも、僕達の先生はみんなやめちゃった」

「妖力、合わせられないって」

「ふーん……じゃあ、ちょっと俺と訓練してみる?」

「明良と?」

「僕達が?」


 双子はうーんとまたお互いの顔を見た。

 動いたのは、少年の方だ。


「僕、やる」

「私も……やる」

「よしっ! それじゃあ俺が二人のサポートするから、さっきいってた雪ウサギ作ってみよ」


 ぱんっと手を叩き、にっこり笑った明良は二人の背後に周り、その小さな背中に手を置いた。

 双子はやや不安そうに眉根を寄せて明良を振り返っていたが、おそるおそる地面に積もる雪に触れた。


 明良は双子の体内を巡る妖力に意識を集中させた。


 ――たしかに、これは合わせにくい。


 通常、指導者は体から外へ溢れ出ようとする妖力を自分の霊力や妖力で抑え込み、正しい方向へ流れるよう誘導する。時々自分の体をパイプにしながら循環させることで、少しずつ相手に妖力の流れを覚えてもらうのだ。


 ただ、双子の場合は少し異なる。あふれ出る妖力も多いが、それ以前に妖力の循環の向きが違っていた。普通の人で例えるなら、右利きと左利きの割合ぐらい珍しいものだ。


 しかし、明良は偶然にもこのタイプの妖族と研修期間中に出会ったことがある。ちくちくと刺すような冷たさが手に伝わるが、難しくはなかった。


「おっ。その調子!」


 そのサポートは、みるみるうちに効果を発揮した。

 地面に触れていた双子の手にするすると雪が集まり、塊になっていく。双子の手の中でもぞもぞと動くそれは、やがて綺麗な楕円形になった。少し大きめではあったが、想像よりも早く、綺麗な表面をしたウサギの胴体が完成した。


 双子が、まじまじとその胴体を見つめる。


「目と耳、つけないの?」


 明良が声をかけると、彼らははっとしてから駆け出した。落ちている葉で耳を作り、赤い木の実で目を作る。

 双子は明良を振り返った。感動のあまり声が出ないようだったが、無言で訴えてくるキラキラとした目には光が差し込んでいた。興奮のせいか、頬まで赤くなっている。


「見ろ、明良」

「雪ウサギ、できた」

「おおー! やればできるじゃん! さすが雪使い!」


 褒められた双子はふんす、と鼻息が荒くなる。感情表現が苦手なだけで、なかなかわかりやすい性格をしている。思わず、明良の口からくすりと笑みがこぼれ出た。


「あれー。もう仲良くなってるじゃん」


 いつの間にか、悠里が縁側からこちらを見ている。

 双子は雪ウサギを持ったまま悠里に駆け寄り、自慢げに報告した。


「見て、悠里」

「雪ウサギ、できた」

「うわ、すっごく綺麗な形……すごいじゃん、二人とも!」

「明良もすごい」

「明良も天才」


 しげしげと雪ウサギを眺めていた悠里は双子の言葉に微笑を浮かべ、明良を振り返った。


「子ども達の相手ありがとう、明良君。それじゃあ、ご飯にしよっか」


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