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「カフェレストラン……『たまゆら』……」


 桜庭市八ヶ坂やつがざか町は歴史を感じる建造物がいくつも残された住宅街だ。桜ノ宮神社付近は特にそれが顕著で、土産物屋を中心とした町屋が多く並んでいる。

 悠里に案内されたのは、その街並みに溶け込むように隠された森の入り口だった。『たまゆら』と描かれた鳶色ののれんが垂れ下がる木製の門扉から一本道が続いており、やや薄暗くて不気味な雰囲気がある。のぞき込んで奥を確認してみるが、店らしい建物は見えなかった。


 ちなみに、門にはしっかりと『定休日』の札がかけられている。


「あの……本当にここなんですか? お休みになってますけど……」

「うん、そう。ここね、『あやかしカフェ』って呼ばれてるの」

「あ、それ大学の女子が噂してるのを聞いたことがあります。妖族の店主一人でお店をやってるって……」

「え! そうなんだ!」


 明良の言葉に、悠里はぱあっと目を輝かせた。


「ご飯もデザートも美味しいもんねえ。ついこの間も最近お客さん増えてきたねーって話してたんだけど、ちょっと嬉しそうだったよ」

「お知り合いの店なんですか?」

「許嫁がやってるの」

「ああ、なるほど。………………え? 許嫁?」

「あれ? 婚約者だっけ? まあ、いっか。どっちでも同じだし」

「それ、慶一が聞いたら泣くと思うよ、悠里」


 あれ、と明良は辺りを確認した。悠里とは別の声が聞こえたはずだが、どこにも姿が見えない。後ろも振り返ったが、誰もいなかった。


「ちょっと、どこ見てるの。下だよ、下」


 不満げな声は、本当に下から飛んで来た。明良はいわれるがまま視線を向け、閉口する。そこにいるのは黒猫のウカだ。

 いやいや、ないない。首を横に振り、悠里を見る。彼女はにこっと笑うだけだった。


「あはは……まさか、猫が喋るわけ――」

「なに? 僕が喋るとなにか問題あるわけ?」

「うわっ! ほんとに猫が喋った!」


 普通の飼い猫だと思っていた明良は飛び上がり、距離を取る。それを見たウカは目を細め、ふんと鼻を鳴らした。


「君、安倍っていったよね? なら大陰陽師の家系でしょ。まさかこんな貧弱がいるなんて……はーっ。僕はがっかりだよ」

「え。そうなの、明良君?」

「た、たしかに俺は先祖返りしてるらしいですけど……」

「へー! だから大学生で指導員の資格取れたんだ! すごいね! 霊力多いっていうのも才能じゃん!」

「い、いやぁ、それほどでも……」


 生まれ持ったものを真正面から褒められるとむずがゆいものがある。思わず頬がにやけそうになるのを我慢し、それよりも、と明良はウカを指で指し示した。


「あの、その猫……ウカって、もしかして猫又の妖族なんですか?」

「なんだとーっ! 僕を家猫一族なんかと一緒にするな、このモヤシ!」

「わーっ! ちょっ、待って!」


 猫又発言は禁句だったらしい。襲いかかる黒猫の爪を間一髪でかわしながら逃げ惑う明良の悲鳴に、悠里はシャーシャーと騒ぐウカをひょいと両手で掴み上げた。ウカは四つ足を必死に伸ばして抵抗している。


「放せ、悠里! 僕にはこのモヤシを教育する義務がある!」

「誰がモヤシだこらぁ! いくら俺でも怒るぞ!」

「はいはい。お腹空いてるから気が立つんだよ、二人とも。ちょっと落ち着いてね」


 今の悠里は完全に子どもをたしなめる親だ。

 年上から注意されては明良も口を閉ざすしかない。ベーッと舌を出す黒猫をじろりと睨みつけたまま、大人しく引き下がる。


 そこで明良は大きな妖力の動きを感知した。続いて破壊音と共に、何かが空高く飛んでいく。それが店のある方角からやってきたのだとわかり、明良は冷や汗が流れた。


「……あの、悠里さん……今……店の方から何か飛んで行きましたけど……」

「うーん、なんだろうねえ。怖い鬼を怒らせたんじゃないかなー」

「怖い鬼?」


 悠里も明良と同じように空を見上げていたが、すぐに興味を失ったようだった。ウカを伴って、さっさと門扉を潜り抜けてしまう。

 おそらく『怖い鬼』とは店の主のことなのだろうが、悠里の反応から想像が膨らまない。それでも悪い予感はしないので、彼女の肝が据わっているだけなのだろう、と明良は大人しく悠里を追いかけることにした。


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